追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

分かりやすいと思っていたら(:菫)


View.ヴァイオレット


 良い笑顔なスカイを今は放っておく事にした。
 テンションは高いが掃除の腕前は確かであり、バーントとアンバーが綺麗にした屋敷をさらに綺麗にしていくので、お見合いの際には出迎えに充分な屋敷へとなっている事だろう。お客様に掃除をさせるのもどうかとは思うが、本人が楽しそうなので無理に止めるのも憚られるというモノだ。
 それにアプリコットの件であまり落ち着いていなかったグレイもスカイと一緒に楽しく掃除をしているようであるし、あのままにした方が良いというモノだ。

「時にスカイ様。以前の裏通り空き家浮浪者捕縛の時と比べるとテンションが低いですね?」
「あ時は放置され過ぎて埃や汚れまみれでしたからねやったからの。あのような綺麗にしがいのある楽園だったらテンションもそれはそりゃ上がりまするざ
「確かにテンションが高くて、力がみなぎるスカイ様の腕っぷしで浮浪者の方が空を舞っていましたからね。となると今はあの時よりも気乗りがしないのでしょうか」
「なにを言ってるんですうとんのや! 掃除が出来る所は私にとって素晴らしい事ですやざ! どんな所でもキレイキレイにしてあげますよやりまっしー!」
「はい、キレイキレイー!」
『はーはっはっは!』

 ……うむ、良いというモノだ。そうに違いない。と言うかアレよりも上があるのか。
 しかしグレイは相変わらず天然の乗せ上手と言うか、教えがいがあると言うか……首都で会ったばかりではあるが、シキであの素直な姿を見ているとやはり安心感がある。
 屋敷の中でふりまくあの笑顔と、誰かのマネをしたり教えを活かしたりする姿は見ているだけで嬉しさがあり、このまま――

――いかん、私が子離れ出来ていないではないか。

 嬉しい事は確かだが、このままグレイがいてくれれば良いなという思考がよぎるのは良くないぞ、私。そもそもグレイもアプリコットも公務の形でシキに帰っているだけだ。息子達が働いているのに、私が甘えてどうする。
 ……ちょっと離れ、ちょっと帰って来てこれではクロ殿に呆れられてしまうかもしれないな。

「ただいま帰りました、ヴァイオレットさん」

 私が自分の弱い心を打ち払っていると、先程まで女性関係に関して不安視していたクロ殿が帰って来て私に帰宅の挨拶をして来た。
 いけない、弱い心を見せずに毅然と振舞わないと。

「おかえり、クロ殿。思ったよりも早かったが、決闘は大丈夫だったか?」
「はい、大丈夫でしたよ。互いにベストを尽くしました」
「それは良かった……が、なにやら別の問題がありそうだな? 信じられない事があった、というような表情だ」
「いえ、この表情は単に先程のヒャッハースカイを見たからなんですが……」

 見たのか、あのスカイを。ゲームとしては知っている情報でも、実際に目の当たりにするとやはり複雑な気持ちというやつなのだろうか。そしてそんな渾名なんだな、あの状態のスカイは。

「だがそれとは別に、気になる事がある様に思えるが?」

 しかしスカイの状態を見た事とは別……つまりは決闘関連で気がかりな事があるように思える。“大丈夫”という発言に嘘はないが、問題が一切無く終わったようにも思えない。むしろ別のやる事が増えたというように思える。

「……そんなに分かりやすいですかね、俺」
「私にとってはな」

 私はシアンなどに比べると他者の機微には疎い。が、クロ殿がなにか抱えようとする時に関しては分かるようになって来た。
 今はまだなんとなく分かる程度なので、いつかはアイコンタクトでやるべき事を分かりあう関係になりたいものである。

「あったと言えばあったのですが……うーん……」
「どうした?」
「いえ、ヴァイオレットさんには話すべきなのか、男同士で留めておくべきなのか微妙なラインの話でして……」
「ふむ……その感じだと、クロ殿自身の問題とは違うようだな」
「そうですね」
「そしてその言い方だと……うむ、深刻な話ではなく、恋愛や性関連絡みの相談。さらに私に話すべきかとなると――スカイのお見合い関連だろうか」
「……俺、そんなに分かりやすいですか?」

 分かりやすくもあるが、現状を予想すれば大体は察する事が出来る。
 重要な、例えばトウメイに関しての触れ辛い過去の件の報告が届いたなどであればクロ殿はもっと真剣に話すし、相談でも深刻ならば「なんでもないですよ」と笑顔を作る。クロ殿は自分で抱えて相手に大丈夫だと誤魔化す時は笑顔になるからな。そして男同士でありながら私にとなると、私と協力したいというクロ殿の意志が有り、この状況だとお見合いの話という事で――む、ほとんどクロ殿の様子から予想しているな。まぁクロ殿が分かりやすく愛らしいが故だろう。

「そこまで分かられたなら話します。ですが、ここではスカイの耳に入るかもしれないので……」
「急がないのなら、寝る前ではどうだ?」
「そうですね。では、その時に。俺は夕食前にお風呂にでも――なんです、ヴァイオレットさん。何故俺の肩を掴むのです」

 クロ殿が一旦この話は終わらせて、決闘で汚れたであろう身体を洗おうと向かおうとしたので私は肩を痛くないように勢いよく掴んで制止する。
 ははは、クロ殿はおっちょこちょいだな。大事な用がまだあるというのに話は終わらせようとするなんて、ははは。

「あ、あの。なんか怖いですよヴァイオレットさん」
「クロ殿、なにか忘れていないか? 決闘を無事終えたら、なんだったかな?」

 決闘や決闘後のなにかで混乱しているのかもしれないが、無事決闘を満足させる結果に終わらせた場合にはご褒美にキスをすると言った(私が貰うとも言う)のに、それを慌てて忘れるとは。

「……まさか私の今朝のようなキスではご褒美にならないから、忘れていたという事は……」

 もしそうだったら泣きたくなるが、出来れば無いと信じたい。

「いえ、そのような事はないのですが……良いのですか? 決闘の結果もまともに報告していないのに」
「クロ殿が上手くいったというのなら上手くいったのだろう。そこで嘘を吐くようなクロ殿では無いからな」

 クロ殿はいかにご褒美が欲しくとも、間違いなく嘘をついてまで欲しがるような性格ではない。上手くいかなかった場合は泣く泣く諦める、といった様子が目に浮かぶ。

「であればご褒美に受け取りたいですが……一つお願いがありまして」
「なんだろうか?」

 クロ殿はそう言うと、私が肩を掴んでいた手を優しく取り、ダンスを誘う姫の手を取る騎士のように手を取り、手の甲を上に向けたかと思うと――

「ご褒美を受け取るのは、先程の話の後にでも。――俺はその時を楽しみにしていますので」

 決闘前の私がしたように、手の甲にキスをした。
 ……先程の話の後。つまり寝る前。そして私が言ったご褒美の内容は―ー

――これは、生半可なご褒美はいかなくなった……!

 クロ殿が見せた、予想出来ないでいた唐突な騎士のような凛々しさと格好良さに内心バクバクと心臓を高鳴らせつつ。
 自分が約束したご褒美に対して、今朝の再現だけではすまないのだと思うのであった。

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