追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

紺と雪白と純白、遭難す_2(:紺)


View.シアン


「ぜー……はー……や、山小屋あって助かりましたね……!」
「ぜぇ……あ、ああ。そうだなシアン……ヴァイスが見つけておいてくれたお陰でな……」
「ふぅ……はぁ……チラッと見えたのが、覚えていて良かったです……!」

 私達は今、びしょ濡れの状態でスイ君が偶然見つけた山小屋へ避難していた。
 ここに来るまで雨足は弱まるどころか強くなる一方で、神父様の【創造魔法クリエーション】も上手くいかずに振られ続けたため、足元に気を付けつつも急いで来たので皆息切れ気味だ。……直前にこの事態を引き起こした悪霊(雌雄同体で怨念がやけに強く無駄に強かった)の退治が無ければ、もう少し余裕が出来たのかもしれないけどね。

「とりあえず、雨風は凌げそうですね」
「そうだな、ありがたい話だ」

 山小屋とはいっても宿泊するための施設ではなく、物入れを除けば一部屋しかないような無人の小さな建物である。多分冒険者の休憩所とかで利用される場所なんだろう。
 とはいえ、数メートル先も見えない雷雨と風が起きている現状では、雨風を凌げるだけでもありがたい。ありがたくここを使わせてもらい、雷雨が過ぎるのを待つとしよう。
 ……ところで、この小屋があったからあの悪霊の怨念が溜まった、という事は無いよね? ああいった霊は大地に宿るというし……よし、気にしないでおこう。

「シアン、俺とヴァイスは物置になにか役に立つ者が無いか探すから――」
「私はこの部屋に穴とか隙間とか無いか確認しておきますね」
「ああ、頼む」

 神父様に言われ、私は壁とか床とかを確認する。
 見た目はそこまで古くなかったので大丈夫だとは思うが、なにせ無人の山小屋だ。管理されていない内に何処かが壊れていたり、ネズミがかじっている事もあるだろう。そしてそのせいで隙間風が吹いてしまっては困る。

「――くしっ。夜はまだ寒い……」

 なにせ私達は全員びしょ濡れだ。春とは言え夜風はまだ寒いし、このままでは風邪をひく事受け合いだろう。
 さらに言うと私達教会関係者は教義の関係上下着の着用が禁止されているため、服の状態は直接身体に来る。私は物心ついた時からシスターとして過ごしていたから慣れてはいるのだけど、流石にここまで濡れると慣れでどうにかなるモノでも無い。

――スイ君は大丈夫かなー

 私ですらこうなのだから、最近ようやく修道士見習いの服にも慣れて来たスイ君が心配になる。それに彼はまだ子供であるし、ここは大人の私達がより気を使わなければならないだろう。

――神父様も気を付けないとなー……

 多分神父様も同じ気持ちでスイ君や私に気を使ってくれるだろうけど……神父様の場合は、自分の事は完全に無視して私達のために頑張りかねない。下手をしたら私達のためにとこの雷雨の中外に飛び出し、飛ばされた荷物を探したり、シキに単身駆けて行って助けを呼んでくるかもしれない。
 そうならないように気を付けないと。神父様だって私達と同じで濡れているんだし――濡れて――

――神父様が、雨に濡れている。

 ……マズい。
 なにがマズいか具体的に分かると色々と直視してしまい、なにか良くない精神状態になってしまいそうなので深くは考えないが、なにかがマズい気がする。
 いや、落ち着け、落ち着くんだ私。
 神父様は雨に濡れているだけだ。お風呂上がりで水に滴っている状態なんてよく見て来た。その度に格好良いと思ったモノだ。
 その時と同じ。そう、同じに過ぎない。それに今は走って息切れしていたとはいえ、雨に濡れている。お風呂上がりのような熱を帯びた色っぽさは今は無いはずだ。通常の色っぽさなだけである。
 ただ髪だけではなく、服も濡れているだけの状態。うん、それだけに過ぎない。
 神父様は神父様だから私と同じように下着を着用していないから、私と同じで神父服の状態が肌に来ているはずだ。だからつまり――

――つまり神父様は裸の上に服を着ている……!

