追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
甘露(:淡黄)
View.クリームヒルト
さて、原因解明のためとはいえ王城に入るのは容易ではない。国王陛下夫婦や殿下達の仕事場であったり、王国の行く末を決めるが会議が行われたり、重要機密が隠されているような国の最重要機関とも言えるし当然ではある。
一学園の生徒が許可も無く入る事なんて許されないし、許可があっても監視が付いた上での行動制限があるだろう。それに国家機密なあの地下空間の場所などまずは入れない。
一応私は伯爵令嬢ではあるけれど王城で通じる様な立場もなく、許可もなにもない私達は門前払いされて入れないのが関の山だ。
「と、いう訳で扉の前に来たのは良いのですが、相変わらず大きくて不気味ですね……」
……入れないはずなのだけど、私達は容易に入り込めていた。監視もないし、扉の前にもすんなりと来れている。別に侵入した訳でも無く、正面から堂々と入ってここに来ているのである。
「ねぇ、メアリーちゃんってなにかフェロモン的な物を出してる? こう、相手を魅了させて誘惑する的な」
「出してませんよ。この扉の件も含め、あの乙女ゲーム世界の事を話すために最近何度か王城に入って来ていますから、大体顔パスです」
それで良いのかな、王城よ。
私もカサスや王城での一件で何度か来た事はあると言えばあるのだけど……ここまであっさりと中には入れない。
けどメアリーちゃんはなんか「あ、メアリーさん、お疲れ様です。中へどうぞ!」と笑顔で敬礼されつつ見送られた。色んな人に好かれやすいメアリーちゃんとはいえ、短期間で好かれやすぎじゃなかろうか。好かれ過ぎて何処かの貴族に暗殺者を向けられないかと不安視するレベルだよ。まぁ、メアリーちゃんは返り討ちにするだろうけど。
――頑張っているようだね。
茶化しはしたし、不安も本音ではあるが、これもメアリーちゃんは私の知らない所でも頑張っている証拠だろう。
前世持ちの私達の中では一番カサスに詳しいし、あらゆる面に優れ、なおかつ人当たりが良くて、本質的に善性が強い。
故にあのように好かれるのもさもありなん……ありなん……うん、流石メアリーちゃん、とだけ思っておこう。
「で、なにか分かりそうかな、さすメアちゃん」
「なんですか、さすメアって」
メアリーちゃんのハイスペックぶりは今更だから置いておくとして、今は扉ついてだ。
ヴェールさん曰くこの空間に着た途端に扉の方から異質な魔力を感じ、気が付けばあの状態だったと聞く。今更ここに来てなにか分かるのだろうか。ちなみに私はさっぱり分からない!
「……以前と比べると、魔力がスッキリしている感じがしますね」
そしてメアリーちゃんはなにか違いが分かるようだ。さすメアだねさすメア。
でもスッキリとはなんだろうか。澄んでいるとか、溢れる魔力が溢れない位に抑えられているとかそういう事なのだろうか――あれ?
「なんか透き通ってる?」
「はい、そんな感じですよね」
メアリーちゃんに言われた内容を私なりに考えてみてみると、確かに前来た時より扉の中の魔力が“透き通って”いる。
基本魔力というものはなにかの特性を持っている事が多い。基本属性である地水火風光闇であったり、その人その人で持つ魔力に色があるのである。とはいっても余程注視したり、専門の道具が無いと分からないのだけど。
――初めての感覚だね、これ。
けど今扉から感じる魔力は透き通っている感覚がある。
何物にも染まっていないような、純粋たる魔力とでもいうのだろうか。こんな感覚は魔力を感じ取れるようになった今世で初めてである。
「なんか悪いものを吐き出して、今は残りしかない的な感じ?」
私が思う可能性としてはそんな所だろうか。
オールとやらが利用したり、黒兄が受けたり、扉が開いてメアリーちゃんが閉じたり。そして今回の若返りで溜まっていた膿のようなものを吐き出して健康になった、みたいな感じだろうか。
「……確か若返りの状況の中で、ハクだけは若返らなかったんですよね?」
「え、うん、そうみたいだね」
メアリーちゃんは私の問いの答えではなく、別の事を聞いて来た。
ハクは皆が若返った時に一緒にこの地下空間に居たようだけど、ハクだけは若返りの影響を受けなかったようだ。
しかし無事という訳では無く、意識不明の状態であるそうだ。調べた限りでは命の危険性は無いので調べつつも安静にさせているようではある。ヴェールさんの予想では「若返りの概念が曖昧だから、身体が魔力の作用に追い付かなかったんじゃないかな」との事らしい。
「あくまで予想なんですが、ハクが眠ったのはハクが“そういった風に仕込まれている”からかもしれません」
「? ……あ、封印されている者の捌け口として一緒に封印されていたから、封印されたものと似た魔力を受けた結果、眠るという状態になった、という感じ?」
「そうですね。そしてそのような魔力が急に溢れた原因は――」
私がメアリーちゃんの続く言葉を聞こうと、声に意識を裂いた次の瞬間。
「クリームヒルト、離れてください」
「え――」
メアリーちゃんの言葉と共に、扉が開かれた。
「――なっ!?」
なにが起きたのかは分からない。
ただ分かるのは前触れもなにも無く、大きな扉が内側から開き始めたのだ。
以前のようなおぞましいナニカの気配はないが、間違いなく異常事態。私は全集中を持って自身の行動を“生存するための状況把握”に向ける。
何故扉が開かれたのか。扉から感じる魔力と関係あるか。私達が居る時に何故開いたのか。精神関与。肉体関与。時間関与。範囲関与。条件関与。
考える。考えろ。考えろ。見る。見ろ。見ろ。見ろ。
最悪を想定する。最善の行動をする。
今の私の全てを持って、この場に居るメアリーちゃんと私の生存を目指す。
――手。
そして見えたのは、扉の中から出て来る手。
手というのは分かるのだが、男か女か、年齢などなんの手かは不思議と認識できない。
一体アレはなんだ――
「恋」
一体――
「恋の気配……恋する乙女の気配がする……若く初々しく、甘露というべき恋の気配が……! ああ、だが甘露、甘露、透き通った甘露……! 私に恋を捧げるのです、それが私を満たすのです……!」
……一体、なんだというのだろうか。
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