追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

菫のとある作戦_2(:菫)


「――という訳で、クロ殿を私色に染め上げたい」
「なに言ってんのイオちゃん」

 屋敷の留守はバーントとアンバーに任せ、私は教会の礼拝堂に来ていた。
 そこで私が自身の考えを口にすると、先日教会に男を惑わす悪魔的存在だと評されたシアンは私を心配するような表情で見て来る。失礼な。
 それと偶然居合わせた神父様とヴァイスも口にはしないが「なにを言っているのだろう」という表情を向けている。失礼な。

「すまない、話が飛躍した。まず前提として聞いて欲しいのは、私の身に着けている物は基本クロ殿の手が入っているという事だ」
「そうだね。一つ一つ丁寧だから、クロに愛されている証拠とも言えるね」
「ふふ、その通りだ」
「自慢しに来たの?」

 自慢ではない、ただの当然の事を認めただけである。クロ殿の丁寧さは本当に素晴らしく、私も愛おしい。

「それなら俺やシアン、ヴァイスの服も――」
「神父様。その事は言わないほうが良いかと」
「? ヴァイスが言うなら……」

 なにやら言おうとしていた神父様をヴァイスが止めていたが、気にせずに続きを言うとしよう。

「だが、その事で一つ気になる事が出来たんだ」
「ほほう、なにかな?」

 シアンはシスターとして聞くと言った様子で私の言葉を待つ。この状態のシアンは、不思議と話したくなるような雰囲気を持ちあわせる慈愛の空気を作り出す。そして的確な答えを返してくれるシアンは、まさに相談にはうってつけである。今回の相談も良い意見を出してくれるに違いない。

「私の身に着ける物はクロ殿の手が入っていて、愛が籠っている」
「うん」
「つまり今の私は、内も外もクロ殿に染められているのではなかろうか、と思ったんだ」
「うん?」

 何故だろう、シアンの慈愛の表情が崩れた気がする。

「えっと、イオちゃん。外は流れ的に服という事だろうけど、内って言うのは……」
「私の身体だ。いや、心といったほうが良いだろうか。――いや、両方か」
「決め顔で言っている所悪いけど、堂々と言って良い話なの、それ。そういった類の話は苦手じゃ無かった? ……はっ、まさか色を覚えてエッチに――」
「茶化さないでくれ、シアン。私は真剣なんだ」
「あ、はい」

 何故かシアンの表情が懺悔を聞く時の敬虔な表情から、私の友人としてのシアンの表情になった気がするが、話を続けよう。

「私はつまらない女だ」
「そんな事無いんじゃない? 話をしていても楽しいし、皆ともキチンと対応するし。それはつまらない、じゃなくてキチンとしている、という事じゃない?」
「ありがとう、シアン。だがそういう事では無いんだ。宝石は綺麗という感想しか抱かず、絵画は込められた感情よりも価値で見てしまい、装飾品は記号にしか見えない」
「宝石や絵画は私も分からないけど……記号? ……あ、もしかして、可愛いとか綺麗とかよりも、流れに沿うだけ、と思っている感じ?」
「そうなる」
「……流れってなんだ、ヴァイス」
「流行りとかパーティーの格式に合った、という事では?」
「成程」

 服に関してはクロ殿が色々用意してくれるため、自然と好きにはなっていった。
 装飾品も服に合う物を用意してくれるので、その物自体は好きなのだが……どれもこれも、好きなクロ殿が私に似合うと思って用意をしてくれるから好きなのである。

「……私はクロ殿が好きだ。とっても好きなんだ」
「うん、知ってる」

 声が好きだ。
 笑顔が好きだ。
 時折見せる強き瞳が好きだ。
 触れると力強さを感じる指が好きだ。
 私が揶揄うと慌てふためく仕草が好きだ。
 何気ない会話も、苦痛ではない心地の良い時間が流れる沈黙も、笑い合う時間も。

「――クロ殿と過ごす時間も、思う時間も、なにもかも愛おしい」
「分かるよイオちゃん。私も神父様に対して同じ意見だから」
「がふっ!」
「神父様!? しっかりなさってください神父様!」
「だ、大丈夫だヴァイス……気にしないでくれ……!」

 私はこのように想う事が出来る相手と結婚出来た事をとても幸せに思っている。
 私はクロ殿が大好きで、基本クロ殿が日常の一部に居る事を幸せに思っている。そしてクロ殿が喜んで貰えるのなら色んな事をしたいし、させたい。当然堕落しない範囲でだが。

「私と同じ幸せをクロ殿も味わって欲しい――だが、私の内も外も全てクロ殿のモノといっても過言ではない。……私ばかりクロ殿に染まるばかりで、クロ殿はどうなのかと、ふと思った」
「あー……うん、続けて?」

 シアンが「言いたい事は有るけど、今は言わないでおこう」というような表情をしている気はするが、続けてと言うのならば続けよう。

「一応クロ殿から心は貴女の物だ、とは言われはしたのだが」
「言ったんだ」
「うむ、言った。嬉しかった。ともかく、私だけ染まっても意味が無い。だから――クロ殿を私色に染め上げてみたい。そう思った」
「まぁ気持ちは分かるけど……なんで教会に来て私達に相談をしに来たの? イオちゃん色に染めるのなら、私達の意見は参考にしないほうが良いんじゃないかな」
「自分だけの意見で染め上げられるのならばそれが理想だが……」

 私独りでは考えつかない、私の正しいと思った意見とは違う意見は必ず存在する。
 自分だけでなにもかも対処出来るのなら、私が今日、商人と話す事で思い至った自身の現状を変えたいという思い、などは出て来ない。
 意見を求め、考え、正しいか、暴走していないか、という、私とは異なる視点と意見を持つ事が作戦には必要だ。
 つまりは、

「クロ殿に喜んで貰えるのなら、出来る事はしておきたいからな」

 という事である。

「……まぁそういう事なら私も協力するよ。他ならぬ友達であるイオちゃんのお願いだしね!」
「恩に着る」
「俺にもなにか協力出来る事があったら言ってくれ。男の視点、というのも必要だろう?」
「ぼ、僕も協力します!」
「助かるよ、神父様、ヴァイス」

 シアン達が協力してくれるのならばこれ以上に心強い事は無い。本当に良い友を持ったものである。

「それで、まずはどうしたいの? イオちゃん色に染め上げるのに、まったくアイデアが無い訳じゃないんでしょ?」
「ああ。まずはクロ殿の内側を染めるため、私やグレイの精神が甘くなったサテュリオンを料理に仕込んで私に――」
「それはやめなさい。というか家族で服用したの!?」

「(……ヴァイス。サテュリオン、ってなにか分かるか?)」
「(確か粉末を一舐めしただけで一晩中元気で居られるという伝説の媚薬です)」
「(……え、それを家族で!?)」





備考 シアンの物に対する価値観
宝石: 綺麗、けど高い。
絵画:見てると楽しい
装飾品:神父様が好きな装飾品はどれだろう……が基準。
食事:皆で食べるのが好き。基本「美味しい」か「普通」の二択。

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