追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
紺と紅紫の出会いと可愛さ
「私はクロ君は色っぽいと思うけどなっ!」
「っ!?」
「うぉぅ!?」
シアンに俺の色っぽさの変化の有無という、ヴァイオレットさんに対する接し方が変わる重要な質問をしていると、いつの間にやら近付いて来たマゼンタさんにそう告げられた。
俺とシアンは唐突な接近に軽く驚きつつ、すぐに持ち直してヴァイオレットさん達を振り切ったのか単独で来ているマゼンタさんに向き直った。
「ええと、ありがとうございますマゼンタさん。お褒めの言葉は素直に受けさせて頂きます。ああ、それとこちらが貴女のシキでの先輩にあたる――」
「……シアン・シアーズ。よろしくね、マゼンタ……さん」
シアンは先程までの観察するような視線をやめ、見た目は年下だが「もしかしたら……」と思っているのか、少々態度に関して決めあぐねいている様子で挨拶をし、挨拶の間に見失って慌てていたヴァイオレットさん達がマゼンタさんの後ろに小走りに着いていた。
そしてマゼンタさんはシアンの挨拶に対し、相変わらず無垢かつ妖艶な笑みを浮かべて無邪気に――
「はじめましてシアン・シアーズ先輩。これからお世話になりますマゼンタと申します。クリア教の関係者としての経験は少ないためご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、誠心誠意頑張るよう努めますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
――無邪気ではなく、気品のある所作と態度でシアンに頭を下げた。
その様子は以前感じた毒蝶の如き振る舞いではなく、ヴァイオレットさんのような高位貴族女性として相応しい、清楚さすら感じる“在り方”であった。
「また、数日早く来てしまい申し訳ございませんでした。先に連絡をするつもりだったのですが、生憎の悪路により早馬に乗れる者が私しかおらず、結局は私がこのように来る事になってしまったのです」
「へぇ、悪路の中での早馬に乗れるんだ」
「ええ、幼少の頃からの嗜みとして。基本的な乗り物には一通り乗る事が出来るという自負があります」
「それは凄いね。でもマゼンタさんはなんで早く来る事に?」
「お恥ずかしい話、少しでも早く来てシキの皆様の役に立とうとはやる気持ちを抑えきれずに来てしまい……しかし返って御迷惑をおかけする事になり、謝罪いたします」
「謝罪は良いよ。その心意気、クリア神が非とする事は無い立派なモノだと思うから」
「そう言って頂けると嬉しい限りです」
誰だよこの人。
俺に対する態度の半分――三割をこの状態にしてよ。俺に見せた淫靡のいの字も無いぞ。まさに王女としての立ち居振る舞い、という感じだ。
俺は戸惑いつつヴァイオレットさんの方を見ると……なにやら「これが彼女の普段だ」とでも言わんばかりの表情でこちらを見ていた。……そうなのかー。
「ああ、それと私の事は“さん”などと敬称は不要です。ここで私はこの教会における一番下の後輩。お好きなようにお呼び頂ければ」
「そう? じゃあよろしくね、マゼンタちゃん」
「はい、よろしくお願いしますシアーズ先輩」
「シアンで良いよ。皆そう呼ぶから」
「はい、シアン先輩」
にこやかに、というかなんの問題も無い、見た目の年齢通りの礼儀正しい子が年上の先輩に挨拶をするようにつつがなく挨拶が交わされる。俺達に見せた対応など一つもない、これから敬虔な模範的シスターとして過ごすに相応しいだろうと言える挨拶である。
「じゃあまずは部屋を案内した後に礼拝堂の見学……はイオちゃん達がやったんだよね?」
「ああ。とはいっても軽くだがな」
「はい。彼女の案内は楽しかったですし分かりやすかったです。ですがここに住んでいるシアン先輩のお話を聞かせて頂けると別の発見があるかもしれないので……」
「そっか、じゃあ一度一通り案内した方が良さそうだね。じゃ、あとは私が案内するからイオちゃん達は帰っていいよ、ありがとね」
「ありがとうございました。クロ君、ヴァイオレットちゃん。それにバーント君とアンバーちゃんも、また会える時があればよろしくお願いしますね?」
本当にこの態度を俺にも見せて欲しいな。いや、今も見せている事には変わりないのかもしれないが、俺と会う時はこの態度で来て欲しい。バーントさんとアンバーさんも先程と今の光景を見比べて外に表情を出さないように必死で抑えているぞ。
……まぁ、俺への先程や初対面の時の対応が素なのだとしたら、別にそれはそれで良いのだが。ちょっと思う位は良いだろう。そう思いつつシアンにシスター服が入った鞄を渡そうとする。
「時にシアン先輩。案内前にお聞きしたい事が」
「なに?」
しかしその前に、マゼンタさんはシアンをジッと見てからなにやら真剣な表情で問いかけていた。
なんだろうと思いつつ、俺は鞄を渡す手を止めた。……まさか油断をさせておいて、シアンもターゲットに……
「シアン先輩の服装なんですが……」
