追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

カタカタブルブル


 ブライさんという危険ではないが危険な男の対処を終え、俺は外でする類の仕事をこなしていた。
 途中で食材の買い付けなどを行なっていた、何故かブライさんと同様に誰かと戦った後かのように疲れていたバーントさんとアンバーさんにグレイ達の帰郷を伝えて、先に戻って屋敷の準備をしてもらうようにお願いした。
 その後一先ず優先すべき仕事を終わらせ、時間を確認してから俺も屋敷に戻る事にした。

「あ」
「あ、父上」

 そして屋敷に戻った所、丁度グレイ達と扉の前で鉢合わせをした。
 どうやら一通りシキを見て回り、残りは明日以降にしようという事にしたようだ。トウメイさんは興奮冷めやらぬまま、という感じで妙に楽しそうであり、グレイはシキを気に入って貰えた事を喜んでおり、スカイさんは対応に疲れたのか先程よりもぐったりしているように見えた。

「カーキーと……アプリコットは?」
「カーキー様は途中で“夕方の夜の戦いに行くぜ!”と仰り、冒険者の女性の方と何処かへ行かれました」
「いつものか」

 そして先程は居た二人が居なかったので聞いてみると、カーキーはいつもの奴が上手くいったようだ。アイツは失敗率も高いが、成功する時は普通にするし、さもありなんだ。顔は良いし、トーク力も高いしでなんだかんだモテるからな、アイツ。

「アプリコット様はアイボリー様の所で治療中です」
「治療?」

 アプリコットはなんでもアイボリーと会った時に、挨拶の後唐突に詰め寄られて興奮した後、「眼帯を外せるようにするぞ」と言われたそうだ。
 元々アイボリーの凄腕によりアプリコットの自己治療でどうにかなるようにはなっていたのだが、今回の帰郷で「この程度なら後は見えるようにするだけだ」となるレベルへと回復していたようである。そして善は急げという事で治療をしているようだ。

「眼帯姿のアプリコット様も大好きでしたが、以前の姿を見れる事が嬉しいです! ……ようやく、見れるのです」
「……良かったな、グレイ」
「……はい、とても」

 アプリコットの目はグレイの前で傷付けられ、本来なら二度と眼帯が取れる事は無かった。痛みが後遺症として続くどころかまた見えるようになるなど、アイボリーの凄腕による奇跡のようなものだ。
 グレイにとっては我が身の事のように嬉しいのだろう。そして嬉しさを思い出して涙ぐみ、俺はグレイの頭を撫でた。

「ふふふ、ナイス愛力……!」
「……トウメイ、貴女は親子間でもそのアイヂカラとかコイヂカラが反応するんですか?」
「私にとってはどのような恋も愛も、良いと思ったら良いんだよ。私は世界の愛を感じたいんだよスカイ」
「言っている事自体はマトモなんですがね……見えませんが、顔が良い笑顔な事は分かります」

 ……うん、先程は見える事が出来て良いと思った俺ではあるが、やっぱり俺にしか見えない浮いた裸マントの女性ってなんか複雑だな。
 否応無しに見えると、こう……分かってはいても男として複雑としか言いようがない。そしてこの女性を今からヴァイオレットさんに紹介する事するという事が今日一番の難所かもしれない。

――どうか、屋敷の誰かが見えますように……!

 グレイの頭を撫でながら、この後来る難所が少しでも緩和される事を祈るのであった。







「……つまりクロ殿は、私達に見えない今も裸のトウメイさんを見る事が出来る、と。そういう事だな」

 駄目だった。
 ヴァイオレットさんも見えないし、バーントさんとアンバーさんも見えなかった。
 ……まぁ元々見えた所で俺にも“裸の女性が見える”という事に変わりは無いので、難所が緩和されるという事は無いのだが。

「ふふ、今も私は見せつけてるぞ、この美しき裸体をな!」
「クロ殿」
「確かに見えていますが、俺の最高で最美はヴァイオレットさんですので惑わされません」
「なら良し」

 俺が当たり前の事ではあるが重要な事である、再確認を含めた言葉にヴァイオレットさんは満足したのか、紅茶を優雅に飲む。

「……ご主人達のアレ、良いんですか?」
「良いのですよスカイ様。あの感じの声が私にとっても最高なのです」
「そうなのですスカイ様。平時でも惚気合う香りが素晴らしいのです」
「私が望んだ答えと少し違いますが、分かりました。……というか、以前と比べて変わりましたね、ブルストロード兄妹さん」

 そして俺達の会話を見てスカイさんがバーントさんとアンバーさんになにか聞き、何故か「この二人もシキに染まったのか、馴染んだのか、どっちでしょうね……」というような表情で出された紅茶を飲んでいた。

「はい、愛し合う父上と母上は目指すべき最高で素晴らしい夫婦です!」
「あ、うん。そうですねグレイ」
「何故撫でられるのです?」
「撫でたいからですよ……」

 そしてスカイさんは何故か「この子は真っ直ぐ育って欲しいと思うのはエゴでしょうか……」というような目でグレイを撫でていた。
 あくまでも思っている事は想像だが、多分間違いではないと思う。なにせ気持ちは俺もバーントさんとアンバーさんに思う事が多いし、似たような表情で撫でる事が多いからな!

