追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

避けられぬ戦い(:朱)


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 母上は今でこそ王国に咲く薔薇の華と評される、気高く美しく、静謐ではあるが家族以外は寄せ付けない棘を持った美しき女性と称されている。

「聖なる槍よ、久方ぶりに私に力を貸してくれるか」

 しかし父上と結婚する前は、【黒衣のシュバルツ・女騎士ヴァルキュリア】と称される、無類の騎士であったそうだ。
 現在ランスを手にしたと同時に魔法で纏った、ランスと同じ黒き鎧を身に纏い、あらゆるモンスターも単独で屠り、今でも多くの女冒険者の羨望を集める、父上と並び立つ生ける伝説。

「――この憎き敵と、その仲間を屠るために、今一度の力を」

 その伝説が、俺達を明確に敵と見做して立ちはだかった。

「お待ちください、私達は貴女様と戦う必要は無いはずです!」
「この状況でも敬って貰う中悪いのだがな、シニストラ家長姉。構えなければ、その鍛えられし肉体は価値も無く砕け散るぞ――【閃光ブリッツ】」
「っ!?」

 ランスをこちらに向け、ランスから光魔法を放つ母上。
 呪文も魔法陣もない魔法にも関わらず、上級魔法に匹敵するその一撃は俺達へ躊躇わずに放たれた。俺達が咄嗟に避けなければ直撃し、ただでは済まなかっただろう。

「カーバンクル!」
「ほう、噂にあった風の精霊か」

 場所が散り散りになり、距離が母上から離れる中、最初に攻撃を仕掛けたのはアッシュであった。
 かつて契約した精霊を使い、母上の周囲を竜巻のように風を起こして囲む。外側には多少の風はある程度だが、内側には激風が吹く特殊な風。生半可では逃げる事は出来ないだろう。そして徐々に竜巻縮小していき、牢獄のように母上を捕える。

「だが敵意が足りない。オースティン家長男よ――【迅雷ソンライ】」
「――!?」

 しかし母上は周囲に雷と風を巻き起こし、纏った鎧と速度で風の牢獄を抜け出した。
 一瞬とも言えるスピードは身体の衰えを感じさせず、今すぐ前線に立ってもおかしくない動きであった。
 だが、風の牢獄の威力は強く、無理に抜け出したためか、動きが一瞬だが止まっている。

「王妃である私に遠慮をするのは分かるのだがな」
「――【一閃】」
「――この有様では、鍛えられた魔法も技が泣くぞ」
「っ、ぅ……!?」

 俺達の中で最も身体能力に優れているシャルが、その止まった所を狙い技を仕掛けるが、母上のランスによって受け止められる。
 シャルの【一閃】は正面から戦い、来ると分かっていても止められるかは分からぬほどの速度の抜刀だ。
 ……しかし母上はわざと隙を作ってそれを防いだ。隙を作る事で攻撃を来る場所を誘導し、防ぎ切ったのだ。

「良い武器と良い技だ。武器に至っては伝説の鍛冶師を彷彿とさせるよ。……いや、あの伝説が打った刀だろうか」
「くっ、この――力は……!?」

 武器と武器の力の押し合いになる。純粋な力ではシャルの方が上だとしても、武器の大きさの差と、刀の性質上力比べは不利となる。

「だが、防がれた時点で私の武器とは相性が悪い。――【共鳴リゾナンス】」
「なっ――!?」

 そしてランスから音叉のように響く音により――シャルの刀の刀身は、無残にも砕け散った。
 残るはシャルが握る刀の柄のみ。……つまりシャルは今、武器を持たぬ状態で、母上の間合いに居る事になる。

「最初の一撃に殺意があれば、お前の腕ならば届いただろうに。惜しいな、カルヴィン家長男――」
「【水月】――」
「む――」
「――【無刀】!」
「っ!」

 しかしシャルは柄をすぐに離すと、流れる様な仕草で構えを取り、瞬時に近付くと同時に、母上に掌の手首に近い部分で腹部に一撃を喰らわせる。
 母上は鎧に身体を纏わせているが、その一撃はマトモに喰らうとマズいと判断したのか、衝撃と同時に後ろに飛びのいた。

