追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

悪い事をしたのなら(:朱)






「……ここは……私の……自室……? あれ、確か私は……? そう、あの子達に……」
「……起きたか」
「レッド……レッド!? なんでここに――イッ!?」
「急に動くな。ただでさえ戦闘は数年ぶりなのにも関わらず、アイツらと戦ったのだ。ほら、肩までかけてやるから、大人しく仰向けになり寝ろ」
「あ、ありがとうございます……ではなく、何故私と貴方がここに――!」
「寝ろ」
「……はい」
「よし」
「…………」
「…………」
「……あの。何故私は拘束もされず、自室のベッドで寝ているのでしょう。それに貴方は何故この部屋にいるのです。私の愚行の後処理をしているのでは……?」
「愚行、と言うのだな、コーラル」
「……ええ、愚行です。どのような策略も、失敗すれば愚行に過ぎませんから。……貴方があのタイミングで来た時点で、私の策略は失敗を意味していました。だから愚行です」
「……そうだな」
「ええ、そうです」
「……だが、俺自身も愚行をして来た」
「貴方が愚行などなにを仰るのです。私の事も、カーマインの事も。……マゼンタの事も。悪いのは実行した私達であって、マゼンタに関しては……アレは、貴方を許せる事では……」
「コーラルさん」
「え、あ、はい。な、なんでしょう、レッド」
「俺が何故ここに居るのかと問うたな。そして何故拘束されていないかという事も」
「はい、言いましたが……」
「お前が気を失った後に、メアリー嬢に交換条件を出されてしまってな」
「交換条件、ですか」
「ああ。俺達を許す条件、だ」
「メアリー・スーに、ですか。……ヴァーミリオンの傍に居た、一対一でもまず勝てないと思った、あの」
「そうだ」
「なにを出されたのです」
「お前に関しては別の条件があるのだが……俺に関しては」
「はい」
「……お前が目覚めてから、一日一緒に部屋で過ごせ、だそうだ」
「……はい?」
「国王として忙しいとか知った事では無い、拒否をするなら私達で無理にでも閉じ込めてやる、と言われてな。変に閉じ込められるよりはこうして自らの意志でいる訳だが……早く目覚めて良かったよ」
「え、あの、それはどういう意味で……? いえ、貴方が私に時間を割くなど、それは貴方の王国にとって大いなる損失で……!」
「別に良い」
「よくは有りません。私如きに時間を割くなど、それこそフューシャが産まれて以降はもう必要のない事で……!」
「別に良いんだ。……そもそも、国のためと言い訳をして見るモノを見た気になって、大人ぶっていたのが良くなかったんだ」
「なにを仰っているのです……?」
「さて、な。ただ傲慢だったのはどちらかという話で……王国の混乱を防ぐためにと、犠牲を必要だと判断したのが良くなかったのだろうな」
「切り捨てる判断というのは上に立つ者として当然の判断です」
「ふ、それをメアリー嬢に言ったら“それを言うのは、自分が切り捨てられないと確信しているから”と言われたよ」
「あの小娘……なにを分かったような口を……!」
「それは俺もだよ」
「え?」
「スカーレットの虚無主義も、カーマインの現実性模擬症候群も、フューシャの天命を引き寄せるかのような俯瞰も。分かった気になっていただけだ。……過去の過ちがあるのだから、臆病になっていたのだろう」
「…………おやめください。そのような事を言う、貴方を見たくありません」
「それは困る。俺は今から今まで避けていた分をお前のために使おうと決め、話し合おうと思ったというのに」
「ですから、そのような――」
「俺が決めたんだ。……俺はそれが必要だと思ったんだよ、コーラルさん」
「……何故ですか」
「そうだな、事の次第を知った、カーマイン以外の息子と娘達全員に一発ずつ殴られたというのもあるが」
「殴られ……あの子達が……!?」
「ああ、痛かったぞ。ローズにすら殴られたのだからな」
「ローズが……!?」
「ともかく、必要だと……いや、したいと思ったんだよ」
「したい、ですか」
「ああ。アイツらの好き合っているのを見て……昔を思い出して、貴女と話をしたいと、思ったんだ。……俺が好きな貴女にはそれだけの価値があるのだからな」
「…………好き、ですか」
「ああ。だからこれからの事を、話しても良いだろうか。俺と、貴女のためにも」
「…………はい、良いですよ、レッド……さん」







