追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

時はちょっと遡る


「~♪」
「ご機嫌だな、クロ殿」

 梅雨も終わりに向かいつつある日の朝。
 食後の紅茶を飲みながら、続いていた雨が今日は止み雲の間から日差し出ている綺麗な外を眺めていると、一緒に紅茶を飲んでいるヴァイオレットさんが俺の様子を見ながら微笑み、聞いて来た。

「ええ、グレイやアプリコットと会えますからね」

 ヴァイオレットさんの微笑みは俺が楽しそうにしているからつい零れたかのような笑みであり、子供のように見られている感じがして少し恥ずかしく思いつつも、ご機嫌な事には変わりないので、ご機嫌な理由を言う。

「その気持ちは良いが、遊びではなく仕事で帰って来る。そこを忘れてはならないぞ?」
「はい、分かっています」

 そのように言うヴァイオレットさんであるが、何所となく同じ気持ちが溢れているように見えた。
 先日首都で会ったばかりではあるし、二人がシキを離れてから半年も経っていない。けれどそれはそれとして、やはり我が子と会えるのは嬉しいという事なのだろう。

「それにスカイとスマルトとの見合いもあるんだ。そちらを忘れてはならないぞ?」
「もちろんです。上手くいくよう頑張りますよ」

 しかし嬉しい事があるとは言え、お見合いの方も俺達は疎かには出来ない。
 スカイさんのシニストラ子爵家と、アッシュの弟であるスマルト君が居るオースティン侯爵家のお見合い。
 なにを血迷ったのか両家はこのシキにてお見合いをするというのだ。どのような思惑が隠れているにしても、引き受けた以上はキチンと熟さなくてはならない。それに一応はグレイやアプリコットも貴族として仲介役的な事をするんだ。失敗した所で貴族としての二人の評価が下がるという事はないだろうが、上手くいくに越した事はないだろう。

――それに、スカイさんのお見合いが上手くいくならそれも越した事はないだろう。

 ……スカイさんに関して、俺は告白を受けている。そんな俺が場所を提供してお見合いが上手くいく事を願うというのは妙な話かもしれないが……それでも、良縁に恵まれて幸せを願う位は良いだろう。

――スマルト君、か。

 そんなスカイさんのお見合い相手である彼について、過去に会った事があるのでは思いヴァイオレットさんに聞いた所期待できるような説明は出来ないと言われた。
 数年前に会った事自体はあり、その時の印象だと引っ込み思案で自分から他者と関わろうとしなかった、などの事は語れるのだがそれはあくまでも数年前。最近となると分からないとの事だ。
 お見合いの話を持ってきたヴェールさんも「大人しくて良い子だよ」とは言っていたのだが、ヴェールさんも色々忙しい人であるし、ここ二年程度はスマルト君とも会っていないらしいので、それ以上の事は詳細は分からなかった。

――ともかく、頑張ろう。

 スカイさんが良い女性なのは確かだ。そしてその相手であるスマルト君が良い子にしろ、あの乙女ゲームカサスに出て来る初期アッシュのような感じにしろ、このお見合いが何事もなく終わるとは思えない。
 なにしろスカイさんのお爺さんが、なんらかの方法で無理にオースティン家とお見合いの話を結ばせたらしいのだ。その方法の如何によってはなにが裏で動いているか分からないし、気は引き締めた方が良いだろう。
 なったばかり子爵の俺にどうにか出来るとも思えないが、両名の気持ちを無視したお見合い、縁談にならないようには頑張るつもりだ。……スカイさんが悲しんだり辛い思いをしている所は見たくないからな。

「時にクロ殿」
「ヴァイオレットさん。もしかしてですが、無理に婚約を結ばされそうになったりして、沈んだスカイを慰めるために“思い出”を残させようとしないでくれ、とか言おうとしてません?」
「……よく分かったな」
「いつまでも言われ続ける俺では無いのです」

