追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

!?


 マゼンタさんが封印された扉の前で、最初の想定とは違うなにやら危ない事を仕出かそうとしていたので止めようとした俺とシアンと神父様。
 隠れていられないとばかりに飛び出そうとしたのだが、飛び出して身を出すよりも早く、俺達が隠れていた場所とは別の所から現れたヴァイス君によって、飛び出すタイミングを見失ってしまった。

――ドロップキック!?

 しかも登場と共に、挨拶の言葉を言いながら凄い速さでドロップキックを繰り出していた。姿勢の伸びたお手本のようなドロップキックである。
 しかも声をかけたとは言え不意打ちに近い形で、勢いの凄い一撃だ。大抵の盗賊などであればあの一撃で無力化出来るだろう。

「え、な、ヴァイス先輩、なんでここに!?」

 そして慌てた反応を示しつつも、避ける事も無く受け止めた上で勢いを流して完全に殺しきり、挙句には受け止めつつ相手が怪我をしない様に、ドロップキックで地面に対して水平になったヴァイス君の身体を垂直に直して態勢を整えさせた後に驚いた反応をマゼンタさんは示した。相変わらず凄い身体能力である。一度魔法無しで手合わせした――今は考えない様にしよう。
 今はマゼンタさんが戸惑っているように、何故此処にヴァイス君が居てドロップキックを繰り出した理由を考えるべきだろう。そして場合によっては「必殺」の部分に反応したマゼンタさんが曲解して変な方向に行った時のために、改めて前に出る準備だけしておくとしよう。

「見事な対応で僕を怪我させないようにしてくれてありがとう、シスター・マゼンタ。そしていきなりのキックごめんなさい」
「あ、うん。別にそれは構わないのだけど、なんでヴァイス先輩がここに?」
「シスター・マゼンタが夜の非行に走っていたのを見て、シスター・シアンに怒られる前に連れ戻そうかと思い、ストーキングしてました」
「堂々と言うんだね。別にこっそりつけなくても、堂々と来ればいいのに。私は大丈夫だよ?」

 堂々としたストーキング発言に対しても、特に気にする事無く微笑みながら受け答えするマゼンタさん。なんというか、ストーキングされる事はなれているような感じである。

「あ、それよりも魔法使ってストーキングして来なかったでしょ。そのままだと風邪をひくから、木の下でまずは拭いてあげるよ」
「ありがとうございます。ですが、そのためには質問に答えてください、シスター・マゼンタ」
「なにかな? 私に答えられる事ならなんでも答えるよ。もし私の事について知りたいとしたら……そうだね、言葉だけの数値でなく、実際に触って確かめても良いよ」

 そう言いながら無邪気かつ妖艶に微笑むマゼンタさん。雨で濡れている事もあってか、少女というよりは女性という側面が少々強く出て、蠱惑的で吸い込まれるような魅力を発している。
 時間と場所もあってか、誘惑されているとすら思えて――いや、実際に誘惑しているのだろう。ヴァイス君からの好意を表面上ことばで自覚した上で、それに応えるべく促している。

「触る……? 良く分かりませんが、聞きたいのです」
「うん、なにかな」
「此度の外出で、シスター・マゼンタは多くの方々と森で密談をしていました。約束を取り付けて会っていたのでしょう?」
「密談? 約束?」
「はい、わざわざこのような夜の森で、あのように多くの皆さんと会う事なんて有り得ない事です」

 ……うん、そうだね。普通はそうだね。
 というか口振りから察するに、ヴァイス君は言葉はあまり聞き取れない範囲に居たのだろうか。

「そして僕の姉とも会い、挙句には謎のポーズを取らせていました。あの僅かに聞こえた“び!”という発言の意図は分かりませんが、なにかの暗号なのでしょう」

 ……うん、そうだね。
 今度シュバルツさんと会った時、色々と大変な事態になりそうな予感がある。

「そして密談の末この場所に辿り着いた……シスター・マゼンタはなにをしようというのですか!」

 俺達と聞く最終的な内容は同じなのだろが、いかんせん途中の内容のせいでなにかが違う気がする。
 とはいえ、ヴァイス君的には本気で心配している。なにせ怒られる覚悟で書置きまでしてマゼンタさんをつけていきここまで来たのだ。
 ヴァイス君はヴァイス君なりにマゼンタさんの本質をどうにかしようと躍起になっている。拙さはあるものの、一生懸命さには来た頃を思うと微笑ましさすら感じられる(なお、その事をシュバルツさんに話したら凄い目で見られた)。
 そして照れはするようだが。決めた以上はこうして、今マゼンタさんの前に立つほどには真っ直ぐ進んでいるのは彼の美点だろう。

