追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

誘ってる?(:紺)


View.シアン


「……はぁ」

 時刻は夕食後の夜。私はシスター服を着替えないまま、誰も居ない礼拝堂にて祈りを捧げる事無く、長椅子の一つに座りながら小さく溜息を吐く。さらには座った状態で足をのばしたり折り曲げたりしてブラブラさせるという少々みっともない事もしていた。
 そのような事をする理由があるとしたら、単純に私の意気地の無さが原因である。

「結局、誘えなかったなー……」

 誘う、というのはマーちゃんに触発されての事だ。とはいっても裸の付き合いでのお風呂ではなく、温泉とサウナである。
 最近クロが実用化させたサウナは、今の所は男女共用であり、サウナ専用の湯着の様なもので入る事になっている。そしてそのまま扉と通路を挟んで男湯女湯に行く事が出来、水術石で水を出して身体を冷やす水を出せる仕組みだそうである。
 私達はまだそのサウナを利用した事が無いので、神父様を誘おうと思った。
 いつもよりは露出した状態で、身体に熱を感じながら話すという事は裸の付き合いとは少々違うけど近しくて良いモノでないかと思ったのである。

「……ふ、根深い、か。ヒトの事を言う暇が有ったら、私の臆病さの根深さをどうにかしろという話だよね……」

 神父様が鈍い事は確かであるが、数年間気付かれなかったのは単純に私が恋愛に対して臆病であったからだ。
 今回のサウナへの誘いだって、二人きりでなくともスイ君やマーちゃんと一緒という名目があったので幾分か誘いやすかったはずだ。けど私は誘うという段階になって尻込みして誘えなかった。そして今は夕食も食べ終わって独り反省会である。
 ……本当に臆病な私が嫌になる。こういった類ではグイグイ行くマーちゃんがちょっと羨ましい。あるいは守りは脆弱だけど攻めに関しては最近めっぽう強いイオちゃんを参考にしたいものである。……あ、今日参考にして失敗したんだった。

「駄目だなぁ、私……」
「なにが駄目なんだ、シアン?」
「わっ!?」

 手を上に伸ばしながら、自虐めいた言葉を発していると唐突に愛しい声が聞こえて来た。しかし周囲に誰かいると思わなかった私は、嬉しさよりも驚愕が勝り、椅子をずり落ちかけてしまう。

「す、すまない、驚かせるつもりは無かったんだが……」
「い、いえ、神父様は悪くないんです」

 私を支えようとしつつ、こちらに謝って来る神父様。私はこちらこそと言いつつ謝り返す。普段であれば神父様の接近に気付けただろうに、驚いてしまったのは私がボーっとしていたのが原因だ。だから神父様は悪くないだろう。
 そして神父様は……どうやら夕食の片付けが終わって、教会内の戸締りを確認していたらここに来た、という感じかな。

「なにか悩み事か? 悩みがあるなら聞くぞ?」

 そして神父様は先程の私の言葉を気にし、少々心配そうにしながら一人分空けて私の隣に座って来る。相変わらずお優しい神父様である。
 とはいえ、悩んでいる事は私の神父様に対する臆病な所だ。ここで素直にその内容を相談できれば苦労はしない。

「そうですねー……ちょっと思う事がありまして」

 けれど折角だ。夜の礼拝堂で二人きりで話す機会なんてめったに無いので、なにかそれっぽい相談でもするとしよう。

「マーちゃんとかイオちゃんがちょっと羨ましく思いまして」
「あの二人を?」
「ええ、二人共やると決めたら積極的なので。私も見習わなきゃなーって思ったんですよ」
「へぇ?」

 私の発言に神父様は恐らく「シアンは充分積極的だと思う」というような表情をする。しかし思いはしても、悩みとして抱えている事をいきなり否定しないようにしているのかまだ言わないようだ。

「やっぱり母は強し、という感じなんですかね。子供が居ると強くなる的な。私は母とあまり一緒に居なかったのでよく分からないんですけど、世の中のお母さんってあんな風に強くなるんでしょうか」
「子供……ああ、そうか。マゼンタはそうなるのか……だけどなにか少し違う気がするぞ?」
「ふふ、そうかもしれませんね」

 だって違うもなにも、本当にそういう意味で強いとは思っていない。あの強さは母と言うよりも持ち前の強さか恋による強さだろう。

「けど、お母さんかぁ……今度お墓参りに行きたいなぁ。シキに来てから一度もイケて無いですし」
「シアンのお母さんは確か……」
「ええ、ネイビー母さんです。とはいえ、私を拾って家名をくれたので血の繋がりは有りませんし、年齢的には祖母と言った方が正しいでしょうがね」

 私は生みの親は知らない。生きているかもくたばっているかも分からないし、興味ない。
 私にとって母と呼べる存在は、私の名付け親で拾ってくれたネイビー・シアーズ司祭母さんだけである。とはいえ、私が小さい時に亡くなってはいるのだけれど。今では声も思い出せないけど……なんとなく、優しい声だったという事は覚えている。

「しかし母は強し、か……オイスターホワイト母さんは……うん、強かったな、色んな意味で」
「その強さは私が言う強さとなにか違う気がします」
「はは、だろうな」

 オイスターホワイトさんは神父様の義理の母で、子供の年齢から今の年齢を考えて逆算するとあまり考えない方が良い年齢になる女性だったはずだ。そして娘と一緒に義理の息子である神父様に対して、子供達の将来のためにベッドで実践の見本をもって夜のお勉強をしようとしたある意味での剛の者。……うん、強いは強いけど、これは違うだろう。

「後はユキシロ母さんの方は優しかったな。けど厳しくもあり、愛情も感じられた。アレは……確かに強いと言えるだろうな」

 ユキシロ……って、もしかして神父様の実のお母さんの名前だろうか。
 ……モンスター襲撃の件がトラウマになっているくらいだからあまり触れないでいたけれど、大丈夫なのだろうか。

「うーん、二人の母さんも若い頃と比べると変わった、という話を聞いた事もあるし、ホリゾンブルーも少し変わったし、ヒトにもよるだろうが、子供が出来るとやっぱり変わりはするかもしれないな。――どうした、シアン?」

 っと、イケない。予想外の名前にどう反応して良いかと悩んだが、神父様に不思議がられるような表情をしてしまっていたようだ。すぐに持ち直して、大丈夫だと言わないと――

「……シアン。まさかとは思うが――」
「はい?」

 しかし神父様はなにかに気付いたような表情になり、神妙な表情になって私をジッと見る。そしてその行動に戸惑い、大丈夫と言わずに間の抜けた返事をしてしまう。
 ジッと見られる事に照れを感じつつも、なにを言うのかと思いつつ続く言葉を待つ。そして、

「強くなるために、シアンもお母さんになりたいと。そういう誘いなのだろうか」

 と、言った。
 …………。
 ………………。
 ………………………………………………、!?

「スノー君はやっぱりエロになると積極的なエッチ神父様だったんですね!! 皆の評判通りです!」
「やっぱり!? 皆の評判!?」

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