追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

分からせる


「しかし夢魔法、か。改めて考えても……凄い魔法だ」
「ええ、本当に。しかも本来なら見たくもない光景を見せる、というのを、幸福な夢に変換している訳ですからね。素晴らしいという他ないでしょう」

 この魔法は俺がオール嬢と一緒に見た、あの“対象者が否定したい過去を見せる”という特性を持つ黒い靄であるナニカを、対象者にとって幸福な夢を見せる魔法に変えた魔法だ。長き歴史のある王国にある、空間歪曲石や王族特有の魔法の源など国の根幹にも関わり、後年にも影響を与え続ける凄まじい存在の特性をマゼンタさんはまさに自分のモノとして掌握したのである。
 しかもこれは、メアリーさん曰く扉の奥にある魔力ナニカを使用しているから、ガス抜きのような感じになって、封印も解かれる心配がなくなって――あ。

「あ、いえ。この魔法自体を肯定している訳では無くてですね」

 「凄い魔法」はともかく、「素晴しい」と評するのは行動を肯定しているように思われてしまうな。この表現は良くなかった。

「責めてはいない。私も魔法自体は、本来なら人々を不幸に陥れるモノを、マゼンタ様の善性が良い方向に変えたのだと思っている」
「そうなんですか?」
「マゼンタ様に悪しき心があれば、その才を持って人々が悪い夢に囚われ、苦しみながら死んでいっただろうからな。当然、幸福だからと言って認める訳にはいかないが」
「……ですね」

 ……認める訳にはいかない、か。
 俺も同意見だが、ヴァイオレットさんにもそう言われると少し安心する。なにせちょっと不安な事もあったからな。

「どうかしたのか、クロ殿?」

 俺が内心で安堵していると、不思議そうな表情でヴァイオレットさんが覗き込んできていた。どうやら俺の安堵の表情になにか引っ掛かりを覚えたようである。……しかし、鋭いな。ここまで鋭いと、来年の誕生日のサプライズは難しそうである。

「ヴァイオレットさんは幸福な夢を見たでしょう?」
「うむ、仔細は覚えていないが、クロ殿やグレイ達と楽しく過ごしたのを覚えている」
「それを見ていたので、幸福な夢を見続けたかったかな、とちょっと不安に思っただけですよ」

 俺は気になっていた事を少しだけ言う。
 過去を否定する気は無く、全ての過去を含めて今のヴァイオレットさんだとは思ってはいるが、あの夢のように過去に苦しんでいたとして、ない事が幸福だとしたら、と思って――駄目だな、これではマゼンタさんに偉そうに説教した癖に、こんな事を考えるとは。これではヴァイオレットさんに説教を喰らってしまう。

「なに、確かに幸福な夢ではあったが、私は現実の方がもっと幸福だ。なにせ現実には、私の想像を超える幸福をくれる夫が居るのだからな」

 ……うん、やっぱり。現実のヴァイオレットさんはとても良い。
 やはりこうして俺の予想のつかない反応をしてくれる嫁が近くに居ると、必死に頑張った甲斐があるというモノだ。

「……それはどうも、ありがとうございます」

 しかしその笑顔は反則だ。
 イタズラから来る不敵な笑みではなく、素直に思った事を言っただけのような、自然と出たような表情と言葉を向けられると、先程までとは違って顔が熱くなる。くそっ、さっきの戦闘の時よりも顔が熱い。これではヴァイオレットさんの笑顔を見ていたくても、見られないではないか。

「どうかしたのか、クロ殿?」
「いいえ、なんでも無いですよ」
「なんでも無いという事は無いだろう。何故顔を逸らす」
「なんでも無いです」
「有る」
「無いです」
「有る」
「無い。……ふと、皆の夢魔法の内容を思い出しただけです」

 よし、話題を逸らそう。
 このままいくと段々とこちらに寄って顔を近付けて来るヴァイオレットさんにやられる。なにをやられるかは分からないが、やられる。

「ああ、クロ殿は他の者達の夢の内容を見たのだったか。メアリー曰くあの城地下での一件が原因らしいが」
「ええ、その内容をふと思い出して、領主として頑張らないと駄目だと思っただけですよ」
「ほう?」

 俺の発言に近付くのをやめ、適正距離になるヴァイオレットさん。よし、良い感じに話題を逸らせたな。

「だが、見た夢と領主としてというのと、なにが関係あるのだろうか?」

 その疑問のご尤もだ。
 ここで答えられなければ、再び問い詰められる事だろう。

「詳細は覚えていないんですが、シキに居た連中が見た夢は……」

 しかし俺も適当な話題を選んだわけではない。
 多くの夢、領民や親しき者達の夢を俺は見た。その内容は医者として暇な夢であったり、追われる心配無しに夫婦のんびり過ごす夢であったり、家族三人で薬屋をやる夢であったり。
 穏やかな夢が多かったのだが、そんな夢の中でも共通している事が一つあった。

