追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

とある学園生女性陣の相談_1(:白)


View.メアリー


『乾杯!』

 私とクリームヒルトはジョッキを軽くぶつけ、乾杯をします。

「あーっははははは!」
「――んくっ、んくっ!」
「ぷはっぁ!」

 私達は陽気に笑い、ジョッキに入った飲み物を勢いよく飲みます。
 喉越しの良いそれは、乾いた喉に満たすようにするすると入っていき、飲み干したジョッキを机に置いて、私達は感想を一言。

『麦茶だコレ!』

 そう言って麦茶を飲み干し、クリームヒルトと笑い合うのでした。

「……なにをやっているのだ、彼女らは」
「……後輩達の間で流行っているのかな……?」
「やってみたかったらしいですよ。クリ先輩、アプリコット。……よく分かりませんが」

 私とクリームヒルトがやってみたかった事をやっていると、放課後を共にする約束をし、遅れて来たスカイとアプリコットが、一緒に座っているクリ先輩も含め不思議そうな目で見ていました。

「やっぱりここは元の通りにビールを頼んで“おかわりワンモア!”の方が良かったかな……でも私お酒飲むと間違いなく吐くからなぁ」
「そもそも学園の食堂にお酒は無いですけどね。ジョッキに麦茶を注いでくれただけでも良しとしましょう」
「あはは、だね! 錬金魔法でジョッキを作った甲斐があったよ!」
「やってみたかった事ならばとやかくは言うまいが、相談事があるのではなかったか? 生徒会えんたくの仕事が終わり、寮の門限まではそこまで時間は無いぞ?」
「あ、そうだった。ゴメンゴメン」

 今回はなんとなく前世の話をしていて、ふと思い出したのでやってみたい事をやるために集まったのではなく、相談事があるという話があったので集まって貰ったのです。
 元々は私が自分で解決しようとしていた事なのですが、生徒会の仕事中に私が悩んでいる事をクリームヒルトに心配をされ、クリームヒルトも相談があるという事で一緒に話し合うという流れになったのです。なったのですが……

「ところで、クリ先輩もクリームヒルトかメアリーに呼ばれたんですか?」

 ふと、スカイが飲み物のコップを全員に差し出しながら気になっていた事を聞きます。
 他のメンバーが生徒会メンバーの中、クリ先輩だけ違う事に疑問に思ったのでしょう。私も同意見であり、私が呼んだ訳では無ありません。どうやら私が来た時には花を摘みに行っており、つい先ほどクリームヒルトが招き入れていたのですが……

「あ、私が呼んだんだ。クリ先輩、なにか悩んでいたようだから、ちょっと抱えて連れて来た」
「先輩相手になにをやっているんですクリームヒルト」

 どうやらクリームヒルトが連れてきたようで、スカイがその行動に額に手を置いて困惑していました。先輩相手云々以前に担ぐのは良く無いですが……まぁ、クリームヒルトが連れて来たのにも理由があるようですし、確かに悩んでいそうではありましたので深くは追及しませんが。

「……私は別に構わないのだけど、まさか私を片腕で担がれるとは思わなかった……力持ちだね、クリームヒルト」
「あはは、力には自信があるので! クリ先輩くらいなら余裕で持てますよ!」
「……私、下手したら他の皆の内の三人を合わせたくらいの体重なんだけどな」
「それは流石に無いかと。私も騎士として鍛えているので、それなりに重いですし……というかクリ先輩って絶対私より軽いじゃ無いですか」
「……え、スカイ卿、体重百六十一キロ越えてるの?」
「六十程度なら――え、百六十?」

 そういえば最近体重計っていませんねー。春の身体測定で体重が増えていた事に喜びはしたのですが、また増えていれば良いのですが。体重がちゃんと成長で増える、というのはやはり喜ばしい事ですしね。前世だと増える所か軽くなる一方でしたし。

「体重はともかく、我達に相談があるのであろう? わざわざフォーン会長さんを除く生徒会メンバーを集めたのであるからな」
「あ、そうですね。すみません」
「……? フォーン会長は呼ばなかったの……?」
「あはは、呼ぼうとしたんだけど……見つからなかった」
「……なるほど」