「ところでトウメイさん。クロ殿には見えているようだが、私達には見えない。すまないが姿を現して貰えるだろうか」
「あ、そうだな。――よっ、と」
「……改めてだが、本当に聞いていた通りの姿であるし、浮いているんだな」

 ヴァイオレットさん達はマントを羽織っているとはいえ、同性であれ見惚れる程に綺麗な裸が現れた事に対してやはり動揺をする。
 さらには浮く、という事に関しても驚いている。ロボが居るので若干常識が崩れてはいるが、この世界で単身で浮くという事は難しい技術だ。ヴェールさんも箒を魔力で上昇させてその上に載っているだけであるのでヴェールさんが浮いている訳では無く、箒無しだと浮く事は出来ても常時浮く事は出来ない。身体を生身で浮かせ続けるというのはとても難しい事なのである。
 しかしそれをトウメイさんはなんの気なしに、当たり前のようにやっている。ハッキリ言うならそれだけでも凄い魔法使いと分かるのである。……裸のインパクトに負けてはいるがな。

「ちなみに父上は今のトウメイ様が現れたのがどう見えたんです?」
「なんか魔力が放出されるようにマントが舞った以外は特に変化ない感じだな」
「つまり、父上はただトウメイ様の裸体をご覧になっただけなんですね」
「間違ってはいないが、その言い方やめい」

 確かにマントが舞ったので見えはしたが、その言い方をされると女性陣からの視線が痛いので止めて欲しい。ただ俺がそう思っているだけかもしれないが。

「コホン。ではトウメイさんの扱いに関してなんですが――」

 俺が視線を痛く感じているのはともかく、改めてトウメイさんに関しての説明をする。
 しばらくは監視も含めてこの屋敷で住むという事(なお、教会は少年の純情関連で却下)。しばらくは行動制限の下、教会関係者などと協力してトウメイさんに関して調査を行う事。また、スカイさんのお見合い関連の際には混乱を招くため表には出ない事など、シキに住むに際し、いくつかの要点を説明する。

「その程度は構わない。今までと比べたら自由なこの身は幸福以外の何物でも無いからな」

 そして俺の説明に対し、トウメイさんは納得してくれた。
 ……トウメイさんは王城地下空間の扉の中に居たと聞く。それがなにを意味するかはハクの事を考えれば充分に考察は出来るし、ヴェールさんからも説明を受けた。
 今でこそ王城の扉は問題無しと判断されてはいるようだが、それも彼女が意志を持って封印し続けた事がやっと実を結んだ以外に他ならないという説明も受けた。

――……それらを考えると、早めに自由にしてあげたいな。

 トウメイさんの扱いは非常に困り、本来ならこんなにも早く自由に王都以外に出る事は出来ない。いくら今は脅威ではないと判断され、一定以上の魔法を発動しようとすると警告と共に本人の力を一時的に無力化するマントを身に着けているといっても当然と言えば当然である。
 だが俺としては扉の中で、俺には想像できないような戦いをしていたトウメイさんを早めに自由にしてあげたいとは思う。甘いと言われるかもしれないが、早くこの外の世界を憂いなく謳歌して欲しいと思うのである。

「早く色んな恋を見て歩きたいなぁ……!」

 ……うん、思うのである。

――しかし、やっぱ何処かで見た事あるんだよなぁ。

 トウメイさんを見るとやはり湧いて来る疑問。
 先程の少年とは違い、誰かに似ているとかではなく、見た事はあるのだけど印象は違うと言うか、見ても話した事は無いと言うか、話しかける事自体出来ないと言うか……ええと、何処だっけ……?

「……クロ殿。興味が湧くのは分かるが、あまりジッと見るのはやはり……」
「見て興奮した分はヴァイオレットさんにぶつける、でいかかでしょうか」
「それは――うん? どうなんだろうか……?」
「そこは疑問を持つんですね、ヴァイオレット」
「うるさいぞスカイ。惚気られて羨ましいか」
「それを惚気と取る事自体私には想定外ですが……そうですね、友と兄のような存在が仲が良い事は羨ましいですよ」
「……スカイ、変わったか?」
「成長するんですよ、私も」

 ううん何処だ……何処なんだ……後回しにしても良いと思ったけど、やはり気になる。出来ればスッキリして教会の裏手で決闘をしたいのだが――あ、そうだ。

「ヴァイオレットさん、俺夕方ごろに教会に用事がありますので、晩御飯はちょっと遅れます」
「了解した。その間にトウメイさんやスカイの件を進めておく」
「ありがとうございます。バーントさんとアンバーさんもすみませんがお願いします」
『承りました』

 一応この後の用事について許可を取っておかないと駄目だと思い、ヴァイオレットさん達に伝えて置く。
 あの少年が何者かは知らないが、約束を違える訳にはいかないからな。

「しかし、教会に行くとなると……今朝は会えなかったのでしょうか?」
「いえ、決闘をしに行くんですよバーントさん」
「なにがあったのです」
「よく分かりませんが、強いを決めに――ヴァイオレットさん、どうされました?」
「決闘……決闘……敗北……集団侮蔑……今居る場所から追い出される……!」
「ヴァイオレットさん、しっかりしてください!? そういうのじゃありませんからね!?」

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