「アイツら、揃いも揃ってシキで過ごしているんですよ」

 それは夢の舞台がシキであるという事だ。
 産まれ故郷と言う訳でも無いのに、周囲があの騒がしい連中のまま、シキで穏やかに過ごす夢を見ていたのである。
 ただの夢なので、身近な、今住んでいる場所を舞台にしているだけだったのかもしれない。

「それがもしも俺達の領主としての働きによるものなら、なんだか嬉しくて」

 が、それでもアイツらがシキで幸福そうに過ごしていたのが、アイツらが「ここが自分たちの居場所だ」と思って夢を見たのならば、嬉しいなと思った。

「今までの働きは無駄じゃ無かったんだな、って思うと頑張らないと、と思ったんですよ」
「……ふふ、そうか。それはもっと頑張りたくなる夢だな」
「ええ、そうですね」

 俺の説明に対し、ヴァイオレットさんは何処か嬉しそうに俺に同意を示してくれた。
 ……そういえば、夢の中でのヴァイオレットさんもシキで過ごす夢を見ていたな。過去が消え、婚約破棄という事実は無くなっても、シキで俺やグレイ達と過ごす夢。……もしかしたら、ヴァイオレットさんも同じ理由で見てくれたのかもしれない。
 そう思うとやはり嬉しいモノである。

――うん、頑張らないとな。

 俺もヴァイオレットさんも、領主になるキッカケは良いモノとは言えないモノであったかもしれないが、未来に向けて前向きになる事が出来た。この気持ちが芽生えた事に関しては、マゼンタさんに感謝しないとな。

「時にクロ殿。マゼンタ様に夢魔法をかけられる前の話だが」
「なんでしょう」

 俺が顔の火照りも収まり、気持ちを切り替えているとヴァイオレットさんが俺に聞いて来る。
 ……なんだろう、少し嫌な予感がする。

「マゼンタ様の裸を見て素晴らしいと思っていたようだな」
「俺に貴女の方が素晴らしかった、と言わせる気ですか」

 どう考えてもそうとしか言えそうにない質問である。確かに後で言うとは言ったけどさ!

「なんだ、言ってくれないのか?」

 そして俺の戸惑いに対し、何処か不敵に口元を微笑ませるヴァイオレットさん。くっ、俺の反応を見て楽しんでいるな。というかもしかしたら先程俺が照れていたのも分かっていたのじゃ無いだろうか。

「ええ、ヴァイオレットさんの方が素晴らしいですよ」
「ふふ、ありがとう。クロ殿にそう言われると――」
「なにせとてもエロいですから」
「……え」

 だが単に思い通りに返すのも、やられっぱなしで性に合わないのでストレートで返しておこう。こういう意味での殴り合いは大好きである。なにせ身体は怪我はしないし、傷付きもしないからな! ……心の羞恥は別として。

「やはりこの世で一番愛している女性の身体だからでしょうか……見た時は衝撃的と言いますか、俺の語彙力では美しくエロいとしか表現出来ない肢体でした。素晴らしいものほど言葉は単純になると言いますが、まさしくとてもエロくて――」
「わ、分かったからその言葉を連呼しないでくれ!」
「では、俺は貴女にだけ欲情します、と言えば良いのでしょうか」
「意味が同じだと、言葉を変えても意味が無い!」
「そうしないと素晴らしさを表現出来ないんですもの」
「ク、クロ殿は煩悩に支配されているな。そんな事では領主として――」
「成程、言葉だけではなく行動で示せという事ですね」
「――え」
「口ではなんとも言えますから、俺が貴女を素晴らしく思っていると行動で示せば良いんでしょう。大丈夫、分からせますから」
「分からせる……!?」
「というか、思い出させます」
「なにを……!?」

 俺がグイグイ責めると、ヴァイオレットさんは先程の俺以上であろうほどに顔を赤らめさせる。視線は泳いでいるし、手はワタワタとさせているし、可愛いし可愛い。
 ……いかん、揶揄うつもりなだけであったが、そのような表情をされるとさらに攻めたくなる。俺は今までにないほど前に突っ走っているぞ!

「(母さん、俺達はこっそり去ろう。気付かれぬように、迅速に)」
「(え、なんで? ……あ、そっか。いってらっしゃいヴァーミリオン。孫を期待しているよ)」
「(そういう意味じゃない)」
「(違うの?)」
「(違う)」
「(マゼンタさん、ヴァーミリオン君は貴女と一緒に行きたいようですよ)」
「(え、私と? ……あ、手解きを受けたい、という事だね!)」
「(違う)」
「(そういう事ですよ。私は待ちますからいってらっしゃい)」
「(メアリー!?)」



 なお、この後の事を少しだけ言うと、俺はキャパオーバーする直前のヴァイオレットさんに頬を抓られて止められて。
 気が付くと何故か妙な雰囲気のメアリーさん達は居たが、つつがなく夢魔法の解除の段取りが出来たとだけ言っておく。

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