追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
進まない(:淡黄)
View.クリームヒルト
「進まないねぇ」
日が沈むのが遅くなり、学園の授業が終わってもまだまだ明るいある日の放課後。
私は闘技場にて地面に座りながら、どんよりとした雲を見上げつつ呟いた。
「進まないとはなにがです?」
そして私の言葉に、先程まで一緒に自主戦闘訓練をしていたスカイちゃんが水を飲みながら聞いて来る。
私と違って綺麗な姿勢で立ちながら聞くその姿はまさに騎士のような振る舞いであり、見上げる形で見える筋肉が汗で濡れて良い感じに輝いている。
「恋愛関係が進まないな、ってね」
「恋愛……ですか」
スカイちゃんの筋肉の綺麗さは同じ女として憧れるけど、私の体格や体質的にこの筋肉は得られないなと思いつつ、私は質問に答えた。
そして私は回答をしつつ、後頭部で手を組んで枕代わりにしつつ地面に寝転ぶ。スカイちゃんは「はしたないですよ」と小さく注意するが、強くは注意をしないようである。
「うん。なーんかもっと進むと思ったのに、思ったより進んでいないな、ってね」
そう、今私の友達の恋愛関係は膠着しているのである。
アプリコットちゃんとグレイ君のように、見ていると「黒兄達の影響受けてるんじゃなかろうか」と思うような進んでいないようで進んでいる恋愛関係もあるのだが、私が心配するような恋愛関係が身近にあるのである。
例えばフォーン会長さんの恋愛。
以前黒兄が首都に来て、帰った後の頃は、
『ああ、後遺症が……男性を、男性を見るだけで彼の事を思い出してあの状態に……落ち着くのですフォーン・フォックス……!』
などと、頬を赤く染めては息を荒げるのを抑えるのに必死と言う謎の状況だった。そして気が付けば見失い、気が付けば元の状態で仕事をしているというよく分からない事が多かった。
なにやら己が体質と戦っているようにも思えたが、私は触れてはならない気がしたのでこの件に関しては触れてはいない。
そしてそんな生徒会長さんは、最近はなにやら別件で悩んでいるように思える。
自由恋愛をする事と、実家の立場と貴族女性としての結婚という政治に悩んでいるのもある。生徒会長さんは子爵家令嬢と言う立場上、実家が決めた相手と婚姻を結ばされる事になるので、好きな相手と結ばれたかったら早めに対策をしないと駄目であるのだが……立場上難しいという事も分かっているので、寂しそうに遠くに居る好きな相手に思いを馳せている乙女な状態だ。
そんな生徒会長さんが最近様子がおかしいのだ。具体的に言うと影が更に薄くなった。場合によってはぶつかる事でようやくいる事を認識するレベルである。
そうなっているのは、自由恋愛をするために対策を立てる訳でも無く、ただボーっとしている事が多いからだろう。覇気が無いので影が薄まっているのだ。
好きな相手と結ばれるのにあのような状態で大丈夫なのかと、不安になる。
そしてもう一つの進まない例がメアリーちゃん達だ。
元々メアリーちゃんのカサスのイベントを使った云々は置いておくとしても、天然タラシにより多くの男性(ついでに女性)を魅了はしている。
ただ大部分はファンのような感じであり、恋愛に発展するのはカサスの攻略対象でもあったヴァーミリオン殿下達の五……いや、四人だろう。エクル兄さんは多分違う感情だ。
ともかく、メアリーちゃんと恋愛関係になりそうな四人においても、恋愛関係が一向に進まない。持ち前の天然力で恋愛を進ませないメアリーちゃんは正に魔性の女であろう。
――でも、シャル君に関しては変わったかな……?
進まない四人中で、最近変わったと思ったのはシャル君だ。
ある時を境に今まで何処か陰りがさしていたシャル君の表情が晴れやかになってメアリーちゃんへの接し方も大分変わり、メアリーちゃんのシャル君への接し方も変わった。
ただこれは進んだ、というよりはなにかが終わった、と言う方が正しい気がする。
私はそういった方面は疎いので詳細は分からないのだが……終わりは終わりでも、前を向くための新たな始まりをするための終わりのようにも思えた。なにかに縋り、甘えていた弱い心を打ち払い自ら成長するための終わり。今のシャル君を見ていると不思議とそう思えるのである。
事実シャル君は最近肩の力が抜けて、メキメキと実力をつけている。シャル君は良い方向に変わったと言えるだろう。
――だけど良くない方に変わったのが……
そして同じ変わったでも良くない……変な方向に変わった人がいる。
初め見た時は「お?」と思ったのだけど、段々と「んー?」という妙な反応を示すようになった人。
表面上はそれなりに接しているけど、今まで見てきた者からすれば明らかにおかしいと言えるメアリーちゃんとあの人。……この両名は、膠着したメアリーちゃん関連を劇的に変えると思ったけれど、結局は膠着したままなのである。むしろ膠着の原因とすら思える。
「大丈夫ですよ、クリームヒルト」
「え?」
そして私がその事をそれとなく言って、スカイちゃんの意見を聞こうとすると、何故か言う前にスカイちゃんが私の方を見て何故か安心するように「大丈夫」と言ってきた。
……いや、これはもっと別種の優しさのような感じがする。シャル君と同時期に肩の力が抜けたスカイちゃんではあるが、この表情はなにを意味するのだろうか。
「心配せずとも、ティー殿下とクリームヒルトはもっと絆を深められるでしょう。今は恋愛が進まなくとも、いずれクロ夫婦のようにイチャイチャできますよ!」
「あはは、余計なお世話だよスカイちゃん」
というか、黒兄達ほどティー君とイチャイチャするのはちょっと遠慮したい。
………………。うん、遠慮したい、かな。
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