追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

菫のとある作戦_4(:菫)


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「クロ殿、体調は大丈夫だろうか」
「今の食事姿の通り、万全ですよ。寝すぎたくらいです」
「バーントやアンバーの料理は美味しくて体調が悪くてもよく食べられるからな、それだけでは当てにならない。なにせ学園に入る前のあまり食べられない私ですら食べられたほどだからな」
「これはまた、回答に困る言葉が返ってきましたね」
「回答に困る言葉だからな」
「あれ、てっきり俺が狼狽える姿でも見たいかと思ったんですが、認めるんですね。“なんの事だろうか”と不敵に笑みを浮かべて俺を困らせようとしているのかと」
「私がいついかなる時も、クロ殿を困らせるのが好きなだけだとでも思っているのか」
「割と」
「…………」
「冗談です。怒って黙って紅茶を飲まないでください」
「怒っていない」
「怒っています」
「いない」
「います」
「……フフ、こういったやりとりも何度目だろうな」
「二桁はいっていると思いますが」
「だろうな。まぁ今回は本当に怒ってはいないからな」
「ええ、本当は“そう思われているのなら控えようか”と悩んだんですよね」
「…………悩んで、いた」
「悩んで――って、認めるんですね」
「事実だからな。だが紅茶を飲む時間を得る事で、控えないという結論を得た」
「得ちゃったんですね」
「うむ、得ちゃったんだ」
「そうですか……それで、なにをしようとしたんです?」
「なにをしようとは?」
「俺に体調を聞いて、この後なにをするかの余裕を聞いのは、俺になにかをしたいから、返答に困る質問をしたんですよね」
「……そういった事は分かっていても、黙ってこちらからの言葉を待つのが礼節ではなかろうか」
「ははは、なにを仰いますか。可愛らしい妻がなにかを企んでいるので、それを促そうとしている夫の気遣いですよ」
「ほう、気遣いと来たか」
「ええ、お陰で紅茶を持ったまま“ギクリ”と固まる貴重な姿を見る事が出来て、俺は嬉しい限りですね」
「ほほう、ならば嬉しい光景を見られたのならばそれで満足だな。ではこれ以上の私からの企みは不要と言える」
「ヴァイオレットさんがそれで良いのなら、俺は良いですよ」
「……クロ殿」
「なんでしょう」
「私をイジメて楽しいか」
「どうでしょう。あ、ですが、愛しの存在が俺を困らせるのを控えない、と言っていましたが、それを決めた理由と同じ気持ちな事は確かでしょうね」
「なるほど。……はぁ。クロ殿」
「なんでしょう」
「私がクロ殿を喜ばせる企みを立てているのに、それを止めるなんて選択肢は無い」
「え、そ、そうですか」
「だから私はクロ殿が満足し、良いと言っても私は計画を実行する! 分かったか!」
「は、はい、どうぞ!」
「よし、よく言った! という訳でバーント!」
「はい、御令室様。こちらの箱をどうぞ。出したてです」
「アンバー!」
「食器類は既に用意し、並べました」
「ご苦労だ、二人共」
「バーントさんとアンバーさん、いつの間に……!?」
「クロ殿、動くな。動いたら明日も一日体調を気遣い休ませる」
「そんな脅しを受けるとは思ってもいませんでした……って、お洒落な箱ですね?」
「ああ。神父様が箱の素材を作り、ヴァイスがデザイン案を纏めて紙に書き上げ、私がデザイン通りに作り、シアンが被せた」
「シアンほとんどなにもやっていないように思えますね」
「シアンも重要な仕事だ。さて、クロ殿。持ちあげてくれ、中に見せたいものがある」
「は、はぁ。……動いて良いんですね」
「良いぞ。さぁ、中身を見てくれ」
「では、お言葉に甘えて――おお、これは……」
「……私が作ったんだが……食べて貰えるだろうか」
「え、ヴァ、ヴァイオレットさんが! この……えと、切ると生地が層になっていてフワッとして美味しいケーキを!」
「ミルクレープだ」
「そう、ミルクレープを!」
「やはりクロ殿も以前食べた事があったのか。そして名前は忘れていたのか」
「う。……はい、食べた事は有るんですが、何分ずっと食べてませんでしたし、見た事は有るけど、名前を思い出せない状態で……すみません」
「謝罪する必要は無いが……ど、どうだ。美味しそうか? クロ殿が以前見たモノより、上手く出来ていないかもしれないが……」
「いえ、かなり美味しそうです。わぁ、フワッとして美味しそう……!」
「そ、そうか! ……良かった、フフ」
「お、この香りは旬のイチゴを使っていますね」
「一応入れていないモノも作ってはあるが……クロ殿はどちらが良い?」
「そうですね、ではイチゴ入りが良いです」
「フフ、やはりか。クロ殿は色んな甘さがある方が――」
「なにせこうしてヴァイオレットさんが俺にこうして渡しに来てくれたものですしね。今の俺にはこちらがちょっと特別ですから、こちらが食べたいです」
「――そ、そう、か。そういう事、か、うむ」
「どうされました?」
「な、なんでもない。では切り分けようか。アンバー、ナイフを」
「はい。すでに温めてあります」
「温め……あ、たしか温めた方が綺麗に切りやすいんでしたっけ」
「その通りでござます、御主人様。では、こちらをどうぞ、御令室様」
「うむ、ありがとうアンバー。それと二人共、自身の皿を持って座っていてくれ。私が二人の分も切り分けるからな」
「!? い、いえ、私達はそのような……」
