追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

暗い部屋にて_1


「御主人様、こちらの布は何処に置きましょうか」
「それらは他の布がある保管室にお願いします。部屋に入って右側にある防虫処理の道具を施してから入れておいてください、バーントさん」
「かしこまりました」

 シキに戻り、荷物を屋敷にとりあえず運んだ後。その日はゆっくりと休み、次の日である今日の午後から荷物の整理を始めていた。
 荷物とはいっても、首都へ行く前に持っていった服などではなく、ほとんどが首都で頂いた代物だ。
 王城の来賓室でもそのまま使えそうな机や、その場の料理よりも一枚の値段の方が高いのではないかと思う皿。俺では高価すぎてもったいなく思いチビチビと飲んでしまいそうなお酒に、とても素晴らしい布と糸。
 レッド国王とコーラル王妃から頂いた、婚姻確認書のおまけの数々ではあるが、どれも俺には勿体無い代物の数々である。ヴァイオレットさんにはお似合いだが。
 ともかく、現在は頂いた代物の整理ついでに、その他の元々屋敷にあった物も整理している。まぁ軽い大掃除である。
 なお、バーントさんとアンバーさんは油断すると「お休み中の一晩で片付けておきました」とでも言いかねなかったので、昨日はきちんと休む様に伝えた。むしろ勝手に配置しようものなら困ると言うと、表の表情には出さないが、渋々休んでくれたのである。……働いてくれるのはありがたいのだが、本当に仕事熱心だな、この兄妹は。

「よし、と。……ふぅ。春とは言え、今日はちょっと暑いな」

 執事と侍女が頑張ってくれている以上は、俺も頑張らないといけない。
 この屋敷の中では俺が一番力持ちなのだし、積極的に重い物は持たないと、と思い、家具類は俺が運んだり移動したりしているのだが……ちょっと疲れたな。
 首都で色々あり、移動も含めて休みが無かったので午後まで休んでいたのだが……やっぱり疲れが残っているのだろうか。
 俺で疲れが残るという事は、ヴァイオレットさんも疲れが残っているだろうし、今日は一日休んでいた方が良かっただろうか。一度ヴァイオレットさんの様子を見ておいたほうが良いかもしれない。……決して俺が癒されるために会いに行き、抱き着きたいとかではない。……ないとも。

「クロ殿ー、ちょっと良いだろうか」

 するとヴァイオレットさんの方からこっちにやって来てくれた。なんという丁度良いタイミングだろうか。

「なんでしょうか、ヴァイオレットさん」

 俺が声だけで大分癒されつつ、声の方を向くと、ヴァイオレットさんごこちらに小走りで駆け寄ってきていた。
 ……荷物を運ぶため、動きやすいように髪を纏め、袖捲くりしているヴァイオレットさん……グッド!

「今、手は開いているだろうか。なにかあるのなら後で構わないのだが」
「大丈夫ですよ。なんでしょう、重くて運べないモノでも?」

 というかヴァイオレットさんの頼みなら大抵の事は後回しにしてでも手伝うぞ。
 箪笥でもベッドでもドンと来い。

「その……実はだな」
「はい」
「新しい部屋が生まれたのだが」
「はい?」

 ……なにを言っているのだろうか、我が愛しの妻は。







「なんだここ……」

 本当に新しい部屋が生まれていた。
 いや、正確には俺も知らない部屋を見つけた。
 玄関から一番近い階段を上り、二階に上って左に曲がって広い廊下を行ける所まで行っての、突き当り。その天井に通常では見えない取っ手が有り、引っ張ると階段が降りて来て、上ると部屋があったのである。

「クロ殿もやはり知らないのか」
「ええ、四年以上暮らしてきて初めて知りましたよ」

 今は手続きが完了して俺の屋敷という事にはなっているが、元々この屋敷は歴代の領主が建てさせたモノである。なので知らない仕組みがあってもおかしくはないと思ってはいたが……まさか教会の地下空間のような隠された部屋がこの屋敷にも有ったとは。
 ただ教会の地下空間(風呂)とは違って、変態的な趣味を施行する場所ではなく、なにか物を置く部屋のようだ。屋根裏部屋……とは少し違うようである。

