追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
過去の恋のお話_3(:杏)
View.アプリコット
スノーホワイト。
その名は何度が耳にした事は有る。
ぼくが最近頭を悩ませている活発的な行動をするシキの領民ではなく、古くから住んでいたり、比較的大人しめなシキの領民が領主よりも頼っており、曰く“奇跡的にシキに来た清廉潔白なる救いの神父様”だそうだ。
前領主の統治と外部からの要監視対象に怯えたり耐えたりする事でやり過ごしている領民にとっては、とてもお優しく自ら向かって解決していく彼の登場がまさに救世主の登場であったようだ。前領主の頃も多くの領民達が彼をリーダーとし、神父派として前領主と敵対していたそうである。
――クロさんの敵。というよりは、話すべき相手……
そして今もクロさんと敵対している派閥のリーダーでもある。
クロさんも領主になりたての頃は、新しい土地に慣れる事やグレイくんの精神ケア、そして前領主で甘い汁を啜っていた連中の対応をしているのに忙しかった。
そうしている内にクロさんのシキに来るまでにやって来た事に対する悪い噂がシキで流れてしまい、噂を信じた神父派の領民には警戒をされて、未だにろくに話も聞いて貰えないそうである。
つまりはぼくが言う所の“未来の無いシキの領民派閥”。そのリーダーだ。……正直言うのなら、ぼくは活発的な領民よりも、こちらの領民の方が遥かに――
「はじめまして、スノーホワイト神父様。ぼくの名前はアプリコットと申します。本来ならこちらから挨拶に伺うべきなのでしょうが、お時間が取れないまま結局は御足労頂いたようで申し訳ございません」
……自分の好みはともかく、ぼくは礼儀正しく対応をする。
ぼくは一度もスノーホワイト神父とは会った事が無い。彼は突っ走る性格らしく、常に何処かで誰かを救っているなどするので、忙しく彼に会った事が無いのである。
……派閥の者達がクロさんを避けているため、ぼくはシキに来てから大体はクロさんと居るか屋敷に居るかだったため会わなかった、と言う方が正しいかもしれないが。
「はじめまして、アプリコット。礼儀正しい子のようだ」
「ありがとうございます。……して、ぼくになにか御用でしょうか」
「ああ。君と、君と一緒に領主の所に居る子がいるだろう」
「……はい。それがなにか」
「君とあの子は……領主に酷い事をされていないか」
……随分とストレートに聞く神父様だ。駆け引きなどなにも無い真っ向勝負。
余計な事はしない……というよりは、こういう駆け引きが苦手な感じなのだろうか。余分もなにもない、こちらを純粋に心配した表情からもその事が伺える。
「酷い事などなにもされていませんよ。むしろ良くして貰っているくらいです」
「本当だろうか。俺は教会で色んな子を保護している。無理をしなく手も良いんだ。……味方になってあげられる。一緒に住んでいるあの子も保護する事が出来るんだ」
……清廉潔白というのは、ある意味では本当なのかもしれない。
とはいえ、ぼくが独りになった所にこうして来る辺りはなんというか……それに、グレイくんの事も……
「不要です。お話はそれだけでしょうか。であるならばぼくはこれで失礼しますね」
「あ、ちょっと!?」
ぼくは神父の言葉に苛立ちを覚えたので、軽く礼をしてこの場を去ろうとする。
後から思えば、ここは冷静に対応して、クロさんと神父の話し合いの場を設けるべきであったと思う。多分彼は前領主の頃は真っ向から立ち向かう正義の神父で、希望であっただろう。そして今はすれ違いや思惑があってクロさんと話せていないだけで、キチンと話せば仲良くやれて行けるのだと思う。
「ちょっと待ってくれ。知らない男に急に話しかけられて怖いのかもしれない。けど俺は君達を助けたいんだ!」
けど、今のぼくはこの神父に対しとても不信感……嫌悪感を抱いていた。
見た目は優しく、性格も優しいだろう神父。
裏など無しにぼく達を純粋に守りたいと思っているかもしれない神父。
「不要である。大切な兄のような存在の良心を疑い、救いたい相手を知ろうともしない相手からの保護など不要だ」
「なにを言っているんだ。俺は今こうして君と話をしているんじゃないか」
「生憎と貴方の無償の愛と言う名の……そうであるな、自慰行為に応える気は無い」
「じっ……!?」
けど裏が無いにしても、この神父は――
「そんなに誰かを悪に仕立て上げ、正義を成して自己を確立したいのならば余所でやって欲しい。……少なくとも、ぼくや“もう一人の子”の名前を知らぬ相手に着いて行く気は無い」
……この神父は、誰も見ていない。
恐らく救う事を是として行動している、表に出ていないだけのまさに“シキの領民”である。
いつか彼をも救ってくれる相手が居れば良いのだが……今のシキでは無理であろう。
――あのクロさんと話し合えば、そのような結論などならぬというのに。
あんな見ていると放っておけなくて。
少しでも良くしようと領主として頑張って。
グレイくんやぼくの事を家族として扱ってくれて。
あんな優しい――
「アプリコット、危ない!」
「――え?」
神父に追いつかれぬように歩くスピードを早めてはいたのだが、何処かへ向かおうというつもりは無かった。去る事に集中して思考が曖昧になっていたのである。
故に周囲が見えておらず、突然名前を――クロさんに呼ばれて、ぼくに向かってクロさんが居る事に気付いた。
「わっ、ぁ!?」
クロさんは減速する事無くぼくを覆うように抱きしめたかと思うと、そのままの勢いで腕と身体でぼくを庇うようにして地面に倒れ込み――そして、クロさん越しに突風を感じた。
「無事か、アプリコット!」
「う、うむ、無事だが、一体、」
一体なにが起きたのか、と問おうとしたのだが。クロさんはすぐにぼくを抱えるのを止めてぼくの状態を確認し。怪我がない事に心の底から安堵したような表情になる。
「領主……!? 一体なにが起きている!?」
「うぇ、神父様」
そして後ろに居たであろう神父がぼく達の様子を見て慌てて駆けより、クロさんは「面倒が増えた」とばかりの表情に変わる。……折角安堵してくれていたのに、邪魔をしたな神父め。
「って、今はそれ所じゃない。すみませんが神父様、アプリコットを保護しておいてください!」
「は、待てクロさん。どういう意味だ!?」
折角救いたいだけの神父に保護されるという状況を避けたのに、何故クロさんがわざわざ望んでそのような事を言うのだ。
「愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛」
「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」
ぼくはそのように問い質そうとしたのだが、次の光景を見て状況を理解した。
――ベージュ夫妻……!?