「……ふっ、東の国にある刀だけではなく、素手の技も磨いていたとは」
「武器ばかりに頼るのでは、騎士になれぬので」
「だがなにが無刀だ。ただの掌底にシバリングを加えた一撃だろう。大した一撃ではあるがな」
「大した一撃なのは、技術を学んだ同級生が優秀だったお陰です」

 クリームヒルトに教わった一撃をこの場で使用するシャル(命名に関しては無視)。教わってから間もないが、戦闘で通用する一撃になっているのはシャルのセンスによるものだろう。

「しかし、モノにするにはまだ練度不足だったようだ」

 だが、咄嗟の一撃と母上の動きによるものか、シャルの一撃はシャル自身の手にもダメージを受けていた。クリームヒルトが「こういうのは達人じゃ無いと意味を成さない技だし、中途半端で困るのは自分だよ」と言っていたが、まさにこの事だろう。……クリームヒルトの言う事に間違いは無いだろうが、クリームヒルト自身は手だけでなく、足でもこの技を使える様な腕前であるのは気にしてはいけない。

「それで良いのですよ、充分に効果は発揮しましたから」
「なに――?」

 だがシャルの一撃はただ闇雲に放った訳ではない。シャルは周囲の状況を一瞬で判断し、後ろに飛びのかせる一撃が必要と判断し、放ったのだ。

「【地に這う毒水槽鬼毒】」
「【複合魔法:鎖Chain・ban】」
「っ!?」

 シルバが魔法で地面を泥濘のようにし母上の足を取り、腕をエクルのが作成した鎖で絡めとった。
 シルバの魔法は通常の範囲の魔法ではなく、シルバ特有の魔力を使用した特殊魔法だ。その泥濘にはまった足は力で抜け出す事はまず不可能であり、足からシルバの魔力を伝わせる事で動きを鈍らせる魔法である。
 エクルの魔法は地水火風光闇の基本属性の魔法を混ぜ込んだ鎖だ。動きを封じつつ基本属性を捕縛対象に混ぜ込む事で、対象の魔力を狂わせ、魔法発動を封じる特異な鎖。魔力を通常ならら唱えるだけでもやっとの複合魔法を瞬時に使えるのは、流石はエクルと言った所か。
 この二つの魔法を同時にかけられた母上は、動く事はほぼ不可能と言えよう。

「スカイ!」
「……っ!」

 さらにはスカイが動いた。
 ただ近付けばシルバが作った泥濘にはまるだろう。しかしスカイはアッシュのカーバンクルによって加護を受け、一時的に浮く事が出来ていた。
 しかし動きを封じられているとはいえ、スカイの加護の乗った一撃程度では母上の鎧を通して無力化するのは難しい。

スカイプラスに加護をインプルーブメント!!』

 そこに俺とメアリーが能力向上のバフをかける。
 元の身体能力が高いスカイに能力向上の魔法はよく効く。この状態ならスカイの一撃で母上を抑える事は可能なはずだ。

――まだだ。

 だが、まだだ。まだこの程度で母上を抑えられるとは思っていない。
 全盛期は過ぎ、戦闘とは無縁の生活を送っているとはいえあの母上だ。俺達と戦う事を想定し、武器と鎧まで用意した母上にこの程度で慢心して良いはずがない。

――最後まで、油断をしてはならない。

 慢心も油断もしない。
 一撃で無力化出来なかった時のために追撃の魔法を用意する。
 魔法が不可能なら、同じように追撃準備で近付くメアリーと共に連撃を。
 ……息子を愛して行動する母上と■■■の想いを、この程度で終わるなどとは思ってはいけない。