――けど、素直に答える事は無いだろう。

 しかし真っ直ぐ聞かれたからとはいえ、素直に答えるとは思えない。誤魔化しか゚遠回しな言い方か。どちらにせよキチンとした答えは返って来ないだろう。

「この扉の構造は王国特有の土地魔力の封印帯。もといろ過装置。中の封印されている存在から溢れる魔力を、中で弱らせたり逃げ道を作ったとしても出て来る魔力を無害な代物に替えているみたいなんだよね」

 しかしマゼンタさんはあっさりと、さも当然かの様に俺も知らない事を言い始めた。

「今はヴェールちゃんの封じの痕跡があるから大丈夫みたいだけど、いずれは破綻する」
「……いずれとは?」
「二千年から二千二年程度かな。あくまでもノーメンテ、外部封印解除を考えない場合だけど」

 数値だけ見れば適当に言っているとしか思えない。しかし不思議とその言葉には説得力があった。

「それで、どうにか解決出来ないかと調べていたんだけど、どうやら今の私では即時解決が出来ないみたい。でもどうにかしようと色々調べていたんだけど……別の事が分かったんだよね」
「別の事とは?」
「私が直接行けば、他の場所も含めて解決できるみたいなんだ」
「……それはつまり外部干渉での解決は無理だけれど、直接扉を開いて関われば根本的な問題を解決できると?」
「そうだね」
「ですが他の場所とは?」
「他にもこういう場所がいくつかあってね。空間歪曲石みたいにそれぞれが繋がっているみたいなんだ。とはいえ、実際にワープは出来ないみたいだけど……まぁ、ここから解決自体は出来るみたい」

 他の場所というのは、あの乙女ゲームカサスでも出て来る封印されたモンスター達が解放される場所たちの事だろう。そして解決となると、その封印解除の危機自体を解決できると言っているようである。
 ……何百年と続いた問題であり、今も解決に勤しんでいる優秀な方々が居る中、それを解決出来るなど荒唐無稽と言えるが、マゼンタさんならあるいは……

「あ、付け加えるけど、扉を開くと言うよりは入る感じだね。その後閉めて、中で解決するんだ」

 ……しかし、解決できたとしてもそのやり方は容認できない。
 仮に解決できたとしても、先程の誰かを想う発言を聞いた後では、死を覚悟しての行動にしか思えないのだから。

――やはり、止めるしかない。

 行動の予想とは違ったが、そんな話を聞いて黙っている訳にはいかない。
 マゼンタさんは出来ると分かれば迷わずする。一応は時間的余裕はあるので他に方法は無いか模索してから解決しようとするだろうが、それが一番手っ取り早くかつ確実に解決できると分かれば行動に移すだろう。独りの犠牲で国民が安全になるのだから、躊躇う必要は無い。

「なるほど。直接入って解決する、と」
「うん」
「命の補償は?」
「あるよ。なければやらなよ」
「ですが確実にある訳では無い、と」
「……そうなるかな」
「何故するのでしょう。僕達が生きている間は、誰かが悪意をもって開放しない限り起こりえない問題です。封印を強固にして、開かせなければ良い。わざわざ眠っている者を起こす必要は有りません」
「危険性があるのなら早く排除したいし、なによりも……幸福のために」
「誰のです?」
「シキの皆や……ヴァイス先輩、貴方にも幸福を。私に価値があるなんて言われたら、価値があると言える行動をしなくちゃね」

 混じりけの無い善意。
 相手の幸福を思った、日常を守るための礎になる自己犠牲。
 求められたからには応えなくてはいけないと。
 価値があると言ってくれた相手を貶めない様に立派であろうという宣誓。
 それが人として正しい姿なのだと信じて疑わない……いや、分からないけど信じようとしている精神。

――ああ、本当に彼女はあまりにも……

 救われない。
 俺だけでなく、シアン、そして神父様までもが発言を聞いて苦しそうな表情をする。
 この二人が苦しそうな表情をする必要はないのだが、ここでその表情をするのは、二人があまりにも優しからなのだろう。考えなくて良い事まで考えてしまい、思ってしまう事が二人の美点であり……ここでは、弱点である。
 そしてヴァイス君も恐らく同じ面持ちでマゼンタさんを見て――

「なるほど、分かりました。ではマゼンタちゃん」
「ん、なにかな?」

 見ていると思ったのだが、ヴァイス君は納得したような表情をするのみで表情を崩す事無く。
 名前の呼び方も変えて、真っ直ぐマゼンタさんを見ると。

「僕と結婚を前提に、お付き合いください。お慕いしております」

 と、言った。
 …………。
 ………………。
 ………………………………………………、!?

「ヴァイス先輩はエロになると積極的な修道士だったの? 皆の評判とは違うね!」
「はい、僕は積極的なエロブラザーなのです!」

 !?

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