追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
悪女(:朱)
View.ヴァーミリオン
メアリーの言葉は俺にとって間違いなく好機と言える言葉であり、待ち望んでいた単語が含まれる言葉であった。
「――大好きな友人が居なくなると、寂しいですから」
しかし俺がなにか言うよりも早く、一言で済むと言ったメアリーは二言目を発して俺の行動を制限した。
「可愛らしくても、今の皆さんとこうして喋れなくなるのは寂しいですからね」
こちらの行動を制限してくるような、牽制や忠告とも違う蠱惑的とも言えるメアリーのいつものような天然の行動とも言えよう。メアリー自身は意識的に制限しているのではなく、当たり前の事を言うかのようにこちらの勢いを削ぐのである。そしてその削ぎ方が鮮やかであり、嫌味と取られないのはメアリーが天然である事と……
「……可愛らしい、か。この場合はメアリーにそう思われるような昔の俺に嫉妬すれば良いというやつだろうか」
「むしろ今を求められていると喜ぶべきでは?」
「なるほど、過去の自分に打ち勝った、というやつか」
「ふふ、そうなるかもしれませんね。では、行きましょうか」
「……そうだな」
……もう一つ、俺が惚れた弱みというやつだろう。
強く出ようとしてもメアリーに微笑まれるとその笑みを見ていたくなる。
揶揄われているのが分かっても揶揄われている時が心地良い。
一緒に居る時間はなにをするよりも充実した時間になる。
臆病と馬鹿にされるかもしれないが、強く出ようとしても今の時間を大事にしたくなってしまうのである。
――そういう意味では、シャルの奴には負けているな。
メアリーが俺に対する態度が妙になった時と似た時期に、シャルのメアリーに対する態度が変わった。何処となく距離が近くなり、気兼ねなく話すようになったのだ。
アッシュやシルバは「もしや付き合ったのでは……!?」と危惧していたが、なにかが違う気がしてシャルに問うとなんとメアリーに告白したというのだ。
特に隠す事無く、さらにはフラれたとも俺が問うとあっさり答えたのである。
何故告白をしたのかという問いにシャルは、
『気持ちの清算だ。そして俺のこの気持ちは、今の関係を失ってでも伝えたかった』
と、フラれて強がっている様子はなく、むしろ憑き物が落ちた様にスッキリした表情で言っていた。
……今のシャルは、俺達の中で最も勇気のある行動をしたのだ。それは俺達が……俺がなにかと言い訳をし、心地良い空間に甘えメアリーに攻めあぐねているのに対してハッキリと差を見せつけられた瞬間でもあった。
――俺も行動に移そうとはしたが……
そしてシャルを見て俺も勇気を出そうとし、何故かメアリーに避けられていた俺である。だが今はメアリーは普通に話し、今までのような態度で接してくれている。チャンスではあるのだが……
「どうしました?」
「……なんでもない。行こうか」
……いや、今はやめておこう。
俺達が若返りなにかと苦労を掛けていたようであるし、今は研究機関の廊下だ。
いくらメアリーにマトモに話せるようになったと言っても状況的にも良くないし、良い雰囲気もなにも無い。今はメアリーが以前のように接してくれるようになっただけでも良しと思う事にしよう。
「ああ、そうです。伝え忘れていた事がありました」
「?」
俺が再び歩を進めようとしたタイミングで、今度は俺が立ち止まり動かないでいた事を不思議がっていたメアリーが立ち止まり俺の方へと向き直った。
何事かと思いつつメアリーの方を見ると、いつものようにずっと見ていたくなるような笑顔を向けた後、俺に向かって二歩大きく近付く。
「メ、メアリー……?」
まるでキスでもされるのではないかと言うような近付き方に戸惑っていると、メアリーは唇を俺の唇に――ではなく、背伸びをして耳元に近付けた。
「先程私は急いだ理由に、一言で言うと言ったのに対して、“今の貴方”と“友人”と分けて言いましたが――」
そして耳元で愛しの相手が囁く言葉にくすぐったさを感じつつ。
「――ヴァーミリオン君は、どちらでしょうかね?」
まるでイタズラをするかのような、子供のような声で。
メアリーは俺に言ったのであった。
「ふふ」
俺がその言葉に対する反応を示す前に、メアリーは俺から離れ、先程までとは違う笑みを見せた。
その笑みは何処となく悪魔を連想させつつも、邪悪ではない蠱惑的な物であった。
「ヴァーミリオン君、私は悪女を目指そうと思います」
メアリーは笑みを崩す事無く、俺に告げる。
「惚れられたという事を自覚して、その感情を利用して揶揄うような悪い女を目指します」
「……何故、目指すんだ?」
「はい。私は皆さんに善い事を出来るようにと、基本受け身ではなく攻めて行動する性格なのですが……ふと、気づきまして」
告げられた言葉に対し、「なにをだろうか」と俺は問いかける。
するとメアリーは「それはですね」と前置きを置いてから、
「大好きな特定の誰かに良く思われるためにも、同じようにしたいみたいなんですよ」
メアリーは変わらず悪魔のように魅力的な笑みを浮かべつつ、言葉を続けた。
それは今まで見てきたそのメアリーの表情とも違う、初めて見る表情であり。
なにか宣戦布告するような、シャルが告白した後の変化のような、自分なりの答えを見つけたような気持の整理をつけた笑顔であった。
「ですから、今回はそれが出来なくなりそうだったので我ながら焦ってしまったようです。恥ずかしいですね」
「メア――」
「おっと、こうしてはいられません。ヴェールさんを待たせる訳にはいきませんし、早く行きましょう、ヴァーミリオン君?」
メアリーは俺の言葉を待つことなく、方向転換をするとスタスタと目的の部屋に歩いて行く。
俺が止まっている事などお構いなしであり、着いて来なくてもそのまま部屋まで行くと言うような速度である。
――これは、俺もより引き締めないと置いて行かれるな。
置いて行かれた場合でもメアリーは容赦なく進み、見捨てるだろう。
これは今まで以上に生半可な覚悟と努力では駄目だという確信もある。
――良いだろう、それでこそ俺の好きになった女性だ。
元々メアリーと並び立つためには並々ならぬ覚悟が必要だと自覚はしていたが、これは泣き言もなにも言ってはおられず、“中間結果で良い所まで行った”などという中途半端はもう許されない。
メアリーに並び立つ以上はその程度で満足は出来ない。
だが余裕を忘れてはならない。中途半端を無くすために、自身を捨て余裕をなくしていては本末転倒だ。
だからメアリーに対しても今まで以上に接して楽しませる、容赦なく攻める、守りも固める、そして全てを受けた上で余裕で攻め返してみせるようになるとも。
覚悟しておけ、メアリー・スー。俺を今まで以上に本気にさせた事を後悔させてやる。
「そして後悔させた後は、俺の気持ちを容赦なく受け取って貰うぞ」
ああ、本当に今から楽しみだ。
俺の胸の鼓動は、張り裂けそうなほどに高鳴っている。
この張り裂けそうなほどに燃える気持ちを芽生えさせたメアリーは、やはり最高の女性であると、俺は最高の女性の背を追いかけながら思うのであった。
◆
~何処かの女神~
「――はっ!? 何処か近くで恋力を感じる!」
「なに言ってんのキミ」
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
6
-
-
29
-
-
1
-
-
59
-
-
549
-
-
4112
-
-
314
-
-
49989
-
-
768
コメント