View.ヴァーミリオン


「良かったのか、メアリー」

 これ以上聞くのは野暮だと思い、背にしていた扉から身体を離し、気付かれない様に部屋の前を去ってから、俺は一緒に居るメアリーに尋ねた。

「良かったとはなにがでしょうか、ヴァーミリオン君」

 謁見の場では父上に明確に怒りを示し、他の皆と治療などで別れた後も何処か不機嫌であったメアリー。今もいつもと比べると不機嫌なようだが、先程と比べると幾分かマシになっている気がする。
 とはいえ、質問の意味は分かっているだろうに、改めて問い返している辺りはメアリーなりの許していないアピールなのかもしれない。

「悪逆非道の母上を許し、あのような話す場を設けて良かったのか、という意味だ」
「悪逆非道って……」

 俺の物言いにメアリーは虚を突かれたのか、「流石にそう言わなくても……」という表情をする。しかし否定はしない辺り、メアリーも若干思っているのかもしれない。

「……あのように話す場を作る事こそが、国王陛下達にとって必要だと思っただけです。傲慢なあの二人にはアレくらいが丁度良いんですよ」

 今日は本当にメアリーの珍しい表情を見られる日だな。
 まだ納得はしていない、という感じがひしひしと伝わって来る。傲慢、という言葉を使っている辺りが特にそうだろう。

「言っておきますが、許した訳ではありませんよ。先程言ったように、コーラル王妃から私の望む言葉を聞かない限りは許す事有りません」
「分かっているさ。……フ」
「……なんですか、その“フ”は」
「さてな。何処かの子供のような事を父上に言ってのけた女性の事を思い出したに過ぎないのだろう」
「誰の事でしょうね」
「誰の事だろうな」

 メアリーはジトーと音が付きそうな目で俺を見つつ、俺達は城内を並んで歩いて行く。
 すれ違う相手はほとんどおらず、夜の城内はとても静かである。
 特にこの辺りは、暴れたというゴルド氏の後処理などに追われて出払っている者達が多いため、いつもより見回りなどの数も少ない。そのためこうしてメアリーと俺が堂々と歩きながら話せている訳だが。

「…………」
「…………」
「……“悪い事をしたら、ごめんなさいです。その言葉を聞くまで私は許しません!”、か。……それを聞いたアッシュ達の顔は面白かったな」
「い、言わないでください!」

 そして周囲に誰も居ない事を確認し、俺が呟くとメアリーは恥ずかしそうにしながら大声をあげた。

「いや、なに。俺は良いと思うぞ。謝罪は大切だ。なにせ傲慢かつ悪逆非道な何処かの国王と王妃は謝罪をしていなかったからな。うん、謝罪も無いのに許す事は出来ないな!」
「いや、ですからアレは勝手な物言いの国王陛下に、その、腹が立ってしまって……!」
「安心しろ。あのような事を言って父上に国外追放命令をされても、俺は全ての身分を捨てて一緒に着いて行くぞ」
「そこは私が国外追放されないように計らって下さいよ!」
「今ならアッシュやシャルやエクルやシルバが身分を捨てて付いて来るぞ!」
「セットでお得! みたいに言われても困ります!」
「ああ、そうか。身分を捨てる俺は娼館に行けという事なのか」
「いや、あの時の台詞は……!」
「はっ、つまり俺達は皆揃って娼館に行くのか……! メアリーと一緒に行く前に他の女に会いに行く俺達を許してくれ……!」
「そういう意味ではありませんよ!」
「そうだな、許してくれ、ではなく、ごめんなさいだな!」
「そういう意味でもありませんよ!!」

 普段ならのらりくらりと言葉を躱すメアリーであるが、今回は上手く揶揄えているようだ。……男児は好きな相手に意地悪したくなると言うが、少しその気持ちが分かったかもしれない。

――だが。

 だが、俺がメアリーの言った言葉に対し、良いと思ったは事実だ。

『私は悪い事をして謝らない相手を許したくありません!』

 そんな、まるで駄々をこねる子供のような事を真っ直ぐ言った。
 父上に対して一歩も引かず、ただ「皆に迷惑をかけたのだから謝罪をして欲しい」という事のために、自らの意志を曲げずに言った。
 その後は父上と壮絶なる舌戦を繰り出し、俺達もそんな子供じみた事を言うメアリーに味方し、段々と肉体言語で話し始めようとしていたが……ともかく、言える事がある。
 俺はあの言葉を聞いた時、ただ真っ直ぐに、自分の正しさを信じる強さを持つメアリーに――

――メアリーを好きになったのは、二度目だな。

 二度目の恋をしたんだ。

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