追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

こんばんはしねぃ!


 今日、シュバルツさんに謎の呼び出しの後、酒場にて延々とヴァイス君への弟愛を語られ、その後俺が懐かれている事に対しての愚痴を聞かされた。
 その後思い出したかのように、俺宛への手紙を渡された。しかも差出人がヴァーミリオン殿下だったので割と驚き、そして「早く渡してよ!」となったものである。
 だが同時に「何故俺に?」とも思った。ヴァーミリオン殿下とは偶にヴァイオレットさんとメアリーさんのどちらが素晴らしい女性かという事などで論争になったりと相性がそこまで良くはないが、それなりの仲は築けている方だとは思う。だが生憎と業務連絡の様なものでもない限り、個人的な手紙を貰うような間柄でもないはずだ。
 ならば重要な内容なのだと緊張しつつ、屋敷に戻って手紙の封を切った。
 手紙は改めて首都での殿下の実の母と育ての母への謝罪の文言から始まり、ついでにこの間のシキ突然来訪も謝罪するという、書いたヴァーミリオン殿下に同情する内容から始まっていた。
 しかし本題はそこではなかったのである。

「中身はなんて事無い、子として親への心配だったよ」

 シキで母……マゼンタさんはキチンとやれているか、馴染めているか、体調を悪くしていないか。
 殿下としての立場や国に関わる重要案件ではなく、そのような内容の、大切な母を心配した手紙だったのである。
 成人までは反発心からマゼンタさんを嫌い、避けていた殿下であるが、メアリーさんとの交流を得て会ったらしい殿下。それは多分俺も感じている、「メアリーさんとマゼンタさんの本質が似ている」という思いから会いに行ったのだと思う。
 そしてあの夢空間で解除方法を模索していたのを見る限りでは、今後の関係性はそう悪くならないだろうとも思っていた。だけど一ヵ月も経たず心配の手紙を送って来るとは、ヴァーミリオン殿下の意外な一面を見たと微笑ましく思いもした。

「けど、共和国と最近いた王国での過ごし方が書かれた文を見た時は、心配でマゼンタさんに会いに教会へ行ってみる気になってしまうほどではあったよ。会ってなにか出来るもんでも無いけどな」

 それまでの母への心配への言葉は重要であっても、それも本題出なかったようなのである。

「過ごし方って、なにが書いてあったんだ?」
「マゼンタさん、一週間の合計睡眠時間は一時間だってさ」
「は?」

 まず脳内のアドレナリンをいじります。するとあら不思議、眠気が吹き飛び眠らなくても高パフォーマンスを維持できます。
 そして持ち前の鍛えられた身体と体力で共和国内の政務をこなしましょう。眠気が来ないので、体力が続けば朝夜関わらず働き続けられます。身体がちょっと疲れても回復魔法で回復できるよ。その辺りを調整し、自身に使えるように既に調整済みだよ。やった、これで働き続けられるね!
 だけど流石に一週間も不眠不休だと身体が疲れるから、二十四倍密度の高密睡眠で一時間寝て、丸一日寝た事と同じ扱いにして寝るよ。これで一週間分の睡眠を取れたことにもなるよ! だからなにも問題はないよ!

「……って、感じで共和国で働いていたらしい。周囲に働き過ぎとバレないようにしながらな」
「……色々言いたい事はあるが、高密睡眠ってなんだ」

 俺も高密睡眠とはなんぞやと思ったが、付け加えの説明によると魔力を使用した強制回復睡眠だそうだ。寝ている間に自身の魔力を使用して、数倍の睡眠効果をもたらし身体の疲れを回復させる睡眠。
 ようは寝ている間に、自身の魔力で自身に回復魔法をかけるようなものだろうか。本来なら寝て回復する魔力せいしんを身体の回復に回し続けるのである。
 つまり「魔力を使うから精神的には疲れるけど、身体はキチンと回復しているよやったね!」という代物。当然身体の疲れは取れても精神的回復はあまり……というか一切見込めない。まるで休みなく働かせる、言葉の由来の方のロボットを作るための睡眠かのようである。

