追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

別種の色情魔


 マゼンタさん。
 我が国における王族、ランドルフ家の正式な嫡女であり現国王陛下の一歳下の妹君である四十四歳。しかし見た目は彼女の実子である十六歳のヴァーミリオン殿下よりも若く見える。いや、元々若々しい御方らしいのだが、見える、というよりは、とある事情で実際に若返っているようである。
 身長はクリームヒルトより高く、アプリコットより低い百五十程度の身長に、華奢な外見。長く柔らかな桃色に近い赤い髪に、優しげな紫の瞳と若者特有の張りのある白い肌。その特徴から少女と言っても過言ではないのだが、妙な大人っぽさがあると言うか……少女の様な愛らしさと、嵌れば沼のように抜けられそうにない妖艶さも兼ね備えているという、不思議な魅力のある御方。
 また、学問、運動、魔法のあらゆる分野において“高水準”であり、性格も分け隔てなく接する慈愛の姿から男女問わず好かれる王族であった。十五年ほど前に王族としては大分遅い年齢で共和国に嫁ぎ、それ以降は共和国で聖女と称される形で、現在も多くの国民に愛されているそうだ。
 ……だからこそ、彼女が居なくなった今の共和国は小さくは無いパニックになっている。彼女が共和国から居なくなった理由はいくつかあるのだが、今回シキにシスターとして預けられるようになった理由は、学園で発動させたあの夢魔法が原因だ。
 結果的にメアリーさん達の活躍で事なきを得たとは言え、やろうとした事は世界の崩壊に近しい事だった。そんな危険人物は理由を明かせないとはいえ多くの監視の下、行動制限されたまま護送に近い形でシキに来る必要がある。

――でもなんで普通に居るんだこの人。

 ……必要があるのだが、マゼンタさんまるで「独りで遊びに来たよ!」とでも言わんばかりに護衛も監視者も無しに屋敷に来ており。俺の前で少女の様な、大人の様な笑みを浮かべているのだ。理由を聞かずにはいられない。

――もしかしたらまたなにかやらかすかもしれないし……

 ヴァーミリオン殿下からの手紙によると、先祖返りという夢魔族サキュバスとしての力は弱らせ、封じているという話ではあるが、彼女の性格や能力を考えると油断は出来ない。
 そしてもしも監視の方々になにかして強硬的に出て来たのならば今すぐに身柄を拘束する必要があるだろう。……華奢な外見に似合わず俺と同等程度の身体能力な上に、魔法は足元にも及ばないので拘束できるかは分からないが、ヴァイオレットさん達に被害を出さないようにしなければ。

「そうだねー、聞かれたからには答えないとね」

 そしてマゼンタさんは俺の警戒心を知らないのか、あるいは分かっても理解をしていないのか、無邪気とも言える表情のまま俺の問いに答える。

「とはいっても、先に行きたい、と言ったら先に行かせてくれたってだけだよ?」

 ……なにをやっているんだ監視者の方々は。
 俺とヴァイオレットさんは彼女の危険性を理解しているので、彼女のあっけらかんとした答えに頭を痛めた。
 何事も無いように言っているが、監視者は危険性を理解せずに監視してサボったのでは――と思ったのだが、マゼンタさんの場合はなにかしたのかもしれない。
 そう、初対面で全裸になり(元々出会い当初から魔力を纏っていただけなのでずっと全裸だったわけではあるが)、先程まで誘っていたように男女の営みのハードルが低い女性だ。全員を身体で誘惑して抜け出したという可能性も……

「あ、クロ君、失礼な事考えているな? 私は誰にでも身体を許す様な女じゃないよ!」
「さっきまでの台詞と初対面の言動を考えてから言えや。……失礼」

 しまった、つい本音を言ってしまった。だけど仕様がない事だと思いたい。なにせ初対面の事やあの夢空間での考えるとマゼンタさんの言葉は信用に足る事が一つもないのだから。

「クロ君、もしかして私の事を王族ロイヤルビッチだと思ってない?」
「思ってますよ。貴女あの空間で初対面の俺に何度も誘って来たでしょう。よく知らない俺にそう言うほどなんですから。それにヴァーミリオン殿下にも――」
「私は自分の欲望と血に素直なだけ! 心が“良い相手!”と叫んだら直感的に誘っただけなの! だからヴァーミリオンも誘う!」
「堂々と誇らしく言ってんじゃねぇ! ヴァーミリオン殿下相手に躊躇いは無いのか!」
「愛する相手を喜ばせたいと思うのはおかしいの!?」
「だから貴女のその――ええいどさくさに紛れて近寄って腕に触って来るなこの変態不審者!」
「あ、クロ君は変態アブノーマル変質者カリオストロだから私はその名前になるってこと!?」
「その不名誉なあだ名で呼ぶな! そして何故喜ぶ!?」
「え? 名誉なあだ名でしょ。そして変態変質者と変態不審者の私。変態同士なら仲良くなれるっていう誘いでしょ! さぁ、未亡人とレッツ営み!」
「ぶっ飛ばして雨の中放置するぞコラァ!」
「え、外でしたいの? 開放的にしたいの?」
「そういう意味じゃねぇ!」

 くそ、本当になんなんだマゼンタさんは。本当に何故この母とあの父でスカーレット殿下とヴァーミリオン殿下という子供が生まれるんだ。スカーレット殿下の方はあの“理解の出来ていない感情”を考えればまだ分かるのだが。
 そしてなんだこの力は。腕を抑えられているだけなのに身体全体が動かない……!

「(御令室様、御主人様はやけにあの女性……マゼンタ様に当たりが厳しく無いですか? いえ、当然と言えば当然なのかもしれませんが)」
「(普段は“女性”と言うにも関わらず、先程も“この女”と仰っていましたし)」
「(……彼女が色々やったというのもあるのだが、初対面のクロ殿相手に全裸になったり先程のように夜の誘いもして来たからな。嫌い……苦手な相手なのだろう)」
「(は、はぁ、そうなのですか。ところで御令室様は止められないので?)」
「(夫の貞操のためにも止められるのなら止めるし、本当に負けそうな場合は協力もしたいのだが……あれは膠着状態だ。私達が下手に手を出せば、膠着が崩れ私達が性的にやられるぞ)」
『(私達が!?)』

 何故か今ふと思い出したが、マゼンタさんは別に男でも女でも大丈夫らしい。
 コーラル王妃とは親友関係だそうなのだが、コーラル王妃が許せばいつでも行くつもりだったそうだし、ヴァーミリオン殿下に対してほどではないが、スカーレット殿下に対しても色々やろうとしているらしいし。スカーレット殿下との間には溝が深いのでまだいけていないそうだが(なお、その分がヴァーミリオン殿下に行っている)。

「よし、じゃあここに居る皆でお風呂に入ろう! それならクロ君も安心でしょ!?」
「よしじゃねぇ、良いアイデア風に言うな!」

 なので俺は妻と従者達の貞操のためにも、どうにかこのカーキーとは別種の色情魔を抑えなければ……!

「……御主人様と御令室様と一緒にお風呂……つまり香を間近で……!?」
「……御主人様と御令室様と一緒にお風呂……つまり音を間近で……!?」
「バーント、アンバー?」
『……いや、それは流石に駄目だ!』
「どうしたお前達!?」

 くっ、何故か急にやる気が削がれたぞ……!

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