追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
グッドスマイル!(:菫)
View.ヴァイオレット
最近、困っている事がある。
それは愛しのクロ殿を誘惑する女性が多い、という事だ。
魅力的な女性が多いというのもある。だが、最近はそれよりも惑わすという点においての女性の数が多いのである。
クロ殿は誘惑に強い男性だという事は分かっている。分かってはいるのだが興味が無い訳では無いし、不安にはなるのだ。この不安を表に出せばクロ殿に色々言われそうだが、不安にならないのも良くはないと思うのである。
「あははは、ヴァイオレットちゃん。これ狩りのお土産のコカトリスの肝! 精力つくからクロ君に食べさせてあげてネ! 独りで受けきれないのなら私も混ざるからいつでも呼んで!」
「呼びません」
「私でよければ相手……男性を気持ち良くさせるテクニック教えてあげられるよ?」
「…………」
「イオちゃん、そこで葛藤しないで」
例えばマゼンタ様……もとい、マゼンタさん。
驚いた事に私の元婚約者であるヴァーミリオン殿下の実の母であり、現在はシキでシスターをやっている、気に入った相手の性へのハードルがとても低い女性である。
ついでに言うと元々若々しい女性ではあったが、今は私より年下にまで若返っている。首都の方であったというグレイ達の若返りの件(子供グレイを見たかった)とは違い、永続的に近い若返りのようだ。
そんな姿、そして相手を喜ばせる事に長けた歴戦のテクニック、話術……私では今の所太刀打ちできないので、彼女が本気をだせばクロ殿がなにかしらの扉を開きそうで怖いのである。……私も深いスリットとか入れてみようか。下着無しで。
「おおー、これが今の時代の屋敷……なるほど、装飾が見事だな! お、なんか隠し部屋があるぞ! どれどれー?」
「トウメイ。すまないが人前で天井まで浮くのはやめてくれないか。マントで隠れていても下からだと見える。あまり息子に悪い影響を与えたく無いのでな」
「私の身体は見れば良い影響しか受けないのだよ。君の夫も夢中になった綺麗な身体だからね!」
「気を使ってくれるな?」
「え」
「気を使ってくれる、な?」
「あ、あの……?」
「気を、使って、くれる、な?」
「は、はい」
例えば今日来たばかりのトウメイ。
マントは羽織っているが、大切な所が見える時は普通に見える、服を着れない様々な理由からシキに来る事になった全裸の女性である。姿を視認できなくなる様な魔法を使えるのだが、クロ殿には何故か効かないらしい。
外見は顔、身体共に私が羨むほどには綺麗であり、故にクロ殿が目を奪われないか。私と比較してなにか劣っていると思われないかと不安になる女性である。
しかも彼女とはしばらく同じ屋根の下だ。姿を消した所を見る事が出来ないクロ殿が、日常的に綺麗な女性の裸を見過ぎる事でなにか影響が及ばないか心配である。……私は身体的接触で頑張るべきだろうか。
――あと、同じ屋根の下と言えば……
あともう一人、不安だった女性が居る。
しばらく同じ屋根の下で過ごす女性、スカイ・シニストラだ。
私と違い健康的で引き締まった肢体。
黒い髪は夜空のように美しく、瞳は青空のように綺麗であり、唇は夕焼けのように儚く綺麗で、性格も真面目で隙が少ない。
そして一番不安な点は、スカイはクロ殿を明確に好いている、という点だ。
彼女はクロ殿に告白をした。告白の件に関しては結局許しもした私ではある。が、それ以降も何処となく踏ん切りがついていないという事を私は知っている。
以前王城で事件があった時もそうなのだが、本人の自覚がない所で未練があるように思えたのだ。
そして此度のオースティン侯爵家とのお見合い。
もしなにかしらの政治的圧力で婚姻を果たした場合、彼女が望む王族の護衛騎士という職は諦める必要があるお見合いだ。
彼女の責任感を考えれば、それがシニストラ家にとって最善と考えれば自身の気持ちを押し殺して婚姻を果たすだろう。……だが、その前に彼女は自らの支えとしてクロ殿に迫るかもしれない。浮気を望まぬクロ殿だが、心優しくもある。だから“もしかしたら”という可能性は零とは言えないのだ。
なので今回、スカイを泊める事に不安があった私ではあるが……
――その心配はなさそうだな。
だがスカイは不安“だった”女性だ。
先程しばらく止まる部屋を案内したり、お見合いの確認のために会話をしたのだが、スカイは“もう大丈夫”だと思うようになった。
具体的になにが変わったかと問われれば「スッキリしたように見える」というような抽象的な事しか言えないのだが、ともかく彼女は変わったようである。
その件についてそれとなく聞いてみると、
「んー……ま、腐れ縁の幼馴染と飲み明かした結果ですよ」
との事だ。
幼馴染とはシャトルーズの事だろうが、あの二人が飲み明かすなど……珍しい事もあると思うと同時に、不思議と「なら大丈夫」と思ったのであった。……しかし、シャトルーズと飲み明かしたという事は、もしかしてシャトルーズもメアリーに……いや、不確定な下衆の勘繰りはよそう。
ともかく、スカイは大丈夫なのでクロを誘惑する女性が減った事は喜ばしいが、彼女に関してはお見合いが不安だ。
クロ殿への思い出誘惑は無いにしても、彼女は自身の夢を捨ててまで家のために婚姻を結ぶ、という事は私個人の感情としては良いモノではない。お見合いの場を提供し、仲介する者としてなにかしら力になりたい所である。
出来たらスカイには夢を叶えて欲しいし、納得して欲しい。スカイの友として、彼女が笑顔に――
「ああ、もう駄目です……連日の湿気によるカビ……ホコリ……ブルストロード兄妹の腕は素晴らしいですが、もっと……もっと綺麗にしないと……」
笑顔に――
「今の私は来客ですが、同時に両家揃うまでは自由の身……自由に振舞って良いとクロお兄ちゃんにも言われましたし、綺麗に……全部きれいにても良いですよね……?」
笑顔、に……?
「あーはっはっははははははは! オースティン侯爵家もまだ居ないことですし、なんも私を縛らる物はないですし、好きにやらしてもらいます!」
「おお、スカイ様の掃除テクニックが相変わらず素晴らしい……なにか手伝える事はありませんか!」
「良いよ、グレイ君! まずはバケツに水を汲んで来て貰います!」
「分かりました――いえ、了解です!」
…………。
――クリームヒルトが言っていたな。スカイはゲームでは掃除になるとテンションが変わる、と。
あくまでもこの世界と似たゲームの話であるそうだが、スカイはリミッターを外して掃除をすると、テンションが振り切れるそうだ。それはもう今のスカイのように。
そして掃除中は戦闘力が上がるそうだ。何故かは知らない。
……色々と言いたい事はあるが、ともかく。
――良い笑顔だな、スカイ。
あの笑顔がお見合いの後も続く事を願うばかりである。
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