半死者の夫と、半天使の妻の同名の夫婦。
周囲を気にせず愛し合うために互いを殺し合う、まだ死亡者や後遺症が残るレベルの巻き添えが居ないのが幸いだが、いつ出て来てもおかしくないような、最近シキに厄介払いされた夫婦である。
その厄介な夫婦が、今まさに殺し合いを始めていたのである。……先程の突風は、彼らの戦闘による風か。
「という訳だ。アプリコットは安全な場所に居てくれ。出来れば道中で子供とかを避難させてくれるとありがたい」
「ク、クロさんは……」
「俺はあの夫婦を説得して、駄目なら止めるから」
「駄目だ! クロさんも逃げて――」
「大丈夫、あの夫婦も周囲の怪我を望んではいない。場所さえ弁えてくれれば、愛し合うのも良いと言って来るだけだよ」
しかしクロさんはこのような状況でもぼくに心配をかけさせまいと微笑み、ベージュ夫妻の事も尊重している。本当にこのヒトは……!
「待て領主。お前の――」
そしてこの状況でもクロさんを信用できないのか。あるいはそのような解決手段では駄目だと言うためなのか。神父はクロさんを止めようと――
「神父様の小言は後! 俺がまずやるから、失敗したらその時はよろしく! じゃ、アプリコットを頼んだ!」
「は、はい!」
しかしクロさんは神父様の意見を無視して、無理矢理気味にぼくを任せてベージュ夫妻へと駆けて行った。
――……こういう面もあるのだな、クロさん。
少し強引ではあるが、強さを持つ強引さだ。ぼくはそれを好ましく思うし、優しいだけではないクロさんのこのような所もやはり――やはり……?
――やはり、なんなのだろう。
彼の優しい所は好ましいと思っているが、それだけなのだろうか。
出身関係無く今を見てくれて。良い所を見てくれて。
小さな事でもぼくやグレイくんが“話してくれる”という事を嬉しく思ってくれる。
そんな優しさに溢れた彼。怒る所など見た事は無いし、愚痴をぼく達の前では零さないように気を使う彼。
彼をぼくはどう思って……?
「ベージュさん夫妻。愛し合うのは構いませんが、ここでやられては周囲に被害が及ぶ可能性があります! すみませんが、今は静めてくれませんか!」
「あ!? ……なんだここの領主かよ」
「ただ人間の貴族は黙ってろよ。俺達の愛に場所なんて関係ねぇ」
「そして私達の愛は殺し合う内に大きくなっていく。それでしか愛を確認出来ないからな」
「この愛を天使共は認めなかったが、愛の形はぞれぞれだろう。そこに憚れるモノは無く、相手の愛を認めないのは器が小さい者のする事だ」
「結果周囲に被害は起きるかもしれないが、愛を確かめ合う事は否定できない事だろう」
「それでは困るんです。俺は領主として、被害が及ぶ前に貴方達を止めなければなりませんし、互いの妥協点を見出していかねばならないのです」
いや、それよりも今はベージュ夫妻の件だ。
優しいだけではこの状況を打破する事は出来ない。
善意だけでは悪意に勝つ事は出来ない。
力が無ければ解決は出来ない。
これはそう言った類の話だ。
クロさんは殺害未遂の暴力行為によってシキに来たという話だが、優しい彼がそのような事をするはずがない。おおよそ別の誰かの事件を擦り付けられたか、嘘の噂が流れたに過ぎないのだろう。
「それに、周囲がどうなろうとどうでも良い。お前らが勝手に避ければ良いだろう」
「……はい?」
「そうだな。私達は愛が紡げればそれでいい。始める時くらいは被害が及ばないようにしてやるが、それ以降は知らん」
「だからお前もさっさと離れて、俺達の邪魔を――」
「――そうですか」
そしてぼくは、恐怖を感じた。
今まで感じて来た恐怖は恐怖では無かったのではないかと錯覚するような恐怖であり。同時にそれは――
「義務を放棄して、権利だけを主張する。ああ、もう本当に――」
それはぼくの見て来た彼は、本当に一部でしかなかったのだの思い知る恐怖であった。
「――腹が立つ」
備考 この頃のベージュ夫妻
まだ愛が深く無いので、喧嘩の規模は小さい方。
現在に行くにつれ愛が深まっていき、同時に殺し愛の規模も大きくなっていく。
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