追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

楽しい学園生活_4(:灰)


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「――んっ、ふぅ……」

 漏れ出る熱い吐息。
 運動後とは違う火照った身体。
 水を玉のように弾く瑞々しい肌。
 濡れて美しさがより際立つ黒いつややかな髪。

「~♪」

 そしてそれらを間近に感じる事により、私は上機嫌かつ興奮していた。
 何故なら愛しき存在が私に身を委ねて、本来ならば他者に触れさせない大切お身体を触れさせて頂けているのだ。これで機嫌が良くならない訳がない。

「っ、ふ、ぁ……!」

 さらには愛しき存在が私の手によって気持ちよさそうにしているのだ。彼女に触れる手にもより力が入るというモノである。
 より私の手で気持ち良くなってもらい、アプリコット様の美しい姿をより美しくするために、より深く、隅々まで――おや?

「あれ、アプリコット様。香油を替えられたんですか?」
「む、一度シャワーパスカルを浴び終わった後であるのに、よく気付いたなグレイ」
「はい、いつもと違い、僅かですが桃のような香りがしましたので。むぅ、やはり一緒に浴びる事が出来れば、この香りに合った洗い方が出来ましたのに……!」
「……そのような洗い方があるのだな」
「当然、香りに合ったお湯の掛け方、洗い方がありますよ。次回こそは……!」
「ああ、うむ、次回があればな……」

 アプリコット様と一緒にシャワーを浴びる事が出来ると意気揚々であった私ではあるが、男女兼用の控室のシャワールームは点検中であったため一緒に入る事が出来ず、別々に男女の更衣室横のシャワールームで互いに浴びる事になった。
 そのため今回は残念ながらアプリコット様のお身体を洗う事は出来ず、シャワーを浴び終わった後に控室で合流してアプリコット様の髪の手入れをするだけになったが、次回こそはアプリコット様の身体を洗い、綺麗に仕上げたいものである。

「~♪♪」

 しかしそれはそれとして、シャワーを浴び終わった後の髪の手入れはやらせて頂いている。アプリコット様の綺麗な御姿を構成する綺麗な黒髪を私が久々に手入れできるのだ。それだけでも嬉しい事である。

「上機嫌だな、グレイ」
「はい。大好きでお綺麗なアプリコット様と」
「ああ、うむ、そうだな。(……本当に素直だな、我の好きな相手は。そこが良くて、少し控えて欲しいが……いや、控えない方が嬉しい……)」
「なにか仰いましたか?」
「いや、我の弟子は素晴らしいと言っただけだ」
「ありがとうございます!」

 さらにはアプリコット様にはお褒めの言葉も下さるのだ。なんて嬉しい事なのだろう。
 そしてお褒めの言葉を受け取ったからには、それに見合う手入れをしないと駄目だ。もっと……もっと綺麗に仕上げて私の好きな女性はこんなにも素晴らしいと学園に知らしめるのです……!

「……グレイ、一つ聞きたいのだが」
「なんでしょう?」
「学園は楽しいか?」

 私がアプリコット様の髪を乾かし、仕上げ、そろそろ持ち前のお風呂後に使う仕上げの液を塗ろうとしていると、アプリコット様が聞いて来る。
 私は座っているアプリコット様の後ろから髪を手入れしているので、表情は良く見えない。

「とても楽しいですよ。新たな発見と、お友達や競い合うライバルがいっぱい居て、とっても楽しいです!」
「そうか。それは良かったな」

 学園生活はとても楽しい。今までとは違う環境で、今までにないほどの多くの優秀な方々が生活をしている。シキでの方々も優秀で尊敬出来る方ばかりであったが、シキとは違い十代が多いというのも目新しい。
 さらには学園の外に出れば日々目新しい、流行の最先端を見る事が出来るのだ。情報が多くて楽しくて仕様がない。

「しかし、少々寂しくは有りますね」
「ほう?」
「学園での生活も楽しいのですが、少々窮屈にも感じますので……シキの空気が懐かしくも思います」

 目新しく、多くの方々が居て楽しくはあるのだが……で窮屈さを感じる。
 いわゆる柵が多いというのだろうか。それが一概に悪いとは言えないとは思うけれど、やはりシキの空気の方が私は合っている。首都は楽しくはあるけど、ずっと居ると胸やけを起こしそうだ。

「ほう、ではもう学園を辞めてシキに帰りたいのか?」
「いえ、そのような事は。学園生活というのは今しか出来ない事ですから。懐かしくは思いますが……」
「学園での生活を自分の経験値にして、成長したい、か?」
「はい。そうですね」

 とはいえ、貧民街出身の十一……じゃない、十二歳がこうして王国最高の学園に通えている事自体が恵まれている。甘えていては成長も出来ないし、通う事が出来ている恩返しをするためには、この環境で私が成長する事なのだろう。
 それに……

