追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

王妃の休日_6(:珊瑚)


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 さて、王妃という立場になると“楽しめる”刺激というものなくなってくる。
 忙しくはある。達成感もある。子が成人したなどの嬉しさもある。
 だが刺激となると基本はモンスターの大量発生や原因不明の病の蔓延、他国との関係悪化などのあって欲しくない代物ばかりだ。楽しむ余裕などはまずない。
 だから刺激に対する癒しとして我が子達の成長や、夫の活躍、国民が安心して過ごせる光景などを見たり聞いたりする事は、刺激に対する癒しとして私の心を落ち着かせてくれるのである。その癒しのお陰で、私は王妃という激務の中でも頑張れるのだ。

――かといって刺激が嫌いな訳じゃない。

 私は男が嫌いで、女が嫌いで、民が嫌いで、老若男女問わず嫌いだった。
 かといってそんな嫌いだらけの、好きが無い世の中に我慢して生きるほどに、私は物好きではない。
 レッドに出会う前は、刺激というものが大好きだった。
 新たな強大なモンスターの討伐、武勇を誇る者との対峙、初めて食べる料理、吟遊詩人が語る新しい歌、学問とは違う空想の物語が綴られた本。
 王妃になる前のそういった楽しい刺激は、あの狂った実家で育った私の生に彩りをもたらしたものだ。
 ようするに王妃としての刺激は好ましくないが、コーラルとしての刺激は好きなのである。
 そして現在私は、将来の娘候補と彼に会う前にシキを見て回っているのだが――

「ああ、怪我だ。実に良い皮膚の裂け具合と化膿具合だ……! このようになるまで放っておいた愚行に関しては新たな傷を提供した褒美に免じて許してやろう。そして皮膚の変色具合も――ふ、ふふふふふふ、安心しろ、俺が元の綺麗な皮膚に治してやる……!」
「アイタタタ! も、もうちょっと優しく治し――」
「優しく治してたまるものか! 安心しろ、痛みは生命活動の証だ。傷が生命のありがたみをお前に感じさせてくれているんだ、ありがたく受け取れ! ではこれから本格治療だ!」
「え、まだ本格的じゃ――アイダダダァッ!」
「フハハハハハハ、傷は俺にとっても生きる証、生きる証を根絶してやる!」
「それなにか違わなアイダァ!?」

「くっ、まさかキノコが私にも生えて咄嗟にパンダになる事になるとは……恐るべきキノコを作るな、カナリア……!」
「ふ、エルフキノコは正に魔性……! というか、ありがとうアンドゴメンね?」
「気にする事ではないよ。実際何故か生えただけで害のないキノコで慌てて変身しただけだし、オーキッドととカナリアは単純に新しいキノコに笑っていたのを勘違いしただけだったし……」
「ククク、新しいキノコに何故か笑いが止まらなくなってね。つい笑いが出てついでに巨大化したんだよ……」
「というかウツブシちゃん、変身したせいで服着てないけど大丈夫?」
「パンダだから平気だ」
「なるほど、私はエルフだから納得したよ」
「ククク……黒魔術で局部は隠すよ……!」

「愛の形とは!」
「殺し合う事に有り!」
「ずずー……ふぅ。お茶が美味い。しかし婆さんや、今日は珍しく降りて来て愛し合っているんだねぇ、ベージュさん達は」
「ええ、平和な事ですねぇ、爺さん。多分納税ついでのデート殺し愛なんでしょうねぇ」
「ほっほっほっ。ああやって若い子達が愛し合うのを見ると、私達が若い頃を思い出しますねぇ」
「ええ、爺さんと愛し合った日々――よし、血が滾って来た。爺さん、昔のように殴り合って愛を確かめ合うか」
「ほっほっほっ。――流石は我が妻です。私も同じ事を考えていました」

