追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

暗い部屋にて_3


 気が付くと寝室であり、外も暗くて部屋もベッド近くの灯以外は暗かった。
 そんな寝室で俺は温かな格好をしており、肩まで布団をかけられていた状態で寝かされている。
 俺の記憶では、先程まで謎の部屋に閉じ込められていたはずなのだが……いつの間に脱出し、服も着替えて寝ているというのだろう。

「クロ殿が意識が曖昧な内に脱出し、私が運んだ。服はバーントに着替えさせて、グリーンさん曰く風邪だそうだ」

 そしてベッド脇に椅子を置き、看病してくれていたヴァイオレットさんにそう告げられた。
 俺の体温が低い状態で、意識はあるのだが覆いかぶさったまま動かない俺に異常を感じ、即刻脱出し、俺を担いでここまで運んだ後ヴァイオレットさんがその足でグリーンさんを呼びに行ったようである。……本当に申し訳ない。
 そして慌てて娘と一緒に来たグリーンさん曰く「疲れが出たのでは」との事で、特製の薬を飲んで安静にして眠れば良くなるだろう、だそうである。どうやら覚えていないが、俺はキチンと返事はしていたようだ。

「……夢魔法の影響ですかね」
「恐らくはな」

 しかしただの風邪とも思えない。グリーンさんの見立てを信用していない訳では無いが、この体調の変化は夢魔法が影響している気がする。弾いたが全ては弾ききれなかったとか、その前のオール嬢に扉の向こうのナニカの影響が今になって出たとか。色んなモノの積み重ねがこうして体調不良に繋がったように思える。

「どちらにしろ、安静にしているように。そういった考察は全快してからだ」
「はい……あの、」
「純粋な風邪の場合、うつすと駄目だからあまり近付かないように、とは言わないようにな」
「……なにも言っていませんよ」
「言おうとしただろう?」
「……はい」

 くっ、なんでそうも簡単に見破られるんだ。
 俺が分かりやすい……いや、弱っているから上手く取り繕えていないだけだ。そうに違いない。

「しかし、倒れる程の風邪をひくとは……こんなの初めてですよ」
「そうなのか?」
「ええ、前世も含めて初めての経験です。カラスバやクリ、カナリアの面倒を診る事はあったんですが……」
「もしかしたら、知らないからこそ気付かなかったのかもしれないな」
「ですが、俺は仕事で徹夜を連続でする事は何度もあったので、そこの見極めは上手いと思ったんですが……」

 無理をし過ぎて倒れた事は有るのだが、体調管理はキチンと出来る方だと思っていた。なにせ体力には自信がある方だし、健康優良児だからな、俺。

「すみません、ヴァイオレットさん。迷惑をおかけして……」

 だが今は理由はどうあれ、体調を崩してヴァイオレットさんに迷惑をかけてしまっている。
 シキに帰って領主を頑張ろうと意気込んでいた矢先にこの有様だ。なんと情けない事だろう。

「気にしなくて良い。だが、こういう時は謝罪ではなく、感謝の言葉が欲しいな」
「……そうですね、ありがとうございます」
「どういたしまして。お礼はその言葉で充分であるし、行動で返したいのならば、今はゆっくり休むのが私にとって嬉しい行動だよ」

 そう言いながら微笑み、寝ている俺の顔を覗き込みつつ、頭を撫でてくれるヴァイオレットさん。
 あぁ、癒される。安心感が凄い。声とか撫でる優しい感触とか、これだけで気分が楽になりそうだ。……夢が見るのがちょっと怖くて、ここの所眠りが浅かったのだが、この安心感に包まれるとぐっすり眠れそうである。

「ところで、バーントさんとアンバーさんは……」
「あの二人は今頃私やクロ殿がいつ食べ物を要求して良いように仕込んでいるか、シキの皆々の対応をしているだろう」
「シキの皆の対応……?」
「……私が慌ててグリーンさんの所に行ったせいで、クロ殿が倒れたという噂が広がってな。それを聞きつけた領民が“私達の対応でついに倒れてしまったのか!?”と心配して来ているんだ」
「それは……」

