追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

ありふれすぎている理由


「魔法で幸福に、ですか」
「うん、そうなのメアリーちゃん。私は皆を幸福にしたいの!」

 無垢な少女のように笑うマゼンタさんに対し、メアリーさんはいつもより少しだけ声が低めであり、複雑な感情を抱いているように見えた。
 それは何処か過去の自分を思い出しているかのような、ここまででは無かったと願いたいが、いずれはこうなっていたのではないかと思っているような。自己嫌悪に陥りかけ、否定して目を逸らしてはならないと思っているかのような表情である。

「マゼンタさん。幸福にするために魔法を使うなど、一体どのようにするというのです。まさか死が救済であり、救済は幸福になる、と言うつもりなのですか?」
「え、まさかそんなんじゃないよ。死んじゃったらそのヒトの世界が終わってしまって、幸福を味わえないじゃない」
「ではどのようにするのです? その……少し若返っているという御姿にも関係があるのですか?」

 メアリーさんは問いかけながら、バレないだろう範囲でマゼンタさんを抑える準備をする。
 問いかけの答えも重要ではあるが、機会を見計らい、いつでも抑えられるようにしている、と言う感じだろうか。それを見て俺とヴァイオレットさんも同じように準備をする。

「関係あるよ。“扉の向こう側”の魔力の影響で、私の力が活性化されたからかな」
「向こう側に……マゼンタさん自身の力?」
「うん。私さ、生まれつき特別な目を持っているんだ」

 特別な目。それは最近よく聞いた言葉である。
 フォーンさんやカイハクさん、ちょっと違うがノワール学園長などが持っている通常とは違い、見える以外の力を有する特別な目。それをマゼンタさんが持っているという。

「見つめ合った相手を“ちょっと素直に”したりするくらいの目だったんだけど、この間扉の向こうから力を得たらね」

 マゼンタさんは微笑みつつ、メアリーさんの方を向き。

「とても良い目になったんだ」

 王族特有の紫の瞳が淡く光ったかと思うと――

「――――」

 見られたメアリーさんは、意識を失いガクンと崩れ落ちた。

「メアリー!?」
「…………」

 倒れ込む所を近くに居た殿下が支え、呼びかける。しかし返事は返って来ず、メアリーさんは目を瞑り、安らかに眠っているかのように気を失っている。

「母さん、メアリーになにをした!」
「幸福な夢を見せてあげているんだよ」

 殿下は声を荒げるのに対し、マゼンタさんはとても楽しそうに答える。楽しそうにしているのは煽っている訳ではなく、単純に良い事が上手くいったから楽しそうなだけなのだろう。

「ヴァーミリオン、私はね、私の願いが叶えられる事がとても嬉しいんだ」

 愉しそうに、嬉しそうに。
 マゼンタさんは先程俺がオール嬢に浴びせられた魔力と同じモノを身に纏いながら、恍惚の表情を浮かべ、嗤う。

「私は先祖返り、王族が世を惑わすとして過去にその名を抹消した、夢魔族サキュバスの力を引いた女なんだ」

 俺はもうこのままでは駄目だと判断し、遅すぎる一歩を踏み出した。

「だけど悲しいかな、私は目や夢で兄さんや旦那様を誘惑は出来ても、多くの相手を幸福に出来る夢を見せる力を持っていなかった」

 離れていた距離を、ヴァイオレットさんの補助魔法を受けながら最速で詰め、捕えようとする。

「けど、家族を幸福に出来るのなら良いと思っていた。ああ、とても幸福だったとも。子供が居るのがその証左さ。なにせ夢魔族わたしたちは望んだ相手としか子を成せないからね」

 しかしマゼンタさんの周囲は妙な結界のようなものが張られ、捕まえようとした手を弾かれる。

「だが、それだけじゃ駄目なんだ」

 弾かれはしたモノの、この手の結界は、純粋な力による突破が可能であったはずだ。だから俺は魔法による属性を備えた拳を叩きこむ。

「大好きなコーラルちゃんを見て、カーマイン君を見て、なによりも愛するスカーレットを見て。私は気付いてしまったの」

 二回の蹴りと、三回の拳、そしてヴァイオレットさんの魔法攻撃で結界にヒビが入ったので、トドメと言わんばかりに俺はより力を入れた拳をぶつける。

「ああ、なんて可哀想なヒトが世の中には溢れているんだろうって」

 ヒビが入っていた結界は思ったよりもあっさりと壊れ、拳は勢いが死ぬ事無くマゼンタさんへと向かう。

「そんな時、私は力を得たの。この王国に溢れる地脈の魔力と繋がって、ね」

 敵とは何処かで分かっていても、華奢な少女の外見をした相手を殴り飛ばすのは心が痛むと一瞬思ったが、ここで油断してはならないとそのまま殴りつけた。

「そして私の王族の血と、夢魔族サキュバスの能力と、地脈の魔力が合わさってね」

 だが、殴っても感触がなかった。いや、正確には当たった感触はある。だが文字通り当たっただけで、当たった瞬間にあったはずの力は何処かへと消えてしまって行った。

「――私は、幸福な夢を皆に見せてあげる事が出来るようになったの」

 殴った感触が無い手をマゼンタさんは見て。
 そして俺を見てとても楽しそうに、慈愛の表情を浮かべる。

「私は、いつだって貴方達の幸福を願っている」

 そしてマゼンタさんは杖のような、細身の禍々しい槍を掲げ。

「――【幸福な良い夢をおやすみなさい】――」

 一つの魔法を発動した。

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