 落ち着け私。服は裸の上に着るのが当たり前だ。そうではなくて身体の状態の話だ。
 神父様は服を春用に替えていたし、退治用に動きやすい服装のはずだからいつもより薄手だろう。つまり肌によく張り付いている訳で――

「シアン、俺の魔力も落ち着いたから、作ったタオルで濡れた身体を――」
「ふんぬっ!」
「シアン!?」
「シアンお姉ちゃん!?」

 駄目だ、邪念よ去れ。
 私は神父様が好きだ。大好きだ。
 コットちゃんがまだレイ君の想いを自覚していなかった頃、温泉で言ったような事を「いつかはそういう事をするのかなー」的な感じで思いはしているし、いつかはしたいとも思ったりはする。
 けれど付き合っているとはいえ私達にはまだ早いし、神父様に劣情を抱いて抑えきれないなんてシスターとしても駄目だ。

「だ、大丈夫かシアン。急に壁に頭を打ち付けて……」

 なにより、純粋に私の体調を心配し、ただでさえ熱が奪われ体調が万全でない上に浄化で魔力もあまりないだろうに、なけなしの魔力を使って【創造魔法クリエーション】で作ったタオルを、自分よりも私やスイ君に渡しているようなお優しい神父様を裏切りたくない。
 私達は付き合っているとはいえ、まだ神父様――彼に私は最高の返事こくはくをされるような事はしていないのだ。なのにこのような状況で肉欲に支配されるなど、彼に失礼以外の何物でもないし、失望される。彼女として、彼に失望されるのは避けたい所だ。

「……すみません、ちょっと雷雨に気持ちで負けないように気合を入れてました」
「そ、そうか……?」

 よし、気持ちは切り替えた。今はこの状況を乗り越えるために頑張るとしよう。
 ……差し当たっては私の奇妙な行動に心配をする神父様とスイ君をどうにかしないと駄目だが。

「……はっ、神父様。シアンお姉ちゃん、雨に濡れて寒くて頭がボーっとしているんじゃ!?」
「!? そうか、登山と浄化疲れも合わさって、熱が!?」
「す、すぐに温めないと、あ、い、いえ、まずは髪を乾かさないと!」
「そ、そうだな。シアン、今拭いてやるからな!」
「え、あ、ちょっと!? 自分で拭けますから!」
「駄目だ!」
「なにがです!?」
「気付かない内に熱が出るんだ。シアンは余計な体力を使わず、乾かす事に精神を集中させるんだ!」
「こっちの方が精神がすり減りますよ! というか私は大丈夫ですから、神父様が先にタオルを使って下さい!」
「俺の事よりシアンの方が大切だ!」

 ええいくそう・邪念を追い払いたいのに、好きな相手がこんな時まで優しくて自分の事より私を優先にしてくれる優しさのせいで邪念がどんどん溢れて来る。好き。
 このままでは切り替えも上手く――あ。

「ス、スイ君、神父様を止めて!」

 そうだ、スイ君に止めて貰うとしよう。
 身体を拭かれるのも、服の上から出しスイ君ならばまだ良い。この子なら私は照れないし、神父様もスイ君が拭いてくれる事で私が拭く事に体力を使わないから納得してくれるだろう。そして拭かれている間に神父様も冷静さを取り戻すはずだ。

「止めません!」
「何故!?」

 しかしスイ君は無情にも断った。普段なら素直に可愛らしく頷いてくれるのに、何故……!?

「緊急時を除き異性身体に妄りに触れる訳にはいきません。ですが、シアンお姉ちゃんと神父様はお付き合いしていますから、触れても大丈夫です!」

 確かに付き合ってはいるけど、その理屈はなにか違わないだろうか。いや、違わなくないのだろうか。

「だからシアンお姉ちゃんは、拭かれてください! 頑張って神父様、シアンお姉ちゃんが風邪をひかない様に!」
「ああ――任せておけ」
「え、あ、ちょ――」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品