「物置部屋……というよりは、脱税とかに使われた部屋ですかね」
「可能性としてはそれが高いか。あるいは貴重品を隠すための防犯部屋かもしれんが」

 まず、この部屋に入るための取っ手は隠されるようにされていた。魔法によるものでは無く、切り込みを入れて一見ただの天井のように見なした単純なモノ。だがそれ故に魔法隠避を探る魔法には強く、単純構造と場所ゆえに見つかりにくい。
 そしてこの部屋には窓も無く、入って来た場所以外には入口も出口も見当たらない。さらには中身は空で開けっ放しではあるが、小さな鍵付きの固定された金庫のようなモノもある。
 これらを踏まえると、今俺達が言った二択のどちらかだろう。出来れば違法奴隷を隠すための部屋とは思いたくはない。

「この部屋はどうしようか、クロ殿」
「うーん、下手に弄っても面倒ですし、あまり広くも無いですからね……」

 ちなみにこの部屋は高さは俺もヴァイオレットさんも、しゃがんでも手をあげられない程であり、横は三百角くらいの大きさだ。本当に普段は使わないモノを置いておこうか、と言う程度の部屋である。
 しかも前の領主が出る際にこの部屋の物を乱雑に扱ったのか、床が傷付いてささくれが何ヶ所かあるので今のままだと危険だ。

「補修して、重要度が低いけど保存するモノとかおいておきましょうか」

 とはいえ、折角なら使えるようにはしておこう。無駄に広い屋敷だが、使える物は使っておかないと。……それに人が増えて、今より手狭になる可能性もあるのだし、部屋は有るに越した事はない。

「そうだな。バーントとアンバーには私が言っておこう」
「はい、お願いします」
「ああ。…………」
「……ヴァイオレットさん、もしかして今年の誕生日プレゼントはここに隠すのが良いかもしれない、とか思ってません?」
「な、なんの事だろうか」

 俺の問いに対して目を逸らすヴァイオレットさん。いかにも図星を突かれたと言わんばかりである。可愛い。

「さて、可愛い企みを立てる愛する妻を堪能しましたし、出ますか」
「クロ殿、楽しんでいるな。その愛する妻を揶揄って楽しいか」
「ええ、とても!」
「良い返事と笑顔だな!」
「はは、明かりがあるとは言え薄暗いからそう見えるだけですよ」
「ほほう、では明るい所で見ようか。同じ問いに対しどう反応するか楽しみ――だ?」

 ヴァイオレットさんがそう言いつつこの部屋から出ようとすると、なにか気になったかのように動きが止まった。

「なにか気になるモノでも見つけましたか?」
「いや、服がなにかに引っ掛かったようだ。床の傷だろうか?」

 俺が何故止まったのか気になり問いかけると、ヴァイオレットさんは服の裾部分を見ていた。床のささくれ部分にでも引っかかったのだろうか。

「クロ殿が縫ってくれた服だからな。あまり傷つけたくないのだが、なにに引っ掛かって――ん?」
「どうされました?」
「うむ、服が引っかかったのは床の傷ではなく、取っ手のような……いや、レバー……?」
「レバー?」

 レバーって、いわゆる倒したりすると仕掛けが作動するヤツの事だろうか。
 だがなんでそんなものがここに――ん、なんだか妙な音が聞こえて……

「え?」
「へ?」

 ふと、明かりがほとんどなくなった。
 理由は階段部分から差し込んだ、下の廊下からの灯の光が無くなったからだ。
 そして何故そんな事が起きたのか。理由は単純である。
 今まで降りていた階段が閉じたからである。
 ……唯一の扉が、閉じたからである。

――落ち着け、まだ慌てる様な時間ではない。

 脳内でこの言葉を言っている時の仕草をしつつ、落ち着くように自分に言い聞かせる。
 閉じ込められてはいるが、脱出手段が無い訳では無い。レバーのようなものを動かして閉じたのならば、逆に動かせば開くはずだ。別になんて事は無い。

「ヴァイオレットさん、レバーを逆して、開けますか?」
「……クロ殿」
「なんでしょうか」
「レバーを動かして開こうとしているのだが……」
「はい」
「……なにかが噛んでいるようで、一切動かない」
「……はい」

 俺はヴァイオレットさんと場所を変わり、固いだけではないのかという疑問を晴らすために俺も動かそうとするが、本当に動かない。正確には僅かには動く。しかし逆にそれがなにかを噛んでしまって動かないという事を示していた。

「閉じ込められましたね」
「閉じ込められたな」
「…………」
「…………」

 流れる無言の間。
 暗く、窓も無く、唯一の扉は閉じられた。
 …………。
 ……よし。

「扉を殴ってぶっ壊します」
「落ち着いてくれ、クロ殿」

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