 クリ先輩がフォーン会長が居ない事に納得をすると、全員が改めて座り直して仕切り直します。
 さて、相談するのは良いのですが……誰から話しましょうか。正直言うならば私の内容はまだ自分の中で整理が付いていないので、クリームヒルトかクリ先輩が話してくださるとありがたいのですが。

「あはは、じゃあまずは相談内容が多分一番軽い私からいってみよーう」
「多分、なのであるな」
「うん、二人の相談内容知らないし」

 どうやらクリームヒルトが率先して話してくれるようです。こういう場面では率先して話してくれるのでクリームヒルトは友達として大好きです。……そう、“友達”として!
 ……ですが、本当に軽い内容なのでしょうか。こういった場面では大抵軽いと言って重い内容で、話辛くなったりする事が多かったりするのですが。

「実はさ、皆に料理のコツを教えて貰いたいんだよね」

 よかった、そこまで深刻な内容ではないみたいです。……いえ、本人的には真剣なのかもしれません。相談するからには真剣に対応しないといけません……!

「料理? 何故急に」
「ほら、よく好きな相手を手にしたかったら胃袋を掴めと言うじゃない?」
「確かに言いますね」
「だけど残念ながら私の得意料理というか、マトモに作れる料理は、炒飯とピラフとピラウと焼き飯だけなんだ……」
「要するに卵とお米を炒めた系ですね」
「あとゆで卵と目玉焼き」
「それは料理ではない。調理である」

 そういえばクロさんは卵系の料理が好きだとヴァイオレットが言っていましたっけ。
 前世からそうであったのなら、単純にクロさんに喜ぶから作っていただけかもしれませんね。
 クリームヒルトは手先が器用で、文字通りやれば出来る子です。ですがやらなかったのはクロさん以外に作る機会が無かったからであり、作りたい相手が居なかったのでそれしか出来ていなかったのでしょう。

「正直言うと、料理は食べるものだし、作るにしても焼いて塩降れば美味しいし、どうにかなるんだよ!」

 ……いや、どちらでしょう。単純に面倒でやっていなかったのかもしれません。確かに前世では科学の力で手軽に料理は出来たみたいですからね。

「というか、お腹壊さずに栄養さえ取れれば良いって感じだったしね。学園に入るまで」
「あ、分かります。私も味についてそこまでこだわり無かったんですよね。むしろなにまでなら食べる事が出来るのかと色々試しましたし」
「あはは、分かる分かる。冬場とか食べるもの無い時雪とか泥食べてたなぁ」
「泥って結構食べれる所ありますよね。グレイ君も言ってました」
「お、グレイ君とその辺り話してみようかな」

 今世では味という存在の未知さに、色々挑戦していましたからね、懐かしいです。
 お陰で家族には奇異の目で見られましたが、新鮮な体験が出来た幼少期の中で楽しかったと言える経験であったと言えるでしょう。

「……ねぇ、彼女達の話って……」
「……彼女らも色々あったんですよ、クリ先輩。グレイに関しては……どうなんです、アプリコット?」
「……我がクロさんの屋敷で世話になっていた頃、初めのグレイは、食べ物に関して“飲み込んでお腹を壊さなければなんでも”という感じであったぞ。元々貧民街スラム出身であるからその時の、な」
「……飲み込めれば、と言う所がなんとも言えない感じですね」
「……今は明るくても、皆苦労しているんだね……」

 おや、何故だか黒髪トリオが私達の方を複雑そうな視線を見ていますね。何故でしょう。まるでゴルド師匠が私と会った頃に向けていた視線を彷彿とさせるのは気のせいでしょうか。

