追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
楽しい学園生活_2(:灰)
View.グレイ
「グレイ君。次の授業は教室移動で、魔法実験Ⅲ室になったらしいから注意してね」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「どういたしましてー。あ、一応資料集も持っていったほうが良いかもしれないよ。じゃ、先行ってるねー」
私達にあまり良くない視線を受ける事もあるけれど、別に学園に悪意しか存在しない訳では無い。今のように親切に話してくださる同級生も居られるし、良くしてくださる先輩も居られる。
私は両親の首都での評判を抜きにしても、皆さんよりも年若い子供。どうしても壁や差が存在する。私も溶けこめるように努力をしているが、やはり良くしてくださると言うのはそれだけで充分にありがたい。
――アプリコット様にも伝わっているのでしょうか……あ、教室に戻れば分かりはしそうですね。
先程の魔法訓練の授業で私はトイレに行っていたので皆さんと別れ、独り遅れて戻ってきていた。私も誰かに伝えたほうが良いのかと思ったが、教室の黒板に移動教室をする旨が書かれているので、言う必要は無いだろう。
――ええと、資料集、資料集……あれ?
クラスの皆さんは既に移動したのか、私以外にヒトはいない。早めに行かないと駄目だと思いつつ、先程の親切なアドバイス通りに教科書・ノート以外に、魔法陣の資料が書かれていてクロ様とアプリコット様が読むとテンションをアゲアゲしている資料集も持っていこうと教室に置いておいた鞄から資料集を出そうとするが――ふと、気になる感触があった。
――こんなお知らせの紙、貰いましたっけ?
ふと指先に当たった感触。それは入っていた記憶の無い、折りたたまれた上質な紙。
このような学園のお知らせを貰ったかなと思いつつその紙を広げると、そこにはこのような文字が書かれていた。
【親愛なる グレイ・ハートフィールド様。
貴方に伝えたい想いがあります。
放課後、C棟魔法準備室の校舎裏で、いつまでも待っています。】
とても可愛らしい字で書かれており、最後に書いてある名前は、私も何度かお話した事のある火組の女生徒のモノだ。貴族ではない方が着られる白い制服がお似合いの、笑顔が花のように可愛らしい女性でとてもお優しい方である。
そんな女性からの、放課後の呼び出し。これは――
「己の尊厳をかけた、決闘という名の殴り合い……!!」
そう、決闘に違いない。
エメラルド様が学園では血気盛んな方々がそのようにされる事があるから気を付けるようにと言われ、薬も渡されていた。今まさに、その薬が役に立つ時が来たという事である!
私も貴族男児の端くれ。決闘を申し込まれたからには、正々堂々と、真正面から戦ってみせましょう……!
「あ、その前に移動しないと。授業に遅れては駄目ですね」
それはそれとして、決闘も大切だが授業も大切だ。早く行かなくては
◆
決闘の申し込みを受け、湧き上がる闘志を抑えつつ授業を受けていたのだが、ふと私は放課後決闘の作法を知らない事に気付いたので、決闘の場に行く前にこのような事に詳しそうなシャル様に聞いてみた。
「……これは決闘では無いだろう」
「そうなのですか?」
そして返って来た返答は、そうのようなものだった。
最初は決闘という事に騎士として、先輩として心を教えようとしていたシャル様であるのだが、何故か手紙を見せると複雑そうな表情になっていき、この言葉である。どういう事なのだろうか。
「戦う心構えで行くのではなく、相手の気持ちを真摯に受け止め、返答する。そういった気持ちで行くと良い」
「? それはもちろん、殴り合う事は思いを通じ合うのに最適ですから、殴り合いを通じて気持ちを――」
「そういう事では無い。……これは、グレイを好きだという愛の告白だ」
「え?」
私は自身の心構えを言うと、シャル様が「直接伝えないと駄目だな」という表情になった後、そのように言われた。
愛の告白、愛の告白……それはつまり……
「……舌を入れられるキスをされるという事でしょうか……?」
「……何故その結論に至った」
「以前母上が父上に、」
「よし分かった。それ以上は言わなくて良い。……アイツら、息子の前でなにやっているんだ……」
何故だろう。シャル様が今度シキに来られた際に、父上達の顔を見ると顔がひきつらないようにしないとな、と思っているような気がする。
――ですが、愛の告白? 私めが、この手紙の彼女に?