 ヴァイオレットさんは俺の言葉が図星だったのか、それ以上は言わずに紅茶を一口飲んでいた。
 ……まぁ、言い当てられたのは俺もそういう可能性はあると思っていたからである。自意識過剰かもしれないが、スカイさんが俺に未練があり、初対面の時みたいに思い出を下さい的な感じで……という状況。
 出来れば無いと信じたいが、無いと断言するほど楽観視は出来ないし……もしかしたらスカイさんのお爺さんはそっちの方面を狙っている可能性もあるからな。

「さて、その件のスカイも含む、グレイ達が来るのは今日か明日です。気を引き締めて仕事と準備をしましょうか」
「そうだな。会うのが楽しみでも、浮足立っていてはグレイ達を見送った者として立つ瀬が無いからな」

 注意も警戒もするが、それで通常業務を怠っては本末転倒だ。
 バーントさんとアンバーさんもお見合いの成功のために食材集めや掃除などをいつも以上に頑張ってくれているし、主人である俺達もそれに見合う仕事をしないと駄目だ。
 ここ最近雨で悪路となっているためいつもより遅れるだろう隣街からの馬車が今日か明日に着くだろうし、いつ来ても良いようにしながら今日も一日頑張るとしよう。

「しかし、クロ殿」
「なんです?」
「もう一人の女性の件だが……」

 もう一人の女性、か。それは俺もどういう女性かと思うし、会うのが割と怖い女性である。
 お見合いの件とは別に、ヴェールさんに言われてシキに来る女性が一人いるのだが……その特徴が服が着れないから常時全裸とか、浮いているとか、消える事が出来るとか、あの扉から出て来たとか……ともかく身構えないと駄目な女性が来る。
 名前は“トウメイ”だそうだが……その女性をシキに送るとか、送る事を決めた方々はシキを「変な相手だからとりあえずシキに送っておこう」的な感じに思っていないだろうか。

「その女性がどうされたんです? 先に言っておきますが、裸を見た所で惑わされませんよ?」

 男である以上興味は持ったりするかもしれないが、常時全裸とかしばらくすれば慣れそうで怖い。トウメイさんには悪いが、シキの子供や男性陣に悪影響が出ないように、外では姿を消していて欲しいと頼むとしよう。
 ともかく、俺は惑わされる事はなく、ヴァイオレットさん一筋だと断言しよう。

「その女性ほどとは言わずとも、私も露出を増やせばクロ殿は喜ぶだろうか?」
「張り合おうとしないでください」

 ヴァイオレットさんの露出が増えるのは嬉しいかもしれないけれど、心配が先行しそうで怖い。本人が今より大胆な服を望むのなら止めはしないし、似合う露出が増えた服は作るのだが、全裸女性に張り合っていたら大変な事になるので止めて欲しい。

「しかし、ヴェールさん曰く、同性であれ見惚れる程には綺麗な女性、か。……クロ殿、やはりその女性に惑わされないか心配だ」
「心配ですか」
「うむ、心配だ。だからキスをしよう」
「何故そうなるんです!?」
「触れ合う事で女性に惑わされずに愛を確認し合うという建前だ」
「建前なんですね?」
「建前だ」
「では、その建前に乗りましょう」
「乗るんだな」
「ええ、本音は多分一緒ですから」

 俺はそう言って紅茶が入ったカップを机に置き、椅子から立ち上がるとヴァイオレットさんに近付く。
 同じ紅茶の味の中に少し甘さを感じつつ、俺の本音である“ただしたかったからする”という気持ちは内に秘め、建前である確認作業を終える。

「……これで建前は終了ですかね?」
「うむ、建前も充分満たしたな」

 とはいえ、建前も充分満たされた。
 これでいかなる魅力的な女性が誘惑して来ようと、惑わされる事はないだろう。
 そう思いつつ、食後のティータイムは幸福なまま終わるのであった。

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