追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
素敵な恋心
~???~
初めてお会いした彼は、とても美しく、輝いて見えた。
『はじめまして、ヴァイオレット嬢。このたび貴女と“こんやく”をむすんだ、ヴァーミリオン・ランドルフと言います。……よろしくおねがいします、きれいなお姫様』
政略結婚の意味をよく知らずに、ただお父様に将来結婚する相手と聞かされて紹介されたヴァーミリオン殿下。
初めて会った彼は、それこそ物語の世界から出てきたのではないかと思うほどに素敵な男の子で、私は見惚れてしまった。
私、ヴァイオレット・バレンタインは、ヴァーミリオン殿下と出会った瞬間に、彼に恋をしたのだ。
――ヴァーミリオン殿下と、大きくなったらけっこんできる!
その事実が嬉しくて、たまらなく嬉しくて。
私の髪の色が殿下と似ているのだと、小さな事でも繋がっているようで嬉しくて。
バレンタイン家の厳しい教育も、将来殿下と一緒になるためなら平気だと、彼に相応しい女になってみせると、そんな恋心が心の支えになっていた。
――私は、誰よりもヴァーミリオン殿下が好き。
靡く綺麗な赤い髪も。
透き通るような全てを見通す瞳も。
勇ましくもお優しい性格が出ている声も。
彼以上に素敵な男の子が現れるなんて絶対に無い。
――大好き!
私は将来殿下と結婚出来るんだ。
バレンタイン家の教えを学び、振舞えば良い。そうすれば殿下に相応しい女になる事が出来て、大好きな殿下と一緒に要る事が出来る!
誰かに奪われたくない。
誰にも奪わせない。
――メアリー・スーにも渡さない。
彼女は平民であり、殿下に相応しくない。
妬ましい、憎らしい、許さない、許さない、許さない――!
――嫌だ。
何故殿下は気が付けばメアリーと一緒に居るのですか。
何故殿下はメアリーと一緒に居ると私に見せないような笑顔を見せるのです。
何故殿下は――メアリーの傍が貴方の居場所のように振舞うのですか。
――嫌だ。嫌だ。
私が婚約者だ。
私は殿下に相応しい女だ。
私は昔から殿下が好きなんだ。
だから他の女を見ないでください。
だから他の女に微笑まないでください。
だから他の女の傍に居場所を見つけないでください。
だって私は――
――誰よりも、ヴァーミリオン・ランドルフが好きなんですから。
◆
「……随分と、まぁ」
一通り見たく無いモノを見て、俺は小さく溜息を吐いた。
自分自身がどうなっているのかはよく分からない。だが、とりあえず認識出来る事はよく分からない空間で、地面の上ではないのに立っているという感覚がある不思議状態だ。
そして先程からヴァイオレットさんのヴァーミリオン殿下への好きという感情とか、昔の光景を見せられている上に、感情が流れ込んでくる。
「で、なんで貴女もいるんですか、オール嬢」
「……知らない。オマエと繋がっている状態だからじゃないか?」
そして何故かこの空間にはオール嬢も居た。
俺と同じように空中に立っており、身体は変色や変形せずに一緒に居るのである。
……何故だろうか。この空間は俺の知っている限りでは、こんな風に二人で見る事もあるのだが、オール嬢と見るなんて事はまず無いだろうに。
「オマエと繋がっている……今の表現、なんかエロくないか?」
「知りませんよ」
なにを言っているんだこの方は。思春期の中学生か中年かなにかか。
「それで、オマエはこの空間について知っているのか?」
「ええ、少しは」
この空間は、要約すれば見たくもない現実を強制的に見せられる夢の空間である。
メアリーさんも謎と評したあの黒いナニカの能力……かどうかは詳細は不明だが、ともかく能力の一種。
見たくもない現実を見せ、精神を摩耗させ、魂が死んだ所を乗っ取る。黒いナニカに身体を乗っ取られた人は、外見などがそのままで、文字通り別人のように暴れまわる。
しかしあの乙女ゲームにおいてこれが出る時は、既に主人公と攻略対象が結ばれて最後の一戦であるので、これを喰らっても「この程度で私達の仲は引き裂けない!」といった類の展開に繋げるための、ちょっとした能力に過ぎない。そして心が死ななかった相手に対しては、弾かれるだけで済むのである。
「とはいえ、逆に能力を手中に収めた御方もいるようですが」