 どう反応すれば良いのだろう。
 自覚あるのならもう少し抑えてくれよと思えば良いのか。あるいは……

「クロ殿が慕われている証拠だよ。でなければわざわざ屋敷に来はしないさ」
「そうだと……良いのですが……」

 ……ヴァイオレットさんの言うように、慕われているからこそ倒れたら心配で来てくれているとしたら、素直に嬉しくはある。それはあの夢の光景のように、俺がアイツらの居場所を作る事に協力出来ている証拠だ。
 あまりにも好意的な解釈ではあるが、今くらいはそう思っても良いだろう。

「誰も寝室まで……来ないのは……バーントさんとアンバーさんが……対応しているというのもありますが……」
「ああ、多分クロ殿が直接対応する事で疲れさせないようにするための気遣いだろう」
「アイツら……変態性への……常識は突っ切る……くせに……こういった所で……常識はあるんだな……」
「ふふ、その言い方は酷いぞ。……クロ殿、眠いのなら寝て良いのだぞ?」
「そう……ですね……」

 確かに少し眠気が来ている。
 先程のあの部屋とは違い、思考が上手く回らず、頭がボーっとする。ただ、それは辛さから来るものでは無い、どこかフワフワとした感覚である。
 暗い部屋で、温かくしているというのもあるが、一番はやはり……

「今はなにも気にせず休んでくれ、クロ殿。ずっと傍に居るからな」

 ……やはり、愛しく、安心感のある存在が身近に居てくれている事なのだろう。
 こういった風に弱り、寝込んでしまうのはあまり無い経験だ。そして弱っている時に傍に居ると、なによりも安心感を得る。

――それは多分……

 辛い時に思い浮かび、頼りたくなり、なによりも自分の居場所を見つけて安心感を得る。
 ……夢で見たアイツらの居場所がシキであったように、俺は自分が思っている以上にヴァイオレットさんという存在が居ないと駄目な男なのかもしれない。

「俺は……ヴァイオレットさんの事を……」
「……?」
「自分が思う以上に……恋をして……愛しているのかもしれませんね……」
「……!?」

 それを愛していると言うならば、言葉にする以上に俺はヴァイオレットさんを想っており、俺の人生になくてはならない存在だという事なのだろう。
 よし、今考えている事を起きたら改めて伝えるとしよう。
 しかし、そうなると本当にあの婚姻確認書を手に入れられてよかった。アレのお陰でヴァイオレットさんと俺は……俺は……

「ヴァイオレットさん……寝る前に、一つ欲しいものが……」
「な、なんだろうか。冷たい水か、替えの下着が――」
「もうちょっと……こっちへ……」
「む、こうか?」
「はい、そのまま……よいしょ、と」
「っ……!?」

 いや、あのような物がなくても、俺はこうやってヴァイオレットさんを離す事はしない。
 布団の温かさとは別の温かさを感じる、愛しの存在。
 ……うん、こうして身近で、俺の胸で彼女を感じると、本当に心地良くて……

「いつも傍に居てくれて……ありがとうございます……だいすきですよ、ヴァイオレットさん……」

 ……今日は、久しぶりに良い夢を見れそうだ。







 翌日の朝。
 体調は起き上がれるほどには快復し、グリーンさんの薬は相変わらず凄いなと思いつつ。

「あの、ヴァイオレットさん……」

 俺はベッドの上で正座をし、ヴァイオレットに対して一つお願いをしようとしていた。

「昨日の寝る前の言動なんですが……どうか、忘れて下さらないでしょうか……」

 俺は寝る前の自身の行動を覚えていた。
 暗い寝室へやで、思った事を口に出していた事も、寝る時にヴァイオレットさんをどうしていたかも、鮮明に覚えていた。

「…………」

 俺の視線の先に居るペタンと可愛らしく座っているヴァイオレットさんは、しばらく考える仕草を取った後。

「絶対に、いやだ」

 とても可愛らしい笑顔で、そう返事をするのであった。
 俺はもう体調を崩すまいと心に誓った、シキの朝の出来事であった。

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