追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

根深さと鈍感さ(:紺)


View.シアン


「ありゃ相当根深いもんだよ、イオちゃん」

 シキの領主邸に神父様と訪れていた私は、応接室にてバーン君が淹れた東の方特有の紅茶を飲みながらイオちゃんの問いに対しそう告げる。
 問われた内容は「マーちゃんマゼンタさんはどうだ?」という問いだ。「どう」という言葉は含意が広く曖昧であるが、この場合は馴染んでいるかどうかなどではなく、彼女自身の在り方や精神性によるものだろう。

「やはりそうか」

 それに対し、イオちゃんは優雅に紅茶を飲みながら簡潔に答えた。
 傍から聞けば冷たい言葉だし、意味が分からない会話だろう。だけどイオちゃんの言葉には、イオちゃん自身もマーちゃんの根深さを感じ取っているという事なのだろう。
 後ろで控えているバーン君は……イオちゃんほどではないがなにかを感じ取っており、会話の方向性は理解している、という感じだろうか。
 それほどまでに、今の会話は“マゼンタ”という女の子の事情を知っている者達にとっては当然のように分かる内容であるという事だろう。

「? ……? なんの話だ、二人共。マゼンタは健気で良い子で、十日足らずでシキにも馴染んでいると思うが、根深いとは一体……?」

 いや、独り理解していないヒトがいた。
 紅茶が熱いのかふー、ふー、と可愛らしく冷ましていた神父様は、私達の会話の意味を理解していなかった。疑問顔の手本かのように首をかしげている。
 それにしても反応が可愛いな神父様は。そんなに可愛い所を見せ、私をこれ以上好きにさせてどうするつもりだろうか。

「マーちゃん自身の精神性ですよ、神父様。というかその辺りクロに聞いてませんか?」
「うん? ああ、他者を幸福にしようと頑張って頑張りすぎるから、気を付けてとは言われたな」
「……他にはなにか言われませんでしたか?」
「彼女の血がフォーンより濃いとか、精神が不安定とか……あ、羞恥心が少ないから肌を見せるのに躊躇いが少なく誘惑されないようにとは言われたぞ。俺にはシアンが居るから大丈夫とは言ったがな」
「そうですかありがとうございます。あとちなみにマーちゃんは王族です」
「へぇ、そうなん――なに!?」

 まさかとは思ったが、神父様マーちゃんが王族である事に気付いていなかったようである。
 紫の瞳は王族特有ではあるが、別に他に居ない訳では無い。だから紫の瞳というだけでは王族である事は確定してはいない。
 とはいえ、スイ君のように、事情をあまり知らないならまだしも同じ屋根の下で過ごして一緒に働いていて本当に気付いていなかったんだ、神父様。相変わらずの鈍感ぶりである。
 ……あと、神父様ナチュラルかつ唐突に“シアンが居る”とか言わないで欲しい。嬉しさと動揺で早口になってしまって情報をいきなり出してしまったではないか。……ふふ、でも嬉しい。神父様は嘘が苦手だから、こういう言葉は本音だと分かるので本当に嬉しい。

「王族……なんとなく立ち居振る舞いに気品があるなとは思ったが、王族……?」
「クロ殿からその辺りなにも聞かなかったのだろうか?」

 イオちゃんはクロが伝えていなかった事を不思議そうにしつつ、疑問顔で神父様に尋ねる。彼女の正体を明言しなかったとはいえ、ある程度の事情は知っていると思っていたのだろう。
 クロに聞けばどう伝えていたかはすぐ分かるのだが、生憎とクロは今出かけている。なんでもシューちゃんが「昨日相談されただろう? よし、来い」と謎の言葉と共に突然襲来してクロを借りて行ったそうだ。そしてアンちゃんがフォローとして着いていっているそうである。

「クロに……あ、共和国に居たとか若返ったってそういう事か!? 共和国で流行っているなにか若返り効果のある美容法とかそんなんじゃ無かったのか!?」
「……クロ殿に曖昧に言わない様にと伝えておきます」
「イオちゃん、神父様が勘違いしただけだから気にしなくて良いよ」

 むしろ事前に危険性とか色々言っていただろうに、何故そう思う事が出来るのだろうか。でもそんな所が好きである。
 なにせ今まで疑問に思わなかったという事は、神父様自身もマーちゃんを敬うとか過去とか関係無しに“シスターとして来た女の子”として対等に接していたという事だ。だからこそ先程の根深いという言葉の意味も分からなかったのだろうし、健気で良い子という感想を抱くのだろうし。鈍いだけとも言うかもしれないが、私はそんな神父様だからこそ好きなのである。

「あ、だからこの間カーキーがマゼンタに対して土下座してたのか。なるほど納得したよ」
「待ってください、なんですそれ」

 そして大好きな神父様は突然とんでも情報を出して来た。イオちゃんも紅茶のカップを揺らし、バーン君もわずかだが動揺を見せていた。

「いや、以前カーキーの声が聞こえて、マゼンタを誘っているようだから注意しようとしたら……土下座で額を地面に叩きつけていた。あれほどの土下座もマゼンタが王族と言うなら納得だな、うん」

 むしろその光景を見て何故疑問に思わなかったのだろう。過去の出来事に対し納得するような表情を見せる神父様を見て、この部屋に居る彼以外の私達は疑問に思うのであった。





おまけ カーキーとマゼンタの会話一部。

「ハッハー! 新たなシスターである美しきお嬢さん! 今ここで会えたのはまさに運命に他ならない! どうだい、今からでも俺と一緒に良い夢を見る気は無いかい!?」
「カーキー……カーキー……あ、クロ君から聞いているあのカーキー君!? わぁ、会いたかったんだ!」
「おおう、会いたいだなんて情熱的な美しきお嬢さんだ。どうだい、この後俺の情熱を感じる気は――」
「うん、感謝をしたかったの。私のお母さん――ボタンお母さんに喜びを教えてくれて!」
「――はい? ボタ……ン?」
「お母さん色々と苦しんでいたそうだけど、なんでもお忍びで首都に言った時にカーキー君が色々したそうじゃない。つまり喜ばせて気持ち良くさせたって事でしょ? その話を聞いた時、お母さんの娘として感謝しないと駄目だと思ってたの!」
「……!? あ。――あ……!? 貴女様はもしや……?」
「うん、はじめまして、私はマゼンタ! お母さんを幸福にしてくれてありが――」
「申し訳ございません! 貴女様にはいつか謝らないといけないと思っていました! 必要ならば俺を罰して構いません! どうか俺にあの御方の娘として裁きをどうぞ!」
「え、な、なんで土下座を!?」

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