もしそうだとしたら私は断らなくてはいけない。私が好き――異性として愛そうとしているのはアプリコット様だけだ。
一人の女性を愛しているのに、他の女性を愛するという事は私には出来ない。アプリコット様にも、この女性にも不誠実で不義理だ。
私は父上と母上のように、お互いだけを好きでいて、愛し合う夫婦愛をアプリコット様と築きたい。それだけで私の恋愛は満たされ幸福なのだから。
「と、思うのです。ですから愛の告白の場合、誠実に受け止めた上で、お断りの返答しようと思います」
「……そうか」
シャル様に「どうするのか?」と問われたので、私のその想いを伝え、断るという選択肢を取る事を伝えた。
とはいえ私もあの御方を嫌ってはいない。入学当初から優しくしてくださった御方であるし、話すと楽しい御方だ。
愛の想いを受けて恋人になる事は出来ないが、友達としてこれから――
「それを伝えるのは難しい所だ」
しかし私の次にする行動に関しては、シャル様に注意をされた。間違いだと否定している訳では無いが、正しくもない。と言っているようである。
「その女生徒にとって、友として過ごす事が良い事とは限らんからな」
「そうなのですか?」
「男女間の友情は難しい。俺とスカイ。クロとシアーズ嬢。グレイとフューシャ殿下のように有るのは否定しないが……フラれた相手との友情は特に難しい。それが本気であれば本気であったほど、一緒に居るのが辛くなる事もある」
シャル様の言葉には何処か重みを感じた。実体験と言うべきか、真に迫ると言うべきか。つい最近、似たような事を味わった――いや、味わっているというような重みである。
「シャル様の仰る事は私めには難しく、よく分かりません」
「……そうだな。俺もよくは分かっていない事だ」
「ですが……」
「?」
シャル様の仰る事や、重みは詳細は分からない。
私が成人すれば分かるかもしれないが、今、分からなければ意味が無いだろう。でも……
「ですが、彼女と過ごす時が楽しかったのは、事実ですから」
「――――」
そう、彼女と過ごす時間は楽しかった。
愛に応える事は出来なくとも、その事実がある。
「ですから、私めはこれからも彼女と友として過ごせるように最善を尽くそうと思います。最善を目指すには、最善を目指して行動しないと駄目ですから」
父上も昔、アプリコット様と出会った頃に「勝手に善行を成していたなんて事はない。意志がそこには無いと、善い事は無い。最善なんて程遠い」と仰っていた。
私は彼女と過ごした時間が楽しかったので、その関係が失われない最善を目指して行動しようと思う。まずは意志を持っての行動、だ。
「……そうだな。それがグレイらしいだろう。そのように行動すると良い」
「はい、ありがとうございます!」
私の意見に、今度はシャル様も良い事だと同意をしてくれた。
先程までの複雑そうな表情ではなく、珍しい小さな笑みを浮かべての回答だ。その表情を引き出せたのならば満足のいく回答だったと言えるだろう。
「それはそうと、そろそろ行かなくて良いのか? 放課後に待っているのだろう?」
「あ、そうでした。ではいってきます!」
「……いってらっしゃい」
そして私は再びシャル様の珍しい送りの挨拶を受けながら、私は礼をしてこの場を去っていった。
目指すはC棟魔法準備室の校舎裏。決闘の可能性も考慮に入れつつ、私は気持ちを引き締めて待ち合わせの場所に向かうのであった。
「……はぁ。思いがけない所で、逆に励まされてしまったな。……俺もまだまだだな」
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