追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

解釈の違い


 ローズ殿下の怖さはともかく、殴った後の殿下達の様子と、国王の様子を見れば大丈夫だとは思った。
 ただ不満は残るし、王妃に関してはまだ、というだけである。……でもそこはヴァイオレットさんという大好きな妻と先程まで楽しい事をしていたように、守れたモノを噛み締める事で紛らわせるとしよう。グレイもカナリアも無事だったわけだし。カナリアに至っては人の心配をよそに、一度も目覚めずに現在スヤスヤと爆睡中であるし。

「ですから、俺達は殿下達がキチンとしてくれる間はそれで問題無いですよ。とはいえ、それが難しいかもしれませんがね」
「分かっている。王族として恥じぬように努めよう」

 ともかく、俺には傷付きかけたモノはあっても失ったモノは無い。ならば後は今回の件が殿下達に教訓として活かせれば良いという話だ。

「まぁ、一言くらいは謝罪が欲しいのは本音ですがね」
「メアリーのような事を言うんだな」
「そうなんですか? …………」
「どうした、クロ子爵」
「……いえ、なんでもメアリーさんに繋げるような、恋愛脳になっているのではないかと思いまして」
「なっていない。というより、クロ子爵達に言われたくない」
「確かに俺達は恋愛脳ですよね」
「そうだな。恋愛こそが日々の活力と仕事に繋がるな。あと家族愛も忘れてはならない」
「確かにそうですね、うっかりしてました」
「……やかましいなこの夫婦」
「はは……それがらしさではありますがね」

 ヴァーミリオン殿下は呆れ、メアリーさんも何処か微笑ましく笑う。
 ……しかし、今回の会話で少し自分の考えもまとまったな。先程まではちょっとごちゃごちゃとした感情が混じっていたが、ヴァーミリオン殿下の表情や振り返りながらの会話をしていると少し整理が付いた。
 今であれば黒幕であるコーラル王妃が目の前に現れても、今の考えを持って落ち着いて対応出来そうだ。

「では、後は……そうだな」
「どうされました、殿下?」
「クロ子爵、俺はこれから王子としての後処理を行うのだが」
「お仕事お疲れ様です。俺で手伝える事があれば手伝いますよ。こうして休んではいますが、正直体調は――」
「クロ殿」
「……体調は良いので、なにかあれば俺に言って頂ければ。それまで休んでいるので」

 ヴァーミリオン殿下がなにやら席を外しそうであったので、俺が手伝おうかと申し出ようとしたが、ヴァイオレットさんの言葉の視線によって封殺された。

「クロさん、相変わらずヴァイオレットに弱いですね」
「……悪かったですね」
「悪いなんて言ってませんよ」

 そしてその様子を見て、メアリーさんが先程よりも微笑ましそうに俺達を見て来る。俺はヴァイオレットさんに対して大抵の事が弱点になるので否定はしないが、微笑ましそうに見られるとどうも照れが出てきてしまう。

「クロ子爵は休んでいた方が良いだろう。ヴァイオレットも心配しているようだからな」
「お気遣い痛み入ります」
「だが、次は扉を閉めておけ。……出来る限りここにはヒトを寄せ付けない様に取り計ろう」
「余計なお世話を痛み入ります」

 扉を閉めるのは確実にするが、その気遣いは喧しいと言いたい。出来れば遠回しに言ってくれ。
 ……というかさっきの“そうだな”はどういう意味で納得していたんだ。なんだ、俺達が続きをするとでも思ったのか。するに決まっているぞ。

「では、俺はこれで失礼する。メアリーも先程も言ったが休めるなら休んでおけ……と言っても聞かんだろうから、アッシュ達を見て来てくれ」
「ヴァーミリオン君はどうするんです?」
「俺は第三王子として、必要な事をして来る。今回の件の後始末を、騒ぎを起こした張本人の息子としてな」
「……どちらに行かれるのですか?」
「ローズ姉さんの所にでもまずは行くさ。ローズ姉さんもメアリーに負けず劣らず無理をするからな。自己管理はしっかりしているが、それ以上に責任感が強くて無理をしてしまう。だから手伝いに行く予定だ」

 ローズ殿下は……確かに真面目で仕事に手は抜かない、という感じの女性だからな。
 他の殿下達が奔放であったり破天荒だったりする中、務めをキチンと果たし、彼女に任せれば安心感が大きい御方。そんな出来る女性、といった雰囲気を出している。
 だからこそ皆が頼りがちになりそうだし、ローズ殿下もそれに応えようとするだろう。手伝いをするというヴァーミリオン殿下の気遣いもよく分かる。俺も手伝えるのなら手伝いたいし。

「では、クロ子爵、ヴァイオレット、そしてメアリー。体調を崩さんようにな」
「はい、殿下もお気をつけて」

 俺は気遣いの言葉を残しつつ去ろうとするヴァーミリオン殿下に、返しの言葉を言いつつ見送ろうとする。

「ヴァーミリオン君、待ってください」
「ヴァーミリオン殿下、お待ちください」

 そして、この場を去ろうとするヴァーミリオン殿下を、ヴァイオレットさんとメアリーさんが呼び止めた。
 俺は何故止めたかは疑問で、なにか去る前に一言を言うのかな、程度の認識であったのだが……

「私ではなく、メアリーが言えば良い」

 同時に呼び止めた事に目を合わせ、ヴァイオレットさんがそのように言った事でただ呼び止めたのではないと分かった。
 恐らくヴァイオレットさんは……なにか呼び止めて問い詰めないと駄目だと判断したから、メアリーさんの様に呼び止めたのだろう。俺はヴァイオレットさんの様子を見て、そこで初めて気づいた。

