追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

内心と周囲が感じる感情は別物


「改めて、我が一族の内輪揉めに巻き込んでしまい、申し訳ないクロ子爵、ヴァイオレット……子爵。父上と母上に代わり、ヴァーミリオン・ランドルフが謝罪する」

 部屋に入り、深々と頭を下げながら俺達に対し謝罪をして来るヴァーミリオン殿下。
 頭を下げる、という意味を理解していない訳でも無く、それほどの事をしたのだと判断しての謝罪だろう。これはここが他の誰も見ていない場所だからという事では無く、例えここが公式の場所であろうと同じ行動をするだろう。そう感じさせる謝罪であった。メアリーさんは黙ってそれを見ている。
 ……それと、先程見た光景に関しては触れないという方向性を取ったらしい。何処から見ていたかを問い質したいが、折角触れない様にしているのだから触れないでおこう。……別にやましい事はしていた訳ではないけど。

「いえ、先程も言いましたが、ヴァーミリオン殿下に問題がある訳ではなく、謝罪をする必要は有りません――と言っても、難しいかもしれませんが」

 俺達は先程、簡単な事情を聞いている。
 俺達は地下空間から出た後グレイ達と合流し(その際ゴルドさんに巻き込まれかけた)、無事を確認しつつ、気を失っているカナリアの事に気付いてキレる――前に殿下達により事態は収束された。
 その後メアリーさん達が謁見の間でなにかをしている事を知り、殿下達を含めて駆け付けた。するとそこにはヴァーミリオン殿下達と、レッド国王やコーラル王妃が居た。
 その際に簡単な説明を受け、ヴァーミリオン殿下にも謝罪を受けた。……そして「今は矛先を収めてくれ」とも言われた。

「ともかく、殿下も被害者側と言ってもおかしくは無いのです、俺が欲しいのは、どちらかというと……」

 どちらかというと謝罪が欲しいのは、レッド国王とコーラル王妃からだ。
 彼らが今メアリーさんたっての希望で話し合いの場を設けているのは分かっているし、それが必要なのも分かる。なにせ歯車の噛み合わなさとすれ違いによる、お家騒動のようなものだ。だから罰を与えるのならば、その前の会話こそ重要なのだろう。
 とはいえまだ本人達からの謝罪を受けないと納得は行かないし、なによりも同程度は辛いであろうヴァーミリオン殿下に謝罪をされても困る。なにせ、スカーレット殿下とヴァーミリオン殿下をランドルフ家から追い出したい、しかも計画・実行犯が義理の母親というという話だからな。

――……まだ生みの親が居る共和国に追い出そうとして居た辺りは、良心が残っていたのかもしれないが……

 先程シルバから聞いた話ではそうらしく、何処か苦しんでいたともシルバは言っていたが……それでも、俺は巻き込まれて、カナリアが傷付きかけたのだ。その謝罪は本人にして貰いたい。

「……本当に、母が申し訳ないことをした」

 ……けど、こうして謝罪をされては困りもする。コーラル王妃と敵対し、否定された最も辛いだろうヴァーミリオン殿下にこうされると、どうしてもな……ん? なんだろう、今のヴァーミリオン殿下の言い方に違和感が……?

「……まぁ、良いですよ」

 いや、気のせいだろう。ともかく今はヴァーミリオン殿下に頭をあげさせるようにしないとな。

「第二王子を除く殿下達は皆さん優秀かつ不正を許さない人格者だと俺は思います。今後どうなるかは殿下達の判断に任せますよ。それで良いですか、ヴァイオレットさん」
「私も構わない。なので頭をあげてください、殿下」
「……感謝する」

 俺達の言葉に頭をあげるヴァーミリオン殿下。……うん、やっぱり辛そうだな。
 この部屋に入る時は、俺達に対する気まずさとは別の感情があった気がするが、今は事態を深刻に受け止めているように思える。

「ま、感謝なら俺達の代わりに殴った他の殿下達に言ってあげてください。アレのお陰で少し溜飲が下がったのは事実ですし」
「う、アレか……」

 それに、こうして殿下達を信じられるのも先程の光景があったからだ。
 その先程の光景とは要するに国王を息子達、つまり殿下達が殴ったのである。
 まず最初に「全ての責任は俺が持つ」と国王が言ったのだが――







 謁見の間に殿下達を含めて駆け付け、俺達は黒幕がコーラル王妃だと知った。
 しかし駆け付けた頃にはヴァーミリオン殿下を始めとした、メアリーさんによってコーラル王妃の捕縛が終わっていた。

「ヴァーミリオン、スカーレット。そしてハートフィールド家。お前達はコーラルに思う所があるだろう。だが、その怒りを今は俺が引き受ける。もし殴りたいのならば俺を殴れば良い」

 そしてレッド国王は、地下空間に居た先程までとは何処か違った表情を見せていた。
 どう表現すべきかは分からないが、なにかを決めたような面持ちで俺達の非難を受ける覚悟でいる。黒幕ではないレッド国王にそのような覚悟を見せられると……いや、それでもこのままではコーラル王妃の今回の件が、カーマインのように公に罰せられない、というような状況になりかねない。ただでさえカナリアが危うく、グレイ達も危険だったんだ。レッド国王がいくら覚悟を決めようとこのまま終わらせるのは納得いかない。

「父上、なにを仰って……」
「……ふーん、今更夫として格好つけたい感じ? 随分と格好良いですねーレッド国王陛下」
「……スカーレット姉さん、父上が言ったのはそういった意味では……」
「分かった上で言っているのヴァーミリオン。……私達が邪魔で、こんな事をされる位なら、いっそ私の方から……」
「姉さん、駄目です。そのような事は――!」