「私の服装?」
……ああ、なるほど。シアンの格好に関して気になったか。
それもそうだというものだろう。クリア教の教会関係者は下着の着用を基本的に禁止している。そうなのにも関わらずシアンのあの大胆な切れ込みのシスター服。気にならないという方がおかしいというもので――
「可愛いスリットですね、私もしたいです!」
おいやめろ、このままだとシキの教会にスリットシスターがまた生まれてしまう。
「お、分かる? この可愛さが分かるとは……マゼンタちゃんは流石だね!」
「ええ、股上まで大胆に入れたスリットが下にいくにつれて広がって、動きやすさだけでなく、可愛さのアクセントとして成り立たせるとは……シアン先輩を見るまでは気付きませんでした、まさに盲点です!」
「ふふふ、まさにそうなんだよ。動きやすさと可愛さの両立を図るこの計算された切れ込み箇所と深さ――まさに!」
「可愛さの極致! ですね!」
「そう、その通り! マゼンタちゃんもやってみる?」
「私がですか? 似合いますかね……?」
「大丈夫、マゼンタちゃんなら私より可愛いを作れる!」
「ありがとうございます!」
「あ、それと私に敬語も要らないよ。クロに対してみたいな話し方で良いから」
「うん、分かったよシアン先輩!」
「よーし、早速部屋で着替えてそのまま教会の案内だ! 生憎の雨だからシキの案内はまた後日だけど、お揃いシスター服で親睦を深めよう!」
「わー、やったー楽しい教会生活になりそう!」
待て待て待て。このままだと本当にマゼンタさんがシアンスタイルになってしまう。そうなってしまっては神父様は困るし、ヴァイス君には教育上良くない気がするぞ。……今更とは言ってはいけない。
「シアン、マゼンタさん、あの――」
「あ、クロ、服ありがとね! じゃあ私達はマゼンタちゃんに似合う最高に可愛い深さと場所を作って来るから、次会う時に感想を聞かせてね!」
「あ、おいコラ! ……行ってしまった」
……どうしよう。鞄を奪われてそのまま教会の部屋の方へと行ってしまった。追いかけて止めたい所だが、今行くと着替えようという最中に行く事になって男の俺では変なレッテルを貼られそうである。
「……言っておくが、あの状態のシアンとマゼンタさ……んを止めるのは私には無理だぞ。特にシアンはあの服になると何故か頑なに譲らないからな……」
「ええと……私も無理かと思われます。下手をすれば私のメイド服が明日からスリット入りになりそうなので」
女性陣に追いかけて止められないかと目で訴えたが、残念ながら無理そうだ。ヴァイオレットさんの言う方は俺も充分に理解しているし、アンバーさんの方も言いたい事は分かる。……これは止めるのは無理という話だな。
「バーントさん」
「!? ご、御主人様の御命令とあらば、行きます。御令室様や妹の代わりなるのは年長者の務めですから……!」
「いや、そうではなく。ヴァイス君を探してマゼンタさんの事と今の件をそれとなくお伝えください。なんでも西区の方でアカさん達とモンスター除けの配置確認に行っているようなので」
「あ、はい。畏まりました。……止めるのはよろしいので?」
「マゼンタさんが実際に着て羞恥が勝るという一縷の望みをかけます」
「諦めてませんか、それ」
だってマゼンタさんは別に露出に関しては抵抗があまり無いからな。出会った当初ですらアレだし、今だって実質全裸だし。可愛いと思ったのなら実行して元気よく振る舞い――振る舞い……
「…………」
「クロ殿、どうした?」
「あ、いや、なんでもないですよ」
「? そうか。それでクロ殿はこれからどうする? 外に出た事だし、確認する事をしてから帰るか?」
「いえ、俺は神父様を探してマゼンタさんの事を説明しようかと。なにか助ける対象が居ない限りは診療所あたり見回りに出ているそうなので」
「そうか。では私は……アンバーと見て回り、時間を見計らって教会に戻ってシアンにそれとなくマゼンタさんについて説明をしておく」
「分かりました。それでは――」
俺達はこれからの事とかを軽く打ち合わせをして、それぞれが教会を後にしていく。
俺は出ていく様子を見送り、最後に教会の扉を閉めてから行く前にふと空を見上げた。
「可愛いと思った、か」
そして雨が降る空を見上げながら、ふと俺は誰に言うのでも無くそう呟く。
本当に思ったのか、娘のように思いもしないのにそれらしい言葉を言ったのか、メアリーさんのようにただそれらしい言葉を言っただけなのか。
「……今年は早い梅雨になりそうだ」
王国では日本のように春夏秋冬の四季も有り、同時に梅雨も存在する。ようするに日本の気候とそう変わらない訳であるが、今年の梅雨は早いのかもしれないと、このぐずついた空模様を見て思う。
「空も心も、早く晴れると良いのに」
そして外に居る分にはあまり聞きたくない、リズムよく流れる雨音に紛れて消える様な声で、俺は呟いた後に神父様を探しに雨のシキを歩いて行くのであった。
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