「そ、そうです。こちらは御主人様と御令室様がご夫婦で――」
「その御令室様命令だ。持って来て、一緒に食べる。良いな?」
「では御主人様命令です、お二人共。是非一緒に食べましょう」
『で、ですが――』
「私はお前達の分も切り分ける。私手製のミルクレープを机に直置きして、台無しにしたくないのならば――分かるな?」
「は、はい」
「しょ、承知致しました」
「よし。では切り分けて――」
「取って来ました」
「ました」
「……相変わらず仕事が早いなお前達。まぁ良い、切り分けるから座っていてくれ。………………。よし、上手く切れた」
「おお、綺麗な層のミルクレープが……まさかこれを見れるとは……!」
「ふふ、クロ殿。眺めるのも良いが」
「はい、皿はこちらに」
「ありがとう。…………。よし、では全員に配った所で……」
『いただきます』
「うむ、召し上がれ。…………」
「…………おお、甘くて、酸味があって……美味しいです……!」
「そ、そうか。良かった。バーントとアンバーはどうだ?」
「はい、素晴らしき触感と味……今までにない素晴らしき料理です」
「これは私達も精進せねばと思う腕前です……流石はお嬢様です」
「アンバー」
「え。……あ、し、失礼いたしました。御令室様」
「気にしなくて良いさ。ついそう言ってしまうような油断が生まれる、美味しさという事だ。むしろ嬉しいさ」
「う、お恥ずかしい……次はそういった方面で良い反応を出来るように努めます……!」
「はは、反応に努める、か。だがな、アンバー」
「なんでしょうか?」
「一番良い反応というのは、ああいった反応だが、アンバーにはマネ出来るか?」
「え? ……あ」
「ああ、美味しい……フワッとして、クリームと生地の甘さが絶妙に……ふ、もっと食べ……え、な、なんです?」
「あのように、夢中で食べてこちらの反応に遅れるくらいだが、アンバーはマネ出来るだろうか」
「難しいかもしれないですね。失礼を承知で言うならば、あのような反応と笑顔を御主人様に作ってもらえるように精進したいです」
「残念だがお前には無理だ、我が妹よ」
「む、何故です兄さん」
「愛情が料理のスパイスと言うだろう。このミルクレープはまさに御令室様の愛情が籠った料理……という事は?」
「はっ! つまり、あの夢中で可愛らしい笑顔は、御令室様専用の笑顔という事ですね、兄さん!」
「そういう事だ妹よ!」
「ふ、中々に分かっているではないか、バーント!」
「あ、貴方達なんですか! 俺を辱めて楽しいですか!」
『…………』
「せめてなにか言って下さいよ!?」
「私は言葉に出来る身分ではありませんので……ああ、美味しい」
「同じくです。ああ、美味しい」
「くそ、この兄妹め……!」
「クロ殿、折角の食後のデザートだ。気持ちを荒げると美味しくなくなるぞ?」
「う。……すみません、俺だけ夢中で食べてしまって」
「気にする事では無い。料理冥利に尽きるというものだ。では私も早速――」
「ヴァイオレットさん」
「む、どうした、クロ殿――クロ殿?」
「はい、あーん」
「おお、ありがとう。あー……んっ」
「……動揺しませんね」
「ふ、私がいつまでも動揺すると思ったら大間違いだ。……うむ、自画自賛だが、美味しいな」
「…………」
「どうした、クロ殿?」
「いえ、折角のあーんが利かなかったじゃないですか」
「うむ」
「だから悔しいので、平気なふりをして頬が赤い妻を眺めてようかと」
「……美味しいからな。頬も赤くなる」
「そうですね、美味しいですものね。ではもう一つ、どうぞ。あーん」
「あー……ん。……うむ、イチゴの酸味が程良いな」
「ええ。今度帰って来たグレイやアプリコットに食べさせたいですね」
「その頃にはイチゴの旬は過ぎそうだがな」
「その時は旬の果物を入れれば良いんですよ。……さて、ヴァイオレットさん」
「なんだろうか、クロ殿」
「俺にも食べさせてください」
「……子供か、クロ殿は」
「してくれませんか?」
「する。したい。はい、あー……」
「んっ。さっきより甘く感じますね」
「気のせいだろう。均一に塗ったはずだからな」
「そうですか、不思議ですね」
「そうだな、不思議だな」
「……ヴァイオレット、一つお願いが」
「え、今――クロ、殿……?」
「俺の代わりに今日働いてくれて、俺のために美味しいモノを作ってくれた貴女にお返しをしたいのですが――良いですか?」
「待、待て。クロ殿。お返しは嬉しいが、今はバーントとアンバーが――」
「あの二人なら、残りと自分のミルクレープを持ち、静かに去っていきましたが」
「いつの間に……!? しかし待て、クロ殿。まだ食べている途中で――」
「ええ、ですから食べるまで待ちます。食べた後に……良いですか?」
「ぁぅ……きょ、今日は積極的だな、クロ殿」
「ええ、とても美味しいモノを食べられて幸せなので、もっと幸せが欲しくなったんです」
「胸焼けしそうだな」
「貴女から得る幸せなら、俺はいくらでも大丈夫ですよ」
「……そうか。クロ殿はすっかり私色に染まりきっているようだな」
「それはどうでしょうか」
「……違うのか?」
「染まりきったらそれ以上は無いという事ですからね」
「なるほど、つまりもっと染めて欲しいと。……欲しがりだな、クロ殿は」
「貴女はどうです?」
「もちろん、それは……」
「それは?」

「食べた後に思う存分に教えてあげますよ、クロ」
「じゃあ、互いに教え合おうか、ヴァイオレット」

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