追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

色っぽさの有無


「ともかく、マゼンタさんはシキでシスターになるんです、“汝姦淫に溺れることなかれ”なんですから、このような――今までの様な誘いはおやめください!」

 従者達の職務と欲望の中で揺れ動く葛藤に一瞬気が削がれたが、油断すると負けてしまい、俺と妻とついでに従者達の貞操が危ういのですぐに気を取り直してマゼンタさんに告げた。
 この人の事だからこう言っても「溺れてないよ、自立の範疇!」と、禁止自体はされていない事を逆手に取って来そうではあるが、言わないよりはマシだろう。

「え、だから私は別に誰でも良いという訳じゃなし、誰でも誘う訳ではないんだけど……監視をしていた相手にもそういった誘いをしたって思っているみたいだけど、本当に色々と話して、私の要望に応えて笑顔でこっそりと行かせてくれたわけだし」
「……本当ですか?」
「わぁ、露骨に信じて無い顔」

 それはそうだろう。王族命令により監視を付けたような相手の監視者が、話合った程度で笑顔で見送るなど信じられない。……まぁ、メアリーさんのような多くの方々を魅了してやまない方ならやりそうだが。

「本当だよ。大体私は共和国で夫――」

 そこまで言ってふと、マゼンタさんは俺の腕を掴んでいた力を緩めた。

「…………」
「マゼンタさん?」

 そして力を緩めたばかりか、ふとなにかを思うように黙り込む。
 突然の様子の変化に、俺だけでなくヴァイオレットさん達も不思議そうにマゼンタさんを見つめていた。

――マゼンタさんの夫と言うと……

 そして急に黙り込む前に呟いた単語は“夫”だ。
 マゼンタさんの夫と言うと、息子……共和国の実の息子共々“事故死”したと聞いている。マゼンタさんが共和国の片田舎の病気の蔓延を防いで癒しに行き、ついでに病気の発生源であるモンスターを討伐の最中に起きたそうだ。
 ヴァーミリオン殿下曰く事故死でありながら謀殺であったらしいのだが……

「ま、気持ちの良い事を望んでいないなら仕様がないっか。だけどもし、したくなったら言ってねクロ君? 私は受け入れる準備はしているからね?」

 しかしマゼンタさんは再び妖艶で無垢な笑みを浮かべると、相変わらずな事を言う。
 ……気にしていない様に振舞っているだけなのか、あまり関心が無いけどふと思い出しただけだったのか。あるいはスカーレット殿下やクリームヒルトのような理解していないだけかもしれないが……ともかく、あまり触れない方が良いだろう。

「俺は貴女相手にする事は無いので、準備の必要は無いですよ」
「え、私は未亡人だよ?」
「……先程からそれをアピールしていますが、アピールにはなりませんからね?」
「男の人は未亡人とか人妻とか、そういった存在に色っぽさを感じて異様に興奮すると聞いているけど」
「そういう男性もいるでしょうが、私は違います」
「そうなの? それは残念」

 でも前世の友人に居たなぁ、そういうヤツ。
 大人の色っぽさや男を知った色香がどうとか熱く語っていて、最終的に「俺が結婚すれば相手は人妻になるのでは……?」という結論に至り、結婚して幸せな家庭を築いていたヤツ。アレは性癖を満たした良い結婚と言えなくもないだろう。

「……あ、そうだ、忘れてた。雨の中来たから少しお風呂借りたいんだけど良いかな?」
「良いですよ。アンバーさん、案内お願いできますか?」
「はい、構いませんが、その……兄も一緒でも良いでしょうか?」
「? どういう――ああ、なるほど。マゼンタさん」
「なに、一緒に入りたい?」
「違います。シキで許可なく相手を性的に襲ったらシキ全員で捕縛して首都に送り返しますんで」
「なるほど、つまりしたかったら許可を得るか襲わせろ、という事だね」
「ある意味間違いではありませんが、その発想を速攻で抱かないでください。ともかく、うちの大切な侍女を襲わないでくださいね?」
「分かったよ。領主であるクロ君に言われたらシキではしないよ。……まぁそもそも誰彼構わず襲わないんだけど」
「それを信用できる言葉になる事を願いますよ。という訳でアンバーさん、案内と服の替えの用意をお願いしますね。……バーントさんも一緒に案内をお願いします」
「はい、承りました」
「承知いたしました。ではマゼンタ様、こちらになります」

 バーントさんとアンバーさんは初め表情には出さないモノの、おっかなびっくりと言った様子であったので俺は念を押してから二人に行かせた。
 ……なんとなくだけど、あの様子だと多分襲ったりはしないと思える。理由は……なんとなくだが、メアリーさんを彷彿とさせたからである。

「アンバーちゃんにバーント君、だっけ。着替えって言ってたけど、替えの服はあるから拭くものの用意だけお願いね」
「承知いたしました。しかし荷物は無いように思えますが……?」
「うん、だって今私服着てないし。服に見えるこれ、ただの魔力だからいくらでも変えられるんだ」
「そうなのですね。魔力の服……そのようなモノがあるとは初耳です」
「一部を隠す様な事は出来るとは聞いていますが……」
「本当は普通に着ようと思ったんだけど、クロ君がゴーしたらすぐに出来るようにしていたんだよ!」
『……そ、そうなのですね』

 ……いや、大丈夫だろうか。
 あの調子だと教会で問題を起こさないかと心配になる。……神父様やヴァイス君に変な事をしないよう念を押さないと、シアンが危うい事になりそうだ。どういう方かに関しては身分とかその辺り以外は簡単に説明はしていたが、改めて説明をしておかないとな――ん?

「ヴァイオレットさん、どうかされましたか?」

 俺がマゼンタさんがお風呂から上がる前にシアンに説明をするべきか、そうすると屋敷でなにをしでかすか分からないなと悩んでいると、ヴァイオレットさんがジーっと俺を見ている事に気付いた。
 初めは俺がマゼンタさんに色々と誘われていた事に嫉妬をしている……と思ったが、どうも違うようである。

「クロ殿」
「はい」
「色っぽくなるという人妻には興奮しないのだろうか」
「言っておきますが、だからといってヴァイオレットさんに興奮しない訳ではありませんからね?」

 いまさらなにを言っているのだろうかこの妻は。コーラル王妃が滞在中の時にした事を覚えていないのなら、もう一度――

「…………」
「な、なんですか。なんで黙って俺をジッと見るんです?」

 もう一度と思ったのだが、ヴァイオレットさんは何故かさらに俺をジーーっと観察するように見ている。……な、なんだというのだろう。

「クロ殿、困ったぞ」
「なにがです」
「私はクロ殿の結婚前を知らないから、妻帯者状態と未婚状態のクロ殿の差異が分からない。これでは妻帯者になったクロ殿がどのように色っぽくなったかが分からない!」
「落ち着いてください」

 なにを可愛い事を言っているんだこの妻は。
 ……というか、俺の事色っぽいと思っているのか、ヴァイオレットさんは。前から言われていた気がするけれど、改めて言われると……嬉しいような、照れるような不思議な気分である。

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