「まぁね。元々そのつもりでコレと接したから」
だが、元から受け入れる予定であると、この能力を手中に収める事が出来る。
ローシェンナ……どこぞのヴァーミリオン殿下狂いの言霊魔法使いが、あるルートでこのナニカと似た力を手にして立ち塞がる事があるのだが、それがこのナニカと同じ種類のモノであり、ローシェンナは受け入れたからこそ使えていたというのである。
それと同じ事をオール嬢はやったのだろう。
「ちなみに受け入れるつもりでもこういう見たくない風景は見せられ、弱さを見せたら乗っ取られるそうですが、オール嬢は耐えられたんですね」
ローシェンナの場合は、ヴァーミリオン殿下がコーラル王妃の子でない事を含めた、“完璧な殿下像が崩れる慟哭や弱さ”を見せられ、俺の場合は今も繰り広げられている上に、問答無用で流れ込んでくるヴァイオレットさんのヴァーミリオン殿下が大好きという感情だ。
オール嬢の場合はなにを見せられたのだろうか。
「私か? 私はカーマインさんがクロ・ハートフィールドという男を如何に愛しているかという感情を延々と見せられたぞ」
「なんかごめんなさい」
俺は悪く無いと思うのだが、つい謝ってしまった。
……というか今そっちを見せられたら俺が心が折れそうだ。折れた後見せた事に対して行き場の無い怒りを撒き散らすだろうが。
「それで、オマエは?」
「はい?」
俺がカーマインの俺への愛の感情を延々とぶつけられる事を想像し鳥肌が立てていると、オール嬢は腕を組みながら鋭い目つきでこちらを見る。
だがその問いの意味はどういう事なのだろう。
「私はオマエへの恨みと前情報があったからどうにか出来たが、今のオマエはどうなんだ。愛する妻の別の男への愛の感情だぞ。……平気そうに見えるが、折れはしないのか」
ああ、その事か。
まぁ見ていたいと思うものでは無いけど……
「今もこの感情ならば辛いですけど、過去にあったのは事実です。それを否定したくは無いですから」
「……羨ましいねぇ。出会ってから一年も経っていないのに、お義父様に喧嘩を売る程の随分と深い夫婦仲のようだからな」
「ええ、俺は受け入れた上で今のヴァイオレットさんが好きなんですから」
「……私も、昔から素直だったら、カーマインさんとそういう仲に……いや、それはオマエにも失礼か」
昔のオール嬢については知らないが……素直に、という部分は俺も思わないでも無いんだけどな。
「というかそんな事より今のヴァイオレットさんが大好きなんです。文句ありますか!」
「ねぇし聞いてねぇよ。ハッ、しかし良かったな」
「なにがです?」
「もしもヴァイオレット嬢とヴァーミリオン殿下の情事が過去に有れば、それを見せられたかもしれんぞ。それを見せられたらお前も心が折れていたかもな」
「いや……婚約者以外と自らの意志でそういう事を遊びでしていたのなら軽蔑しますが、成人した女性で婚約者となら……うん、そういう事もあるでしょうよ。それで心が折れる訳ないでしょ」
「……お前、結構心広いな。“彼女はそんな事は無い!”と怒らせるつもりだったんだが。男は結構穢れないとか求めるからな」
怒らせるつもりだったんかい。というかオール嬢の口調が先程から割と悪いが、これが素だったりするのだろうか。
大体俺はどこぞの母のように、そしてどこぞの父のように不貞を働くのが嫌いなだけだ。
政略結婚とか望まぬ結婚が故での不貞とか真実の愛とやらならまだ良いのだが、そうではなく、性欲に負けて裏切ったり、開き直ったりするのが嫌いなだけで……
『は? 私は親である前に女なの。それを捨てる気はないの。分かる? というか、自分以外の誰かのために、なんで自分を犠牲にしないと駄目なのか意味分からないし』
そうそう、こんな風に。
ただ自分が好き勝手やるための言葉を吐く、相手を意思持つ生命と思っていないような、女が苦手で――
「ん、なんだ、この女性は? というかあまり見ない部屋の模様だな……? それに赤子……?」
……ああ、くそ。これは確かに見たくないな。
ナニカは随分と相手を理解して光景を見せるモノだ。本当に腹が立つ。
『ま、というわけで、ソレ、アンタの妹だから。後は勝手に面倒診て。じゃあ』
……本当に、腹が立つ。
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