「少年少年少年少年少年……我が天使グレイ君は大丈夫だろうか……成長も少年の醍醐味ではあるが、妙な影響をけていないだろうか……」
「んー……大丈夫じゃない? グレイお兄ちゃんは、結構心が強いよ?」
「そうは言うがね、天使の心を持つブラウン君。強さを持つからこそ不安になる事も有るんだよ。親心、というやつだね」
「ブライおじさんが持つと、クロお兄ちゃんがおこりそーな心だね。でもガクエンセイカツは楽しんでいるみたいだよ。フォーンお姉ちゃんの手紙に書いてあった。うんどーのじゅぎょう? ってやつで生き生きしているのを見てるらしいよ」
「――運動の授業?」
「? うん、そうだね」
「グレイ君の――学園指定の運動着による、はしゃぐ姿――それはまさに国宝級で――よし」
「どしたのブライおじさん」
「ふと俺の中に天啓が降りた。概念運動着グレイ君という存在を妄想しながら――刀をうてという天啓がな。ふふふふふふ、ああ、今なら最高傑作がうてそうだ……!!」
「よくわからないけど、きっとろくでもないことだね! ……ぐぅ」

「野菜の気持ちを理解するために土に埋まる!」
「肉の気持ちを理解しながら解体をする!」
「魚と一緒に泳いでより良い魚を!」
「……皆違って皆が良い事は確かだ」
「……ああ、だがそれでも譲れない思いがある」
「……俺達の愛を確かめるために、今日は語り合うぞお前ら!」
『望む所だ! ……あ、今日の営業が終わったらな』

「夫の野菜のために水を愛する私は日夜水に浸かって水の気持ちを理解する!」
「夫の肉解体のためにその日に合った刃物を選び、研ぎ、最高のコンディションに!」
「夫の魚のために魚が殺された事に気付かない事で新鮮なままになる魚の殺し方を学ぶ!」
『夫が生き生きとしているとやっぱり人生は楽しいし、自分の好きな事をする欲も満たせて最高!』

 とまぁ、色んな店やシキ領民を見て回って刺激を受けている訳だが……

――ああ、国民が生き生きしている姿を見るのは楽しいなぁ……!

 やはり愛する国民が生き生きしているというのは良い。
 幸せそうにしているやりたい事を出来ている表情を直に見るのは素晴らしい。
 かつては嫌いであった民も、今はこうして素で生き生きとしている表情を見る事が私の王妃としての数少ない癒しである。
 そしてこのシキでは特に生き生きとしている者達が多く、見ているだけでも楽しいのである。
 誰も彼もが自分の好きな事をしているという感覚が有り、そして――

――だが、義務は果たしているのだな。

 そして、重要なのがこの点だ。
 好きなように生きている。本来であれば抑えるべき事柄を抑えずに行動している。
 どれもただ“それだけ”をするならば迷惑極まりなく、罰せられる対象だ。
 しかし誰も彼もが根底に社会性や善意を感じられると言うべきか……やる事はキチンとやっているのである。
 まだ今日ついたばかりで深く理解している訳でも無いが……不思議と、そう思うのである。

――クロ君の統治の結果、か。

 この領地の特徴は理解している。
 そしてその“特徴”から今のシキの光景になっているのは、クロ君の統治のお陰だろう。これもまた不思議とそう思うのだ。
 本来ならば溢れ者達の流刑地と言えるこの場所を、今の光景のようにしているのは彼が今も治めている事によるものだ。だからこそ彼は領民にも……我が子達にも、良い感情を向けられるのだろう。

――そして私はこの光景を……壊そうとした。

 ……言い訳はいくらでもある。
 失敗する前提、足切れできる裏を持った者達の利用。だがどんな言い訳をしても、私はこのシキに攻撃を仕掛けた。その事実は消す事は出来ない。
 クロ君の報告によると、私のシキに仕掛けた攻撃は何故か教会に差し向けた軍部の者達(後に過去の汚職を突きつけ投獄させた)以外のモンスターなどは「え、なにそれ知らんよそんな者達?」となっていたそうだが、私のしたは変わりない。
 ……この癒しの光景を、私は自らの手で壊そうとしたのだ。
 許される事ではなく、そのためにも――

「……ふぅ、さてと、もうひと頑張りするとしますか」

 ……そのためにも、娘候補の前にもうひと頑張りをしようとしている彼と話さなければならないな。





備考 コーラルの実家
コーラルが王妃になる事でさらなる権力を求めて悪い事をしようとしたので、国民を虐げにしかならないという事で嫁ぐより前にレッドとコーラルがぶっ潰した。

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