追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
大胆な告白は
「失礼、取り乱しました。差し支えなければ説明をして頂いてもよろしいでしょうか」
欲求不満で幻覚を見ていたのではないかという不安から、ヴァイオレットさんへの美しさを讃えるという至極当然な繋がりを見せ、夢中状態になっていた俺。しかしアプリコットの杖による横腹つつきにより自分の世界から引き戻され落ち着きを取り戻した後、妙な目で見られているという事は分かりつつもあくまでも冷静に対応をする事にした。
「説明するもなにも、見えているし、聞こえている事がこちらにとっても不思議なんだが……これで四人目だし、案外見破る子は多いのだろうか」
「……あの、浮きながら俺の周囲を回って観察するのやめて貰えます? その、見えるので」
しかし冷静に対応しようとしても、この最近どころか今朝にも何処かで似ている姿を見たような女性が俺を観察しながらマジマジと見て来るので正直困る。
俺は不貞を働く気は無いのだが、一応身体は健全な二十歳の男だ。先程は服の興味へと欲望がシフトはしたが、こうも綺麗な女性の大切な箇所がチラチラと見えると目のやり場に困りはする。これがいっそ全裸であれば開き直れるのだが、マントで見え隠れしているのがなんともまぁ色々と刺激するのである。
「私の裸体は素晴らしいからな。見たくなるのも仕様がないし、見るのも良いだろう」
チクショウ、最近のシキに来る女性はなんなんだ。
前来たシスターは来るなり身体の関係を要求してくるし、この前来た騎士団副団長の妻である未亡人風な女性はハニートラップを仕掛けて来た。そして今度はシュバルツさんと同類の己が身を晒す事に躊躇いが無いタイプか。もう少し己が身を大事にして欲しい。
「とはいえ、この格好に関しては勘弁してくれ。私は服を身に着けられず、これでも隠れている方なんだ」
とはいえ、この女性……トウメイさんの場合は仕様がない事かもしれない。
理屈は分からないが、あのヴェールさんやメアリーさんが解決出来ないどころか解決の糸口すら見つけられず、ようやくマントを羽織らせる事に成功したと聞く。つまりは服を纏っておらず、裸なのは本人が進んでやっている事ではないんだ。
もしかしたら堂々としているのは中途半端に恥ずかしがると周囲に気を使わせるから開き直っているが故かもしれないし、あまり触れるのは失礼かもしれないな。俺だって服を身に着けられないという状況だったら、そこを突かれるとしたら嫌だろうし。
「ともかく、今の私の状況だが――」
聞くとトウメイさんは今も“姿を消している”状態であり、俺以外の誰にも見えていないようである。
さらには消える瞬間を見て、“そこに居るという事はなんとなく分かる”状態でなければ声も聞こえないため、見ていなかったカーキーは声すら聞こえない。
そんな中油断していたらクリームヒルトやメアリーさん、エクルと同様に、俺も彼女を消えていても認識出来る状況であるようだ。
「ふ、私の裸体を見て魔羅を反応させても良いんだぞ! なにせいかなる時でも私を見て興奮出来るんだからな!」
「やかましいわ」
興奮はともかく、おおよそは理解した。
何故俺に見えるのかはよく分からないが(見える者の共通点はなんとなく分かるが)、それはそれで監視がしやすいとでも思っておこう。
トウメイさんに関しての心配は、常時裸というのもあるが、姿を認識できないという点もあった。今話した限りでは自分に自信があるというだけで悪い女性には見えないが、実際に会ってみないとどういう女性かは分からない。そしてもしも姿を消して悪事を働く女性であれば困るから、俺だけでも姿を常に視認できるという事は監視の上で良しと思うとしよう。
それに他にも見える人が居るかもしれないし――あ。あと、俺だけ彼女が常に見えるという事にヴァイオレットさんが複雑な心境を抱くかもしれないのが心配だが……うん、後で考えよう。
「アプリコット様、スカイ様。まらってなんです?」
「スカイさん」
「私にふろうとしないでください」
「そうだぜ、こういうのは男同士が説明すべき事なんだぜハッハー!」
「やめるのである。カーキーさんだと妙な事に――いや、それが良いのであろうか……?」
今はカーキーを止めるべきなのかどうかを悩むとしよう。
俺が教えた方が良いんだろうが、女性の前で教えるのは憚れるし、かといってこの後俺は……
「事情は分かりました。今後の対応を含め我が屋敷で話し合いたいんですが……生憎と俺はこの後も所用がありまして」
残念ながら俺はこの後、しておきたい仕事がある。
どうしても外せないという事は無いのだが、これが終われば残りは後回しできるのでトウメイさんの件や、スカイさんのお見合いの件を憂いなく進める事が出来る。
あまり彼女らを放置はしたくないのだが、そこは分かってもらう事としよう。それに……
「はい、では私め達はその間シキの案内をしています」