 俺がヴァイオレットさんに腕を掴まれ、無言で落ち着くように抑えられる中。
 何処となく昔のビャクに似た表情をしたスカーレット殿下が、レッド国王に近付いて行った。
 後から知った策略ではあるが、まさしくそれはコーラル王妃が策略として狙っていた事そのモノであり、ヴァーミリオン殿下はどうにか止めようとしている。

「ヴァーミリオン、止めるな。俺はスカーレットの怒りを受ける罪を背負っている。俺はお前達の怒りを一身に受ける覚悟はある」

 そして国王はそれを止めようともしない。受ける必要性と覚悟があるのだと、スカーレット殿下を真っ直ぐ見て言っていた。恐らく殴られた後にもスカーレット殿下は娘として向き合おうとしているのだろうが……それは良くない方法だ。
 今まで目を逸らした分を、目を逸らさずにするというのは良いが、スカーレット殿下はそれでは……駄目だ。

「親として不甲斐ない俺を殴って――」

 スカーレット殿下は怒りを受け止めるだけでは駄目であり、互いに向き合わなければ駄目で――

「この馬鹿お父様!!」
「がはっ!?」

 そして、駄目な方法だと思っていると。
 隙を付いた一撃が国王に見事に直撃クリーンヒットした。
 突然の出来事に、殴った御方以外がポカンとしている。なにせ殴ったのはこういった事をあまりしそうにない――

「ロ、ローズ姉様!?」

 そう、ローズ殿下であった。
 スカーレット殿下が動くよりも早く、迷わず真っ先に国王を殴ったのである。

「ロ、ローズ?」

 そして殴られた場所と殴りに来た相手が予想外であったのか、国王も少々驚いている様子であった。

「お父様、なにをしようとしているのです」

 そして次に放たれた言葉は、言葉を向けられていないはずの俺達ですらみを強張らせる力を感じられた。
 国王のような王としての圧オーラとは違う、別種の力を含む圧力が今のローズ殿下から放たれている。

「なにを、とは。妻と罪を共に背負うため、俺がそれを受けようと――」
「お父様。分かっていますか? 暴力はイケない事なんです」

 そんな事を言いつつ国王に一歩近づくローズ殿下。怖い。

「身を守るための力は結構。ですが、いかなる理由があろうと暴力である時点で正当化される事は有りません。分かりますね? 当然今の私の暴力も、お父様が認めたからと言って正当化されません」

 自身の手をまるで“殴った私も痛いんです”とでもばかりにさするローズ殿下。怖い。

「分かりますか、お父様? お父様はそんな間違った事を息子達――私の大切な弟と妹達にさせようとしたんです」

 ローズ殿下は殿下達こちらを見て、微笑みながら大切だと表現した。
 表現された殿下おとうと達はビクッと何故か怯えていた。……微笑みとはいえ妙な圧を感じたので、ビクッとなる気持ちは分かるが。

「私は大切な弟と妹達にそのような事をさせたくないのです。ですから、姉として汚れ役を引き受けた訳なのですが……お父様」
「……なんだ、ローズ」

 再び国王へと向き、笑顔を作るローズ殿下。こっちを向いていないはずなのに怖い。

「今殴って思いました。私はお父様の今までの父としての行動に腹を立てていたようなのです」
「なに?」
「家庭内の事情で皆様に迷惑をかけただけではなく、今も大切なスカーレットに酷い事をしようとした。ですから」
「……ですから、なんだ」
「やっぱ殴られてください」
「ローズ!?」







「いやはや、ローズ殿下がそういった後結局殿下達全員殴るんですもんね。アレでちょっと溜飲は下がりましたよ。ね、ヴァイオレットさん?」
「ああ、アレか。そう思うのは良くないとは分かるのだが、確かにアレが無ければ、私も機会があればレッド国王を殴ったかもしれん」
「ヴァイオレットさんが殴る必要なんてないんですよ。綺麗な手を傷付けないでください。そういった馬鹿な行動は俺だけで充分です」
「はは、冗談だ。だがクロ殿。その言い方だと殿下達が馬鹿な行動をした事になるぞ?」
「おっとこれは失礼。ヴァーミリオン殿下、先程のヴァイオレットさんの国王を殴る発言も含め、今の失言は流してください」
「……良い性格しているな、お前ら夫婦は」
『それはどうも』
「褒めてない」
「はは……」

 俺達が感謝を述べ、ヴァーミリオン殿下が呆れ、メアリーさんが小さく笑う。
 今の会話は殿下に少しでも気を紛らわせるために言った言葉であるのは確かだが、同時にアレのお陰で殿下達に任せた方が良いと思ったのも事実だ。
 ローズ殿下は弟と妹達を大切にしている、というのも事実だが、ああやって先陣を切る事で場を収める流れに繋げたのだろう。お陰であの後は殿下達が殴り、後始末や治療に走った訳だしな。
 だけど……

――ローズ殿下、怖かったな……

 あの場でローズ殿下に怯えていなかったのは国王くらいである。
 以前殿下達がローズ殿下を尊敬すると同時に怖がっていたが……あの時改めて実感した。







「ローズ姉様」
「どうしました、スカーレット。休みたいのなら先に休んで良いですよ?」
「いえ、そうではなく……私が殴ろうと自棄になっていたのを止めて頂き、ありがとうございました」
「……姉として当然の事をしただけです。そんな慣れない口調まで使ってまで感謝する必要は無いですよ。ですが、感謝の言葉は受け取っておきましょう」
「あの時、わざと怖いオーラを出して私を諫めてくれたんですよね。そうでなければ、私は今頃……」
「え。怖いオーラ……?」
「え。……笑顔で、お父様に対して……それに皆にも……」
「あの時私は、娘として意見を言って、周囲の皆さんには……微笑んで安心感を与えましたよね?」
「えっ」
「えっ」

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