「【装填Belastung】【補充Nachschub】【Kompression】【 新Neue 生 Generation】――」

 事実、母上はスカイが一撃を加える数秒にも満たない時間で、十全に動けない状況で、万全な魔力も練れない状態で、魔法名というよりは自己に言い聞かせる様な言葉を唱えて。

「――【Freisetzung】」

 魔力の波、渦、放出――王族最強の魔法、【珠玉の星シリウス】と引けを取らないとしか言いようがない強力な魔法。
 それが母上を中心に、爆発のように巻き起こったのである。

「素晴らしいよ、未来ある、愛する私の国の若人達」

 魔法の痕とも言える煙と粉塵が巻き起こる中、爆発の中心で、相変わらず静謐でありながら通る声で母上は称賛の声をあげる。

「君達は私より強い。全盛期を過ぎた私なぞ、聖槍と聖鎧がなければ誰か独りでも及ばない」

「しかし聖槍と聖鎧を身に纏った程度では、私を倒そうとするお前達全員には及ばない」

「数倍程度の力や魔力量の差があるだろうな」

「だが、今の私には、届かぬようだ」

 ランスを改めて構え、戦闘態勢を継続したまま歩こうとする母上。
 今の一撃は間違いなく母上にも負荷がかかっているだろうに、それをものともせずに歩を進める。
 恐らく爆発の前に見えた俺の所に歩を進めているのだろう。鎧とランスの重厚な音が、嫌なほど耳に響く。

「さて、煙も晴れて――む?」

 しかしその音は、一歩進んだ所ですぐに途切れた。

「生憎、と。私は身体だけが頑丈なのが、取り柄でして……この程度は耐えられるのですよ……!」
「……流石だな。お前に仕えられて、バーガンティーもフューシャも幸福だろう」

 最も近くで爆発を受けたスカイは、母上の足を掴んでいた。
 アッシュの風の加護により直撃を避けられたのか、単純な身体能力か。スカイは地面に這いつくばりながらも、母上の足を掴んでいる。

「だが、お前だけでは――」
「ないのですよ、母上」
「残念ながら」
「っ!?」

 そして爆煙が晴れ、視界がハッキリしたと同時に――母上の視界に俺とメアリーが写り、互いに腕を振るえば当たる様な距離に居る事に気付く。

「何故――!?」

 母上が驚くのも無理は無いだろう。
 スカイに関しては母上も魔力障壁を咄嗟に放ったのは見えたはずだ。だから動ける程の傷しか負っていないのも理解できるだろう。そして足を掴まれたのも、魔力を持たない弱々しい掴みだったから掴まれただけだ。
 母上であれば、混戦でも魔力の有無から相手の接近などを感じ取る事が出来るはずである。

「馬鹿な、魔力は感じて――!?」

 しかし母上は魔力の近付きを感じ取れなかったはずだ。
 魔法の爆風を魔力障壁を張りながら防ぎ、近付く事で、視界が見えない中でも不意の一撃を喰らわせるかもしれないと注意は母上も払っていたはずだ。
 母上に近付く魔力は無く、スカイとスカイに付与された精霊や付加魔法のみであったはずである。
 だが、俺とメアリーは母上に接近している。母上にとっては予想外の状況だろう。
 この予想外の状況を作り出せた理由は一つ。

「お前ら、まさか障壁無しで……!?」

 魔法の爆発を、ただ魔力無しで受けきっただけの話だ。

「――【装填セット】」
「――【補充セット】」
「っ!?」

 そしてこの好機を逃すはずがない。俺とメアリーは母上がランスを振るう前に、最速、最短で――

「ごめん、母上」

 鎧を壊す、一撃を加えた。





備考1:王妃に聞いてみた
Q「王妃様、数倍の力を持つ相手に対してはどのように対応すれば良いですか?」
A「気合と根性で己が今の数十倍の出力を出せば良いだけだ」


備考2:メアリーとヴァーミリオンに聞いてみた
Q「気合と根性で、相手が通常の数十倍の出力を出す一撃を放ったらどうしますか?」
A「さらなる気合と根性で自分が数百倍に達して耐えれば良いのでは?」

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