追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
作戦とは(:菫)
View.ヴァイオレット
「申し訳ございません、御主人様。馬車を見間違えてしまったようで……」
「構いませんよアンバーさん。悪いのはブライだけです。――申し訳ございません、シニストラ家の皆様方。先程の光景は気になさらないでください」
時間にして一分未満。
目まぐるしく変わった、シキに見慣れない者達にとっては理解不能であっただろう光景に対して謝罪をするクロ殿。シキに着いてから屋敷内で娘と話し合っていたため、シキを見ていなかった御両親と従者は理解不能な表情をしていた。
「大丈夫ですよ、クロ子爵。いつもの光景ですから。むしろ対策をありがとうございます」
「そう言って下さるとありがたいです、スカイ卿」
そして娘であるスカイが気を使った訳でも無い、さも当然な反応をした事に全員が声には出さないが驚愕の表情をスカイに向けていた。このままだとスカイが精神的な意味で心配をされそうである。
「それでは皆様、改めて屋敷の中で――どうしました、バーントさん」
「御主人、馬車の音が近付いておられます」
「ああ、そうですか、ありがとうございます。皆様、次こそオースティン侯爵家の方々であるかと思われます」
音に敏感なバーントの言葉に、クロ殿は改めてシニストラ家の面々に笑顔を作りつつ言葉をかける。
その表情に動揺は無く、先程の事など無かったような安心感を与える穏やかな笑顔だ。私はいつもと違う印象を受けるその笑顔に、安心感よりも胸がドキリとし、表情が崩れないようにするのに精一杯になったのだが、シニストラ家の面々は落ち着こうという気持ちになったようだ。
「お父さん、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。……私は政治的手腕には乏しく、娘のために今から出来る事は少ない。だが、せめて娘の邪魔にならないように頑張るよ」
「……そちらではなくて、身体の事なんですが」
……スカイは先程まで表面上は冷たくはしていたが、なんだかんだ言いつつ父親の事が心配なんだな。
「安心しろ、なんかロボと呼ばれていた格好良い彼……彼女? を見たら元気出たからな」
「……出たんですか?」
「……アナタ、大丈夫?」
「? よく分からない子だったが、帰る前にもう一度見たいと思う程には格好良かっただろ、ルリ、スカイ?」
『え』
「え」
元気が出たのならば良いのだが、親子の間で妙な反応の差が生まれてるな。……しかし、メアリーやクリームヒルトもはしゃいではいたが、ロボを見ると女性より男性陣の方がはしゃぐ事が多いように思えるな。なにか理由があったりするのだろうか。
「……ともかく、お父さんは無理をしないでくださいね」
「無理とはいうが、今回無理しなくていつ無理を――」
む、いかんな。馬車が近付いて来ているというのに、少々空気が……
「コホン。……私の息子と娘が侯爵家代表であるアッシュ卿と知り合いのため、シキの入り口にて彼らを出迎え、屋敷への案内と歓待として馬車に乗っています」
そして悪い雰囲気をクロ殿も感じ取ったのか、ややわざとらしく咳払いをした後、確認も含めて空気を切りかえる。
「二人共お見合い前の緊張を良い形で解し、引き締める自慢の子です。シニストラ家の皆様方に至りましても、どうか、力を入れすぎない形で出迎えて頂き、お見合いを成功させて頂きたく思います。――では、行きましょうか」
そして言葉の抑揚、切り方。何処かわざとらしくも自然な物言いで、クロ殿は空気を引き締めつつ脅しをかけた。
……クロ殿はこういった仲介するような公共の場や、交渉の場において、脅したり流したりするのは上手い。怯まないと言うべきか、ある程度場数を踏んでいるからこそ出来る芸当、というのだろうか。
現に今も口喧嘩に発展しそうなコン子爵とスカイを止めた。その止める事が出来た理由を具体的な言葉で表現するのは難しいが、クロ殿はいわゆる“圧”をかけるのが上手いのである。
そしてその圧をかける感じが、先程までの安心感の与える笑顔とは違う笑顔で格好良いのである。ええい、クロ殿は私に見惚れてしまって表情を崩させる事を目的としているのではなかろうか。当然そんな事は無いのだが、ともかく格好良いぞクロ殿!
「――来ました」
さて、格好良いという言葉はお見合いが終わったら伝えるとして、今は場所を提供する領主として振舞わねば。
出迎え、挨拶をし、でしゃばらず、それでいて存在感を忘れさせないようにしつつ、今日の主役は誰かを理解し、スマルトへの協力と、スカイの応援をする。
「ようこそいらっしゃいました、アッシュ卿」
「先日ぶりですね、クロ子爵。そしてヴァイオレット子爵も」
まずは主役と言える者達が挨拶を交わす前に、知己という事で私達が軽めに挨拶をする。
昨日は酷く怒っていたであろうアッシュも、今はいつものような笑顔を浮かべて私達に対応していた。
「では、スマルト。挨拶をなさい」
「……はい、お兄様」
そして私達の挨拶をすぐ終わらせ、馬車から降りていたスマルトが一歩前に出て来る(その傍らに礼服を身に着けたグレイと目が治ったアプリコットが居た。仕事をこなす息子と娘が見られて母として嬉しい。しかしこうして見るとグレイは身長伸びたな。成長をしているんだな)。
「本日はお招き頂き、ありがとうございます。ヘリオトロープ侯爵の次男、スマルト・オースティンです。はじめまして、クロ子爵。そしてお久しぶりです、ヴァイオレット様……いえ、ヴァイオレット子爵」
そして恭しく礼をするスマルト。
スマルトの仕草はグレイの一つ下でありながら、何処か大人びた仕草であり、流石はアッシュの弟であると思わせるものであった。
「こんにちは、はじめましてスマルト卿」
「お久しぶりです。立派に成長なされましたね」
「ありがとうございます」
「では私達の挨拶はこの程度にしまして。まずはお二人の挨拶としましょうか」
丁寧口調で対応し、礼をする私達。
そしてクロ殿が顔をあげると、私達は一歩脇に道を身体を逸らし、主役である二人を引き合わせる演出をし、アッシュもそれに倣ってスマルトに前に出るように促した。
「ごきげんよう、スマルト様。此度は宜しくお願いいたします」
そしてスカイも前に出て、スカートの端を掴み丁寧な礼をする。
無駄のない動きは優雅ではあるが、何所となくスカイの質実剛健を現した綺麗な礼であった。
――さて、今度こそ鬼が出るか蛇が出るか。
先程は妙な鍛冶職人が現れたが、今度こそ油断出来ないお見合いの始まりだ。
私達が出来る事以上にはしないが、スマルトの作戦を応援しつつ、スカイへの協力を惜しまない。
そのためにクロ殿達と様々な“場を作る”作戦を整えた。今回のお見合いが良いものとなる様に、陰ながら頑張るとしよう。
「…………」
「……どうしました、スマルト。挨拶を返さないなど、オースティン家として――スマルト!?」
と、私が内心で作戦を改めて思い返しつつ意気込んでいると、スマルトはスカイに挨拶を返さないで居るかと思うと、突然つかつかと勢いよく歩いていき――スカイの前に止まった。
「こんにちはスカイ様。改めてになりますが、スマルトと申します」
「こ、こんにちは、スマルト様。本日はよろしくお願いいたしま――」
「スカイ様!」
「は、はい!」
予想外の行動にスカイは戸惑いつつ、名前を呼ばれて騎士のような仕草で身を正す。
そしてスマルトはスカイの手を取り、片膝をつくと。
「貴女の事が大好きです。――どうか僕と結婚して欲しい!」
「――はい?」
堂々と、求婚をした。
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