追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

身勝手


「クロ君は魔法より殴り合う方が好きなんだ。じゃあ私もそれに応えようかなっ!」

 俺が胸に飛び込む事無く、拳を固めて殴りかかったのを見て、マゼンタさんはハグをする体勢からすぐに手足を使う攻撃の構えとなった。
 その仕草は戦闘強者かのような切り替えの早さであり、いかにも魔法が得意で肉弾戦は苦手そうな見た目に反して堂に入っている。
 しかも格好だけではなく、俺の一撃を最小限で躱し、カウンターを仕掛けても来ていた。俺はそのカウンターが見えたので、身体を二十度ほど回転させて躱す。それに呼応して鳩尾を捕えた一撃を――入れたと思ったのだが、寸での所で力を流され、流しつつも足元を崩そうとマゼンタさんの足が俺を柳の如く払おうとするのが見えたので、こちらも足を流して空振りを狙い、空振りを狙おうとしたのをマゼンタさんは感じ取って動きを払う方向から体勢を整える方向へと移行した。……マゼンタさん、慣れているのか?

「失礼な、俺は殴るのは好きではありませんよ」

 それはそれとして、ヒトを暴力的な人間扱いしないで欲しい。
 運動自体は好きな部類ではあるが、殴るのは良くないモノだと認識している。特に見た目だけとはえい、華奢な少女を殴るのなんてさらにやりたくないし、やる奴は卑下の対象である。

「なに、殴り合うのが好きじゃないの? それとも勝つのが好きとか言う感じかな?」
「勝つのはそれなりに好きですが、生憎と殴るのはそれなりにストレスを感じる方ですよ」
「へぇ、でもカーマイン君を殴ったり、今も殴ったりしている辺りは本当は結構好きなんじゃない?」
「さぁて、どうでしょうね」
「でも、クロ君がそう思うのなら、それで良いと思うよ。君は君の思う非暴力主義を誇りながら、君の世界で素晴らしいのだと夢見れば良いと思うんだけど、駄目かな」
「俺の意志を尊重してくださってありがとうございます。ですが、駄目です」

 殴り、蹴り、強化し、払い、速度を上げ、速度を下げ、死角から来て、死角から殴り、蹴り上げられ、上げられた勢いを使い縦に回転し足でカウンターかかと落としをし、両腕で防がれ、そのまま掴まれ、投げられる所を膝を曲げて重心をズラシて体勢を崩し、それも見破られズラした方向に叩きつけられ、顔を叩きつけられる前に手で大地を掴み、足を掴んでいる手を利用してこちらが叩きつけようとし、瞬時に放されたので俺は叩きつけようとした足を立ち上がるための動きへと移動し立ち上がり構えを取り、震脚で大地を震わし、震わした瞬間に同振動・威力の震脚を放たれ相殺され――たので、再び至近距離で殴り合うために接近した。
 ……これは、慣れているというレベルではない。

「私と一緒に殴り合い、踊り狂う幸福を得よう? 互いと同等の相手と殴り合うというのは、充足感という幸福を持ってくるんだよ!」
「そうかもしれませんね!」

 喋りながらも互いに攻撃の手を緩めない。
 マゼンタさんの一撃は一つ一つが綺羅星の如く美しく、それでいて流れるようだ。
 俺は戦いでも良く見える方であり、何度か見ればその戦闘中は慣れて見切れる事が多く(なお後で忘れる)、それを持ってカウンターや攻撃を仕掛け勝ちに持っていく事が出来る。

「あはははは! 強い、強いねクロ君! 本気を出しちゃいそう!」

 だが、既に三桁に届く拳と蹴りを放ってきているが、慣れる事は一切ない。なんとか躱せている状態であり、いつ喰らってもおかしくない。俺の攻撃もギリギリで躱せている、という手応えはあるにはあるが……少しでも気を緩めれば均衡はあっさりと崩れる力量だ。
 要するにこの人――すごく強い。

「若い頃を思い出すね。いや、今も肉体は若くなっているから、まさに全盛期で戦えている状態かな! 本当、昔レッド兄さんやコーラルちゃんと殴り合っていた頃を思い出すよ!」

 ええいマジかよチクショウ。見た目からして明らかに魔法向きの華奢な女の子じゃないか。人を見た目だけで決めつけるのは良くないが、この外見で殴り合うのが得意とかどうなってんだランドルフ家! いや、あんな地下空間で戦う事を実質的な結婚の儀としている時点で脳筋アレだったな!

「大体、迷惑なんですよ貴女の心情は!」

 ええい、こうなったらもう大規模な夢を見せる魔法を乱すために、相手を俺に集中させるとか考えるな。俺は俺で全力で戦い、ぶつけたい不満をぶつけてやる!

