追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
【22章:恋に恋する小話達】始まりは襲来報告
「へい、クロ君や。若く持て余した身体で男女の欲望を私と発散させよう!」
「…………」
今日は薄暗い雲が空全体に掛かり、太陽は姿を見せずに小雨が降っていた。
外で作業をする場合にはあまり良くない天気ではあるが、屋敷の中に居る分には好きな部類の天気である。
リズムよく流れる雨音を安心できる空間で聞きながら作業をしたり、ゆっくりと時間が流れるのを楽しんだりするのが好きなのである。前世からそういった時間は好きではあったが、このシキでゆっくりとした時間を味わうというのは贅沢かつ良い心の息抜きとなる。だから好きだ。その分なにかやらかしの対応をする際には憂鬱な天気でもあるが。
「外は雨、急いできた事による火照った身体、濡れた肢体――これはもう、お風呂で身を清めて楽しい事をするしかない! 一緒に入ろう!」
しかし今日は特にシキで騒ぎが起きている様子もないし、外での仕事は明日に回せる内容だ。
今日は優雅に雨音をBGMにしながらお茶を飲みつつ、ヴァイオレットさんと他愛のない話をする休息日としても良いだろう。なにせようやくいつものシキに戻ったのだから。
「大丈夫、今の私は未亡人だから夫の存在を気にする必要は無いし、身体も綺麗で色々良好!」
いつものシキ、というのはコーラル王妃が先日まで居た事についてである。
先日は突然のコーラル王妃の訪問があり驚いたが、問題が起きる事無く無事親子(候補)交流を行い、上機嫌のまま帰路に着かれた。
依頼の品も気に入って貰えていたし、国王と一緒に休みを過ごすのだと嬉しそうにしていたしで良い表情でシキを離れる事が出来たので、俺としても嬉しかった。
「ふふふ、確かなテクニックと優れていると言える運動能力。私はクロ君の素晴らしい肉体と体力にいくらでも着いて行けるし受け止めきれる……!」
コーラル王妃はカーマインの件で色々と俺に悪感情を抱いていたのは確かなのだが、これからは悪くない関係を築いていく事が出来るのでは、と思う事が出来る交流であったので俺的にも良かったとも言えよう。
クリームヒルトの恋愛の件でも味方になってくれるそうだし、そういう意味でもコーラル王妃の訪問は俺的に最高の滞在であった。
「ね、ね? あまぁくて気持ち良い事しよ?」
そういえばコーラル王妃の滞在中、シキの連中は相変わらずである中、カーキーは大人しく、そしてアイボリーの奴も違った意味で大人しかったな。
怪我に興奮していたのは変わりないだが、忠節を誓う騎士のようであり、同時に身分を隠しての滞在を考慮しての執事のようでもあった。本当にアイツは王族に対しての忠義が厚いのだと思ったモノである。
アイツが忠義に厚い理由は医者になる前の職業というか役職が関係しているのだろうが……まぁ、詳しくは聞かなくて良いだろう。アイボリーはそういう性格だ、と思えばそれで充分だ。
「大丈夫、私に任せれば、甘くて淫靡な世界に誘ってあげる。とても幸福な景色が見られるよ?」
…………。
「ずず……ふぅ、それにしてもお茶が美味しいなぁ……こういう雨の日は部屋の中で飲むに限る」
ああ、それにしても紅茶が美味しい。
俺はどちらかと言うと珈琲派ではあるが、紅茶も好きだ。アンバーさんが淹れる紅茶はグレイとは違った趣の味がしてとても良い。
なんか耳元で甘い声で囁かれたり、肩を妖しく触って来たり、目の前でくるくる回って熱い眼差しを向けたり、少し緩めの服装で綺麗な胸とか脇とかをチラッと見せて煽って来る女が居るのだが――うん、紅茶の美味しさの前では些末な事だ。
「……御令室様、私はどうすれば良いのでしょう」
「……まぁ、どちらかの気が済むまで見守っていた方が良いと思うぞ、アンバー」
「……放っておかれて良いのでしょうか。御主人様に色々誘惑なされていますが、あの女性……というか女の子は」
「……止めたいのは山々だが、あの御方の場合は今の私が言って止まる状態ではあるまいよ。後あの御方はお前より遥かに年上だ、バーント」
「え」
しかし、今はこうしてお茶を飲んでいる訳だが、俺には少し気がかりで頭が痛くなる事がある。それは今度シキに来る新しい修道女の事だ。
ヴァイス君の後輩になるのだが、彼の様な見習いではなく正式なシスターとして来る予定の御方がいるのだ。
「ほら、シキに来ると言っていたシスターが居ると言っていただろう? あの御方がそのシスターだ」
「あ、お話だけは聞いていましたが、四日後にシキに来られるという御令嬢の……」
この世界、クリア教でシスターになる女性には大まかに分けて三種類いる。
一つ目。シアンの様な幼少期から教会関係者として育てられるようなシスター。
二つ目。元々信徒であったり、ヴァイス君のように学んで就職するような形での女性が自ら望んでなるシスター。
そして三つ目、理由があって令嬢を預ける場合になるシスター。
三つ目の理由は修行だとか経験を得るためだとか様々だが、成人以降の“預ける”シスターだと、主な理由は後ろ暗い理由によるものだ。
ヴァイオレットさんがそういった理由で預けられそうになったのように、貴族界で居る事が難しくなった令嬢を“シスターとして預ける”のである。……まぁようするに貴族界を追放された、という事である。
そして今度来る令嬢……シスターは三つ目に当てはまる。
来るシスターの事を俺とヴァイオレットさんはよく知っている相手であるし、来る理由も良く知っている。
そんな彼女が数日後に来る事を考えると、俺は頭が痛いのである。
「であるならば私共はお出迎えた方が良いのではないのでしょうか?」
「はい。詳細は明日とは聞いていましたが、賓客であるとも聞いております。すぐに――」
「その必要は無いですよ、バーントさん、アンバーさん。“賓客でありシスターになる御令嬢が来るのは四日後”です。まだ御令嬢はシキに来ていない訳ですから、御令嬢でもなんでもない不審者であるこの女を歓待する必要などありません」
『は、はぁ、そうですか……?』
「わー、クロ君が酷い事を言う!」
……まぁ、その女性はもう来ているのだが。
チャイムが鳴り、アンバーさんが誰が来たのか確認しに行ったら“トトト”という足音が聞こえて来て俺の前に言い笑顔を浮かべやがったのである。俺はそれを見て現実逃避を決めたのだが、流石にもうそろそろ反応しようと思う。
しかしなんだ、偉い御方はシキに来るのには相変わらずサプライズを仕掛けるのがブームになっているのか。そんなブームは早く終わって欲しい。
「で、何故貴女は立場と言うか来る理由的に護衛や監視者が多く居るはずなのに、なんで数日早く着た上に、独りなんですか」
「なんだかクロ君怒ってる?」
「愛する妻や従者達との穏やかな時間を壊されたんです。俺には聞く権利があると思うんですよ」
だがこの女性は予定より早く、なおかつ独りで来る事はない女性のはずだ。
首都でコーラル王妃の企みを誘導した計画を立てたばかりか、全世界を文字通り崩壊の危機に陥れた危険人物。
いくら罪の立証と今の外見の事を考えると扱いが難しいとは言え、独りで来れるような人物ではない。
だから俺は問いかける。この女性――
「……答えて頂きましょうか。新たなシキのシスター、マゼンタさん?」
現国王陛下実妹であり、現殿下達の二人の母親であるマゼンタさんに、問いかけた。
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