「すまないな、帰って来たばかりで疲れているだろうに」
「気にする事ではないぞ、クロさん。領主というのは忙しいのだ。それにフォローするのも我らが普段お世話になっているお礼というものだ」
「ありがとな、二人共」
……それに、与えられた“仕事”をこなそうとしている息子と娘がいる。少しくらい息子達を信じて任せても良いだろう。
「スカイも申し訳ないです、お客様を後回しにしてしまい……」
とはいえ、スカイさんには謝罪をしないといけない。
政略的なお見合い前だというのに、カーキーの相手をさせてしまうし、俺の都合で出迎えも後回しにしている。キチンと謝罪はすべきだろう。
「気にしなくて良いですよ。どうせ私はお見合いまで暇ですし、歓待されてお見合いを不安視せざるを得なくなるよりは、シキを見て回った方が気が楽なので」
「……そう言って頂けると助かります」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです」
「?」
俺の謝罪に対し、スカイさんは冗談交じりに大丈夫だと言ってくれた。
……正直言うと以前の告白の件もあるので、今回のお見合いや今の後回しも含めて、俺がスカイさんを避けていると思われるのではないかと不安だったのだが……スカイさんはなにか変わったように見える。以前首都に行って王城の件があった時と比べても、なんだか抱えていたモノが無くなったかのように見えるのは気のせいではないだろう。
「ではな、クロ! 私はシキを見て回って、他に見える人が居ないか確認してくるよ! そして見えた暁にはご褒美に私の肉体を見る権利を与えてやるのさ!」
「じゃあなクロ! よく分からないが新たな女性が居るようであるし、ならば俺は見えず聞こえずとも麗しき女性のためにシキの案内をしてやるんだぜハッハー!」
そしてこっちは不安だ。
トウメイさんはなんというかシキにも馴染みそうな勢いであるし、カーキーも何故か乗り気だ。
正直不安しかないが、そこは息子や娘、そして騎士であるスカイさんを信じるとしよう。なにかあったら止めて欲しいと視線で伝えると、アプリコットとスカイさんは「言われずとも」というような表情で頷いた。
グレイはよく分かっていなさそうな笑顔で「また後で会いましょうねー」と手を振った。可愛いとは思うが、ちょっと不安である。
――それにしても、何処かで見た事あるんだよな、トウメイさん。
グレイ達と一旦別れた後、俺は先程も沸いた疑問を再び考える。
あんなインパクトのある格好をした女性なんて一度見れば忘れないだろうが、何故か既視感がある。
誰かに似ているのかとも思い記憶を巡らせるが、誰ともあまり一致しない。一番似ていると思うのは髪と瞳の色が同じなクリームヒルトだが、雰囲気はまるで違う。一体俺はなにと似ていると思ったんだろう。
――今考えても仕様が無いか。
これは答えが出なさそうな思考だし、いつかふと気づく類の疑問だろう。そう思いつつ、角を曲がり見えなくなったグレイ達を見送った後に俺は早めに仕事を終わらせようと足を踏み出そうとして。
「あの。すみません、少々よろしいでしょうか」
「はい?」
ふと、声をかけられたので踏み出そうとした足を止める。
そして声がした方を見てみると、そこには背がグレイよりも低い、一人の男の子が居た。
――誰だろう。
長めの明るい青色の髪をサイドで結んだ、少しつり目気味な背筋の伸びた小柄な男の子。
はじめて見る男の子であるが、こちらも誰かと似ているという既視感がある。ただこちらは先程のトウメイさんとは違い、「誰かの兄弟……?」というようなもう少しで思い出せそうという既視感である。
ええと、誰だったかな……いや、それよりも話しかけられたのならば対応しないと。
「なんでしょうか、私になにか御用でも?」
俺は丁寧な言葉遣いで、対外的な笑顔を作りつつ少年に視線を合わせた。シキの領民ではないのは確かなので、お客様である以上はそれなりに対応しなくてはいけない。もしかしたら迷子かもしれないし、安心感を与えてあげないと。
「クロ・ハートフィールド子爵、ですよね?」
すると少年は俺の名前を尋ねて来た。
どうやら迷子ではなく、俺に用があり、目的をもって話しかけてきたようだ。
……ないとは思いたいが、この年頃の子が以前修道士見習いとしてスパイで来ていたし、少しだけ注意をしていこう。
「はい、私はクロ・ハートフィールドです。なにか御用ですか?」
「ええと、その……」
「はい」
「……あ、あのですね!」
すると少年は俺に対して、なにか言い辛そうにしどろもどろとした後、意を決したように俺を真っ直ぐ見る。
そして、
「ぼ――俺と、付き合ってくれ!」
と、告白してきたのであった。
……。
…………、!?
――モテ期でも来ているのだろうか……?
とはいえヴァイオレットさん以外の女性にモテても複雑だが、少年にモテるのは色々とマズいぞ。
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