「それで、クリームヒルトさん。その今まであまり興味がなかった事を、今更何故急にしようと?」

 アプリコットがコホンと咳払いをしつつ、話を戻します。
 そうですね、盛り上がる話題は後にするとして、今はクリームヒルトの相談話でしたね。

「好きな相手の胃袋、と言っていましたが……まさかティー殿下に?」
「ふむ、それは我も気になった。ついに好きだと認めたのであるか!?」
「……そういえば三年でも噂になってたなぁ。バーガンティー殿下が好きな子が二年に居るって……やっぱりそうなんだ」

 そして恋バナに興味を示すスカイ達。特にスカイとアプリコットは、学園内に居る反対派と違いティー殿下との恋愛を推奨派なので、興味深そうに聞きます。クリ先輩は……反対も推奨もしない感じではありますが、興味はあると言う感じでしょうか。
 ……やはり恋バナというのは女友達の間では盛り上がる内容なのですね! 友達と恋バナ、青春っぽいです!

――でも、クリームヒルトは認めるかどうかですね……

 クリームヒルトはバーガンティー殿下の事を好き……だとは思うのですが、まだ羞恥から認めきれていない節があります。
 素直になりきれていないと言いますか、色々と事情があるようなのですが……もっと自分の心に正直になっても良いと思うのですがね。そして恋バナをもっとするのです!

――……あれ、なんでしょう。今の私の思考の何処かにブーメランが返って来た気がします。

 ……いえ、気にしないで置きましょう。今は自身の恋心を認めないクリームヒルトの話をして、話を盛り上げて行って――

「あー……あはは、まぁ、そうだね。好きはまだ分からないけど、ティー君に対して料理を作ってあげたいかな」
『――――!?』

 そして予想外の反応に、私達は驚きます。
 ……え、認めたのですか。あのクリームヒルトが素直に恋心を……?
 いえ、これはもしや最初の頃にあったという「とりあえず抱いて」と言った時のような、よく分からないまま突っ走っている感じの行動なのでは……?

「どういう心境の変化ですか、クリームヒルト」
「あれ、スカイちゃん。元々真面目だけど、さらに真面目に来たね」
「ええ。ティー殿下は私がこの身を持って傍に居る身です。その御身に関してですから、真剣にもなります」

 私と同じ心境かは分かりませんが、似た心境であろうスカイが真っ直ぐクリームヒルトに問いかけます。恐らく、突っ走っているのならキチンと止めようとしているのでしょう。

「そうだね。心境の変化と言えば……応えたくなったから、かな」
「応えたく、ですか」
「うん。……私のために、無理をして頑張って、喜ばせようとしてくれた時があってさ」

 それは……以前の地下空間でのよく分からない理由での戦いの件でしょうか。確かあの時バーガンティー殿下は最高難易度の王族魔法を、クリームヒルトに見せようとしていましたね。

「結局は失敗していたんだけどさ。私のために頑張ってくれるティー君……彼を見たらさ、私もなにか頑張らないと、と思ってね」
「だから料理を、ですか?」
「うん」

 クリームヒルトはそこで宙を見上げ、独白するように言葉を続けます。

「彼、私がやった事ならなんでも喜びそうだけど、折角なら心の底から喜んで貰いたいでしょ。彼の事を私はまだよく分かっていないから、なにをすれば良いかよく分からないけど……美味しいと言うのは、喜んで貰って自然と笑顔になる事だと、一番最初に思い浮かんだんだよね」

 それは何処か、炒飯やピラフなどの料理だけは作れると言えるようになったキッカケが、一番最初に思い浮かぶほどに印象的であったと言っているようであり、その時と同じようにバーガンティー殿下に喜んで欲しいと言っているようでした。

「だから料理を学んで、彼に喜んで貰いたいかなーって。……あはは、らしくないかな?」

 クリームヒルトは再び顔を戻し、私達にぎこちない笑顔を向けます。
 それは今までの朗らかな笑顔とは違う、不器用とも言える笑顔。ですが何処か、今までよりもクリームヒルトという女の子の、心の底からの感情から来る笑顔なのだと、不思議と感じます。

――ああ、彼女は私と違って……

 そして私はその笑顔を見て。私の悩んでいる事柄が、よりどう話せば良いか分からなくなるのでした。


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