「それに、大好きなアプリコット様と共に通えるのは嬉しい事です」

 それになによりも美しく、聡明で、私にとって父上や母上とは違う意味での唯一の存在であるアプリコット様と共に通えるという事がある。そんな彼女と共に学園で思い出を作れるのだから、学園を辞めてシキに帰りたいという選択肢は今の所ない。

「……ふ、そうであるか」
「はい。学園で色んな扇情的な思い出を作りましょうね!」」
「こふっ!?」
「あれ、どうかされましたか?」

 アプリコット様と学園で冒険して興奮する、つまりは扇情的な思い出を作ろうと意気込むと何故かアプリコット様は咽た。身体が冷えた訳ではなさそうだが、どうしたのだろう。

「扇情的、か。……グレイよ、先程の事なのだが、妄りに他の女生徒を誘うでないぞ」
「なにに対してでしょう?」
「一緒にシャワーを浴びる、というやつだ」
「? はい、それはもちろん」

 友達と好きな女性ならばクリームヒルトちゃんやフューシャちゃんなども居るが、私が女性として好きなのはアプリコット様だけだ。そして学園の皆さんは私以外は皆さん成人されている。だからシアン様の言う通りシャワーやお風呂など一緒に入るのを誘ったりはしない。

「どうであろうな。エメラルドや……クリームヒルトさんに誘われれば一緒に入るのではないか? フューシャなども誘えば入りそうだ。というか、シキの温泉が男女別でなければ一緒に入っていたのであろう?」
「エメラルド様はシキでも温泉で入られていましたし、屋敷でも他の皆さんで一緒に入った事も有りますし……クリームヒルトちゃんやフューシャちゃんと一緒に入るのは楽しいですし、また入りたいですね」
「…………そうか」

 そういえば以前シキでクリームヒルトちゃんとフューシャちゃんと一緒に男女別で温泉に入っていたら、男女の仕切りに隕石が落ちて壊れた事があった。あの時はフューシャちゃんが慌てふためき、落ち着かせたり励ましたりしたので、今度入る時はそういったトラブルが起きなければ良いのだが。そして一緒に入ったら私の奉仕テクニックを――む、なにやらアプリコット様の雰囲気が変わって……?

「あ、アプリコット様。髪の手入れが終わりました。なにか気になる所がありますか?」

 アプリコット様の様子の変化は気になるが、話ながらしていた髪の手入れが一通り終了した。我ながら見事な出来栄えに仕上がったと思う。

「……そうさな。素晴らしい出来栄えだ」
「ありがとうございます!」

 よし、アプリコット様に褒められた!
 私は内心だけでは抑えきれずに、自身の手を強く握ってガッツポーズで喜びを露わにする。学園生活でも、私の技術は衰えていない事が分かって良かった!

「褒美をしたい所だが……だが、一つ気になる事があってな」

 だがアプリコット様は立ち上がりつつ私の方へと振り返りつつそう言って来る。
 まさかなにか不備があったのだろうか……はっ! まさか眼帯にお似合いの髪の手入れにした方が良かったのだろうか。そうであれば今すぐにでも眼帯に似合う髪にしなければ……!

「いや、気になる事、というよりはお願いだな」
「お願い、ですか」
「そうだ。そしてそのお願いを聞いて貰うついでに、今回の手入れの褒美を渡しても良いだろうか」
「はぁ、構いませんが……?」

 褒美というならば、先程のアプリコット様のお褒めの言葉だけで充分である。私はそれだけで満足できるし、なによりもアプリコット様はお綺麗であるという事が私にとって――

「グレイ。楽しみを奪うようで悪いのだが、友であれ異性と裸で触れ合う、というのはやめて欲しい」
「え、それは何故……?」
「我が嫉妬してしまうからだ」
「嫉妬、ですか?」
「そうだ」

 アプリコット様はそう言いつつ、私に顔を近付ける。

「……好きな相手を独占したいという気持ちが湧く。であるから――」

 近くで漏れ出る体温熱さを感じる吐息。
 直接肌で感じる運動後とは違う火照った身体の体温。
 水を含んでより大人に感じるしっとりとした綺麗な肌。
 私が手入れをした事でより美しくなられた黒いあでやかな髪。

「僕をあまり、嫉妬させないでくれ」

 そして何度か私からくっ付けた事のある、色っぽい唇が私の唇へと近付き。

「――――」

 そして、軽くだが確かに触れ合った。

「アプリコット様……?」
「……今のは褒美であり、証明だ」
「証明、ですか……?」
「そうだ。我とグレイが好き合っていて、他には奪われたくない、という証明である。……では行こうか、グレイ」
「え、は、はい……?」

 アプリコット様はそう言うと、いつものような調子で私について来るように告げた。
 ……アプリコット様が何故急にこのような行動をしたかは分からない。分からないし、今の行為は私が以前したモノとは違う感じがして。なにより――

――奪われた、という感じがします。

 何故か熱い頬を抑えながら、そのように思ってしまうのであった。

 ……こうしてよく分からないまま、私にとっての学園生活での忘れられない思い出が出来たのである。

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