「で、そういった感じであちこち駆け付けて尽力するわ、周囲も頼って聖女と褒め称えるわで……そしてマゼンタさん自身も良い事だからそれに応えたらしい」

 休まなくても良いから単独昼夜進軍できるから、問題が起きたら自ら駆け付けて人々の声も聴く。ついでにモンスターならば自ら退治もする。病気なら解決する魔法や薬を作ってその場が安定してから帰る。
 しかし自分で全ては解決しない。相応しい人事を行って効率的な運営と、教育や成長を促しもする。
 見目華やか、国民を愛する性格、不正を許さぬ潔白さ、そしてあらゆる脅威を排除できる強さ。
 まさに聖女。問題を提起すれば、解決策をもって応えてくれる素晴らしき女性だ。
 彼女がどんなに苦しもうと、笑顔で勝手にやって応えてくれるのだ。別に相手が大丈夫なのだから、それを頼ってなにが悪い。それこそが彼女にとっても国にとっても幸福な事だろう。

「むしろ有効活用だ。だそうだ」

 まぁ、それはそれとして力をつけすぎて鬱陶しいし、ちょっと脅してやれ。
 あるいは彼女の夫と子が居なくなれば、私にも彼女をモノに出来るチャンスがあるのでは。
 自分の思い通りに出来ない相手がいるなど、許される事ではない。
 彼女は美しいまま、私は老いて行く。それは私よりも苦労を知らないからだ。だから悲劇を知れ、

「そんな感じの思想が混じって、彼女の夫と子は亡くなったそうだ」
『…………』

 それからは表面上は政務をこなしつつ、夢魔法へと繋がったそうである。
 なんともまぁ、気分の良くならない手紙を読んでしまったものである。だから彼女がメアリーさんに似ているだの、昔のクリームヒルトを彷彿とさせるだのなどがどうでもよくなり、つい雨の中教会へ向かってしまったのである。そして教会の窓からマゼンタさんが外に行くのが見え、つい追い駆けてしまった。
 当然過去がどうであれ、夢魔法の件は何度でも否定する。
 しかしだからと言って全部否定する気にはなれない。そんな話である。

「……だから、今も何事も無ければいいんだけど」

 そして、今話していたのは、ふと俺が思った事をシアンと神父様に話さずにはいられなかったから話した事だ。
 俺達がつけているのをバレるかもしれない、だけどつい話してしまった事。そして話した理由は。

「……ああ、冷た――ね。この服――の天気――と、流――寒い―――な」

 シスター服を着たマゼンタさんが、例の扉の前で雨に濡れながら。
 ただ自問自答するように問いかけていたからだ。

「この扉をちゃんと抑える事ができれば。価値があると言ってくれた皆のためになれるのかな」

 そして俺がこうして着けている理由を話し終えてゆっくりと隠れながら近付いていくと、先程までとは違い呟きの内容が聞き取れる位置まで移動する事ができた。
 しかしその内容はあまりにも――

「……あのヒトやあの子も、よくやったって褒めてくれるかな」

 あまりにも、放っておくことは出来ない内容で。

「っ……!」
「悪い、クロ。行かせて貰う――」

 シアンと神父様が制止も振り切る勢いで飛び出そうとする。
 とはいえ、俺も止める気は無い。
 “あのヒトとあの子”。具体的な名前は出ていないが、彼女の言うその相手が誰かは想像出来て、その相手に会うためには彼女自身がどうなるかは、想像に難くない。
 だから俺は止めずに、俺よりも先に動いた二人の後に続こうと――

「マゼンタちゃんこんばんはそれはともかく必殺吸血鬼キッーークだよおらぁ!!!」
「へ、ちょ、なっぐはっ!?」

 続こうとして、俺達の誰よりも早く動いた、何処からともなく現れたヴァイス君が、ものすごい勢いでマゼンタさんにツッコんだのであった。

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