「へぇ、私は迷惑なの!?」
「ええ、迷惑ですよ! 幸福、幸福って。それを望むのは構いませんが、だからって皆に夢を見せるとか極論に走り過ぎなんですよ!」
「それで皆が幸福になるんなら良いじゃない!」
「ちったぁそれがどうなるかとか考えたらどうですか!」
「考えたよ、とてもね!」
「よく言いますよ! 先程からの話を聞いていると、この魔法を発動出来ると知ってからそんなに時間は経ってないでしょ!」
「へぇ、どうしてそう思ったのかな! 君の意見を聞かせてよ!」
「カーマインが幽閉されてからのコーラル王妃の心情を知ったとか言っていましたし、長くても一ヵ月も経っていないんじゃないですか!」
「よく分かったね、その通りだよ! 一ヵ月足らずでここまで来た私を褒めてよ!」
「開き直ってんじゃねぇ、誰が褒めるかこの迷惑女!」
「じゃあ時間をかければ良いという事なの!? そうじゃないでしょ、私は出来るからすぐにやったんだよ! 実際出来たでしょ!」
「深く考えて行動しろと言っているんです!」
「深く考える事は浅慮よりも愚行を招く思考停止に過ぎないよ!」
「…………うるせぇ凄いですね本当に素晴らしく凄い魔法ですよ!」
「ありがとう! 否定出来なかったけど褒める所は褒めるクロ君が大好きだよ! やっぱりこの世界で私と二人、気持ちの良い爛れた生活をしよう!」
「生憎とお断りです!」
王族ロイヤルバストが嫌!? 王族ロイヤルヒップ王族ロイヤルリップとか色々堪能できるよ!」
「問題はそこじゃねぇ! 妻子が居るのですよ私には! というかアンタも居るだろう!」
「気持ち良いなら良いじゃない! 君が喜び、幸福ならヴァイオレットちゃんも喜ぶよ! 私の夫だってそうだよ!」
「それで喜ぶヴァイオレットさんとか嫌だ!」

 殴り合う手は緩めず、俺達は互いの気持ちを叫び合う。
 互いに何度か当たり、当たるたび俺は金属で思い切り殴られたのかと錯覚する重さの痛みが走るが、どうという事は無い。
 マゼンタさんに効いているかどうかは分からないが、先程とは違い手応えはあるし、喰らっていると信じたい。

「じゃあ夢を見せてあげるから、魔法の中で幸福な夢を見て! 幸福な夢でヴァイオレットちゃんと幸福に過ごして!」
「それはさらに嫌ですよ!」
「なんで! 素晴らしいって言ったじゃん!」
「ええ、素晴しいでしょうよ! 幸福な夢を自分が望む形で、自分の世界に閉じて、自分がその世界で主役になれる!」
「うん、凄いでしょ、だから君も――」
「そんな外部からの接点が無くなった世界では、同じ幸福しか得られないでしょうね!」
「え――?」

 ああ、そうだ。俺が一番腹立っている所はこれだ。
 例えこの問題が解決したとしても俺はマゼンタさんを止めるべく動くだろうが、なによりもこの魔法で一番気に入らないのは、幸福な“夢”を見るという点だ。

「俺の大好きなヴァイオレットさんはな! とても凛々しくて、可愛くて、格好良くて、所作が綺麗で、一緒に居ると愛情も沸くけどなによりも安心感がある!」
「だったら、ずっと一緒に過ごせる夢を――」
「だけど! なによりも一番愛おしいのは俺の想像もつかないような事をして来る事なんだよ!」
「っ!?」

 そう言いながらマゼンタさんに良い一撃が入る。
 喰らったマゼンタさんは、良い一撃が入ったせいなのか、俺の言葉に驚いたのかは分からないが、表情を一瞬崩した。

「イタズラをして喜んだり、俺が慌てる姿を見て微笑んだり、こっちがした事に想像以上に照れていて、こっちも照れてしまったり! いつも想定以上の可愛さと愛おしさを見せてくれるんだよヴァイオレットさんは!」

 それは世界を閉じてしまえば、今以上のモノは味わえなくなる。
 夢と言う俺独りの世界に閉じてしまえば、もう生まれる事は無い代物だ。
 俺の想像では、俺の想像までの反応しか返って来ない。

「だから――」

 だから、まぁ、要するに俺の言いたい事は。

「今すぐ俺のヴァイオレットを返せ!」

 そんな、身勝手事であり。
 世界とかよりも、なによりも重要な事であり。
 家族や友人や領民やその他諸々含めて返して欲しいとも願いつつ。
 俺は咆哮と共に、マゼンタさんに一撃を加えた。

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