「ヴァーミリオン君、またですか」

 そしてメアリーさんは言われた通りに、改めて殿下の方を見ながら問い詰めた。

――また、と言うと……地下から出た後の事だろうか。

 俺が分かる範囲での“また”と言われる出来事と言えば、地下から出てヴァーミリオン殿下がオール嬢を連れて別れた時だ。
 その時にメアリーさんが「なにかを隠している」と、断言するように言った。そのなにか自体は俺達も勘付いてはいたのだが、メアリーさんは俺達以上に理解しているようであったからメアリーさんに任せて分かれて行動した。
 結果はコーラル王妃の件でヴァーミリオン殿下が単独で向かおうとしていた訳だが……それと同じような事をしようとした、という事だろうか。

「……メアリー、いくらなんでも俺を疑い過ぎだ。確かに戦闘が続いて疲れているだろうが……体調管理くらいは出来ている。無理なら休むから、気を使う必要は無い」

 ヴァーミリオン殿下は少々呆れた様にメアリーさんに回答する。
 確かに殿下は今日騎士団では俺達の気を使いつつ仲介役的な事をし、地下ではメアリーさんと戦い、コーラル王妃とも戦った。今すぐ休んでも誰も文句は言わないほど疲れているだろう。
 それでも俺達に言ったように、王族として恥じぬ務めを果たそうとして無理をしようとしたのをヴァイオレットさんとメアリーさんは見抜いたのだろうか。
 それを考えると、俺も気を使えば良かっ――

「そこも心配ですが、それとは別に隠し事をしていますね?」

 しかし俺の予想は見当外れだったようで、メアリーさんはさらに問い詰める。
 ヴァイオレットさんを見ると同じような表情をしている辺り、同意見のようだ。……やっぱり近くで殿下を見て来た二人は違うな。

「隠し事などなにもしていない。どうしたと言うんだ」

 しかしそれでもヴァーミリオン殿下は戸惑いながら否定する。俺的には先程の地下の後とは違い、本気でそう言っているようにしか見えないが……

「そうですか。まだ隠し事をするというのなら、こちらにも考えがあります」
「メアリー?」

 しかしメアリーさんは確信にも満ちた表情で、近付いて行く。
 同時に内心に怒ったような感情を込めている辺り、先程のローズ殿下とは違う怖さがある。
 このような行動をするメアリーさんを珍しいと思いつつ、俺は成り行きを見守る。

「ヴァーミリオン君も、コーラル王妃のようにエロい事をされたいという事ですね?」
「メアリー!?」

 見守ろうとしたのだが、なんだかよく分からない方向にシフトした。え、というかコーラル王妃エロい事されたの? 俺達が駆け付けた時、鎧が壊れていたりして、国王が服をかけていたけど、そういう事だったのアレ? ……いや、多分違うと思うが。

「口を割らないのなら、割りたくなるような事をすれば良いんですよね。痛みには耐えそうですから……」
「だからと言ってその方向に行くのはおかしいぞメアリー」
「そうだぞ、メアリー。殿下にそういった事をしても、喜んでしまうから拷問としては意味を成さない」
「そういう事でも無いぞヴァイオレット」

 確かに意味を成さないな。俺の場合だとヴァイオレットさんにされるようなものだし……って、変な事を想像しないようにしよう。

「それもそうですね。ではクロさん、協力してもらえませんか?」
「メアリー!?」
「待てや」

 そこで俺に協力を求めないでくれ。変な事を想像してしまうではないか。

「クロ殿、すまないがメアリーに協力してやってくれ」
「ヴァイオレットさん!?」

 え、なに。俺は妻になにを要求されようとしているの。いくら愛しのヴァイオレットさんでも聞けない事は聞けませんよ。

「……まぁ、協力しろいうのならしますが」
「クロ子爵、お前本当にヴァイオレットに弱いな!」

 やかましい。俺の愛しの妻は結構独占欲が強いんだ。それなのに言って来るんだから、そこには意味がある。だったら言われた通りにする事になにが悪い!

「殿下、申し訳ありませんが、今の俺達から逃げれると思わない事です」
「確かにお前達から逃げる事は出来んが、クロ子爵が協力出来るとは思えない。それに話せる事はないからな!」

 ……まぁヴァイオレットさんとメアリーさんがここまでしろと言うのだから、なにかある、と思うので協力する訳だが。殿下の言う通り本当に殿下にエロい事をするつもりはない。

「知っていますか、殿下。俺達の前世の世界で殿下がどのように扱われているかを」
「なに?」
「とある界隈では、有り得ぬカップルを妄想するというのが需要があるんです」
「な、なにを……?」
「殿下はゲームでも人気キャラだったわけなんです。だから色々な妄想が有り、主人公ヒロインとのその後の話など、男女カップル想像を多く作られたんですが……少なからず、それとは別の同性――他の攻略対象ヒーローとの絡みなどもあり、クリームヒルト曰く、殿下はタ――」
「待て、クロ子爵。それ以上は聞きたくないからやめてくれ。本当にやめてくれ」

 エロい事は出来ないが、脅しをかける事は出来る。
 ……正確に自分の事では無くとも、そういった扱いを受けるのは嫌なよな、うん。

「待ってくださいクロさん。その続きを聞かせてください。クリームヒルトとの解釈違いがありそうで――」
「アンタは殿下に問い詰めろや」

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