追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

好きという感情(:朱)


View.ヴァーミリオン


 クロ子爵とオール義姉さんを黒い靄のようなモノから救おうとした時、俺はある光景が見えた。
 それが幻覚だったのか、事実であったのか。あるいは夢のようなモノであったのかもしれないが、ともかく俺は見たのである。
 クロ子爵にとって見たく無い光景、受け入れがたい感情。ヒトとしても親としても最低な部類に入るとある女の姿を。

『前世では俺を産んでくれてありがとう。お陰で、楽しい時間を得る事が出来たよ』

 そしてクロ子爵は前世の親を親として受け入れていた。
 俺であれば受け入れる事が出来なかっただろう女。例え血が流れていようとも、俺であればただ血が繋がっているだけに過ぎないと拒絶をしていただろうに、クロ子爵は受け入れていたのである。
 ……受け入れる事が全て素晴らしいと言うつもりはない。だが、クロ子爵のその言葉には俺には無い強さを感じられた。

――オール義姉さんも同じように……

 事実としてオール義姉さんはクロ子爵に強さを覚え、自身にも子供が居るのにも関わらず、こうして口車に乗せられた事を恥じていた。……受け入れがたい事があっても、現状と絆を子としてキチンと見る事が出来る強さに、親としての身勝手さを知ったのだ。だからオール義姉さんはクロ子爵に対しての牙が折られたのである。

――……口車。

 そう、口車。
 オール義姉さんはある人物に騙されて今回の件をやってしまったのだろう。暗い感情を突かれ、乗せられるがままに行動してしまった。……そして俺はそれを分かってしまっていた。
 記憶を読み取った訳でも無く、今こうして安らかに寝息を立てるオール義姉さんに話を聞いた訳でも無い。
 だが、クロ子爵とオール義姉さんの黒い靄に触れ、メアリーに離された後。俺は確信にも似た事を感じ取ってしまった。それは――

「別の誰かがオールを操ったかもしれない、ですか?」
「その通りです、メアリーさん」

 それはクロ子爵が今疑問に思っているように、オール義姉さんが誰かに操られているという事だ。

「操られたと言っても、言霊魔法のような操心系ではなく、今言った御方に、復讐心を利用された、ですか」
「……ええ。このような事を言う事自体、不敬である事は承知しています。ですが、オール嬢はその方に黒い靄の特性について聞いたというのです。ですから……少し気になりまして」

 そう言いながらクロ子爵は俺の様子を伺う。
 念のため父上がエクルと扉の対応をしているこのタイミングを狙い、聞かれない様に相談しているとはいえ、クロ子爵の怪しんでいる黒幕は俺にとっても重要な相手であるため俺の反応が気になるのだろう。しかしそれでも今この場で相談しなくてはならない程に、クロ子爵はその“御方”を怪しんでいるという事だが。

「…………」
「ヴァーミリオン君?」

 クロ子爵が怪しんでいる相手は、怪しむのも当然と言える相手である。
 なにせ黒い靄についての報告を受ける事が出来る立場であるし、この空間に父上が当然の如く入ったように入る事も出来る。なによりもクロ子爵を恨んでいると言える上に……俺を嫌っていると言える。疑うのも無理は無い。
 ……そして俺は先程、元々内包していたオール義姉さんの黒い靄から、よく知っている魔力を感じ取ってしまった。これらを踏まえると……

「ヴァーミリオン君!」

 俺の反応を疑問に思ったのか、心配したのか。愛しい女性であるメアリーが俺を心配して覗き込んでいた。

「大丈夫ですか?」
「……すまない、メアリー。大丈夫だ」

 駄目だな。先程は戦いでメアリーを怒らせたばかりだと言うのに、今度は心配かけさせてしまった。こんな事ではいつまで経ってもメアリーに負担をかけさせてしまう。

「クロ子爵の疑問は尤もだ。だがまずは兄さん達やグレイ達といった、関係者に問題が無いかを確認をしたほうが良いだろう。そこで問題があれば、クロ子爵の疑問通りの相手を疑うべきだが、まずは……」
「人命を優先、確認が先、ですね」
「そういう事だな」
「手分けして確認したほうが良いですかね?」
「……いや、もしも狙っているのがクロ子爵であれば分散させるのは危険だ。まずはお前達が先に行って確認して来てくれ」
「お前達?」
「俺はオール義姉さんを安全な所に運び次第、合流する。父上は城の者を手早く納得させるためにもそちらに居たほうが良いだろう」
「一人でさせる訳にはいきません。私も――」
「メアリー、俺の心配よりもクロ子爵を心配してやってくれ。問答している時間は無い、頼むぞ」
「…………分かり、ました」

 俺の発言に疑問に思い、俺の心配をしてくれるメアリー。
 その優しさが嬉しいが、今は俺の言葉に従って貰おう。

――問題を解決するためには、これが一番だ。

 俺の言葉に疑問に思った者も少なからずいるようだが、それぞれが此処から去る準備をし始める。
 俺は出来る限り周囲、特にメアリーに怪しまれない様にオール義姉さんの近くに行き、容態を確認しつつ担ぎ上げた。……軽いな。オール義姉さんが痩せているというのもあるが、この軽さはまるで数日なにも食べていないような軽さだ。

――軽い、か。

 そしてふと、軽いという言葉と、先程見た光景を踏まえてある人物を思い出し、その人物の方を見る。

「? どうかされましたか、ヴァーミリオン殿下。私になにか?」

 すると偶然その相手……ヴァイオレットと目が合った。ヴァイオレットはまだ目を覚まさないオール義姉さんを見て、クロ子爵が先程の後遺症が無いかと心配そうに身体を労わっているようであった。

「……いや、なんでもない。クロ子爵を支えてやるんだぞ、ヴァイオレット」
「ええ、当然です」

 ……しかし、なんとも不思議な感覚だ。
 俺が見た夢か幻かのあの光景の中には、ヴァイオレットの俺に対する恋愛の情があった。出会ったその日に一目惚れされ、十年間近く好かれていたという事実。

――……ヴァイオレットは本当に、身分なんて関係無い俺を好きだったんだな。

 外見のみの好意であったかもしれない。
 だがアレが事実だとすれば、間違いなくヴァイオレットは“俺”を好いていたのだという事になる。……今更どうにもならないが、好きという感情を理解していれば、学園であのようにならなかったのかもしれない。

――好き、か。

 …………。さて。
 今回の騒動は、本来なら前向きなその感情が元となった騒動だ。とても傍迷惑であり、感情自体は否定できないから面倒な騒動。
 そして俺は……

――息子として、解決しなくてはな。

 クロ子爵のように感情の整理が付けるとは思えないが、俺も子として、親の不始末は片付けなければならない。
 そう決心し、皆を騙す事を申し訳ないと思いつつ。皆でこの空間を出て王城内部に向かうのであった。



「…………」

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