追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ドキドキバクバク


「すまなかった、クロ殿。先程は取り乱してしまい……」
「いえ、大丈夫ですよ。いきなり決闘という俺が悪かったんです」

 決闘という単語から思い出してはいけないような記憶が蘇りかけ、カップを持つ手がカタカタと震えていたヴァイオレットさん。すぐに震えは収まり、今はその単語を聞いても大丈夫であるが、俺が教会に出かける前になって改めて謝って来た。
 場所は屋敷の玄関だが、今は他に誰も居ないため改めて言いたかったんだろう。

「私としてはトラウマになっているつもりでは無かったんだが、ふと思い出してしまってな……フ、情けない……」
「大丈夫ですって。そういった心配をされる程に、俺の事を好きで居てくれている証拠ですから、嬉しいです」
「それは……複雑だが、そう言って貰えると助かる」

 決闘であのような反応が起きたのは、あの時と同じ状況が俺にも起こる可能性を危惧したからだ。そうなれば俺が居なくなるので、ヴァイオレットさんとしてはそれを避けたい。そう思ったからこその反応であるならば、俺として嬉しいというのは本音だ。

「しかし大丈夫なのだろうか、クロ殿。決闘など急に」
「大丈夫ですよ。それにあの子も勇気を出して挑んでくれましたし、それに応えないのは失礼ってもんです」
「あの子? そういえば相手を聞いていなかったな」

 あれ、そうだっけか。……そういえばヴァイオレットさんを落ち着かせた後は、トウメイさんの一時部屋への案内や、スカイさんのお見合い中の滞在部屋の案内とか打ち合わせとかで決闘について話していなかったな。

「相手はグレイより年下の男の子なんです」
「クロ殿、そんな小さな子に恨みを買われるような事をしたのだろうか」
「それは無いと思いたいですが」

 思いたいが、知らう内に変態アブノーマル変質者カリオストロなんてあだ名がつけられる俺だ。知らぬ内に恨みを買う事なんて有りそうで怖い。
 そして実際あの子は俺を明確に“倒すべき敵”として見ていた。強さを証明するため“倒すべき存在”や“越えたい相手”などではない、明確な敵意。
 まるで「クロ・自身ハートフィールドを倒さないと、この先に未来はない」とでも言うような、相容れぬ存在として俺を見ていた。だからこそ苦手であろう宣戦布告もしたように思えたのである。

「……なにをしたんだ、クロ殿?」
「……覚えがないんですよね」

 人に全く恨まれないような人生でない事は確かだし、俺を恨んでいる連中は多く居るだろう。この前騎士団で倒した後で文句を言ってた奴らとか、カイハクさんを襲っていたあのデッカイギガントな冒険者とか。
 しかしあんな風に、小さな子に敵意を向けられる記憶はないと信じたい。俺だって善良に生きようとはしているんだ。あんなグレイがカーキーに向けていたような、あるいは――

「アッシュ卿達のような目で……」
「アッシュ?」
「ええ、なんか学園祭とかで騒いでいた彼らのような目を向けられた気がします」

 学園祭でメアリーさん争奪戦(?)を繰り広げていたアッシュ達のような、戦闘状態の目で見られていた。何故かは分からないが、敵意の中でもその時の目が同じだと思うのである。

「ともかく、気を付けてくれ。相手は子供とはいえ、決闘は決闘だ。互いにあまり怪我などをしないようにして欲しい」
「もちろんです」

 俺が怪我するつもりもないが、相手を傷付ける怪我をさせるなどもっての他だ。
 決闘であるならば手加減をするのは失礼とか、全力で対応すべきとかいう問題ではない。互いの引き際を見極められずに、回復しきれない怪我をさせるなど失礼という話ではないのだから。彼より年上の男として、相手が納得する形で怪我をさせぬよう全力で対応する予定である。
 ……というか、彼が魔法に優れていたら全力で対応しないと俺がやられる可能性がある、という情けない理由もあるんだが。この世界、見た目の強さってあてにならないからなぁ……

「怪我をしないように私もついていきたいが、そういう訳にもいかないだろう?」

 と、俺が内心情けない事を思っていると、ヴァイオレットさんが近付きながら聞いて来る。

「そうですね。あの子が納得しなさそうです」

 教会の誰かを審判につけるくらいは良いだろうが、俺が誰か連れて来たらあの子は多分なにが起きても納得しないだろう、という感覚がある。特にヴァイオレットさんだとなおさらだ。
 なんというかあの子は俺と“男同士の戦い!”的な事をしたがっているように思える。そこに邪魔者が入ると今回の決闘に意味がなくなると思っていそうだ。

「ならばクロ殿。右手を出してくれ」
「はい? えっと、どうぞ」

 唐突な脈絡のない言葉に疑問を抱きつつも、俺は言われた通りに右手を差し出した。

「ヴァイオレットさん?」

 握手でもするのかな、などとのんきに思っていると、俺の右手をとったヴァイオレットさんは、まるでダンスを誘う姫の手を取る騎士のように俺の手を取り、手の甲を上に向けたかと思うと――そのまま、俺の手の甲にキスをした。

「では、頑張ってくれ愛しの旦那様。次はご褒美に今朝のようなキスが出来るような、決闘の結果報告を期待しているぞ」

 そしてヴァイオレットさんは、騎士のように凛々しく、そして優しく微笑みつつ、俺に頑張ってくれと励ましの言葉を言ってきた。

――あぁもうこれはズルいなぁ……!

 我が愛しの妻の唐突な格好良さに内心バクバクと心臓を高鳴らせつつ。
 今朝の再現が出来るように、俺は決闘に向けて意気込み新たに頑張ろうと誓うのであった。

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