追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
否定思考、積極行動
「一瞬で良いんだ」
パチンと、まるでマジシャンのように注目を集めるためにオール嬢は指を鳴らす
その行為がなんの意味を成すかは分からないが、なにかの合図という事は理解したので、俺は周囲に警戒をしつつ咄嗟にヴァイオレットさんを庇う形で前に出た。
ヴァーミリオン殿下やエクルも距離がある扉の前にいるメアリーさんに気にしつつ、オール嬢に次の挙動に注視した。
『…………っ』
ただクリームヒルトとメアリーさんは、何処か別の事に気を取られたかのようにしていて、指を鳴らした音で我に返ったような反応を示していた。
まるでなにか別のモノ見ているような、あるいは感じていたような。ここにはないナニカに意識を割かれていたような挙動
「うん、会えたね」
各々が行動をする中、オール嬢のその言葉が空間に響く。
先程までの何処か狂った声でも無く、合間に見せていた毅然とした声でも無い、小さな子供のような声。
「媒体が必要なら、使って良いよ」
その声はこの場に居る誰かに向けられている訳でも無い声で。
時間にすればオール嬢の頬から落ちた滴が地面に落ちもしない、一瞬にも満たないにも時間にも関わらず確かに紡がれた言葉であった。
「メアリーちゃん、閉めて!」
「クリームヒルト、抑えて!」
オール嬢の言葉が発せられる前か後かは分からないが、クリームヒルトとメアリーさんは同時に言葉を発し、同時に相手が望んだ行動を行った。
「【 】」
メアリーさんは唐突に開きかけた封印の扉を、俺と最初に戦った時のような数と規模を誇る魔法を同時展開させ、閉じようとする。
ただあの時とは違い、全てが実用性を重視した魔法であり、全てがこの場に居る彼女以外が全力で後先を考えず魔法を放ってやっと出来る様な規模の魔法であった。
「――っ、ダメです。全ては抑えられません!」
しかしその規模の魔法を全て扉を閉める事と中から出ようとするモノを押さえるために使っても、中からナニカが漏れ出たのが見えた。
ナニカ、の正体は分からない。ただ中のモノを想像すれば、楽観視できるような代物でない事は確かだ。
「【□□□】」
メアリーさんが最初の魔法を放つと同時にオール嬢に向けて走ったのは、白――ではなく、昔の白と同じ目をしたクリームヒルト。
こちらは錬金魔法で一瞬にしてなにかを作り、走りながら作ったモノを投げつけた。
それは捕縛用のような白く光った紐のようであり、布のようでもある、見ると“神々しい”という言葉が相応しい代物であった。
――アレがクリームヒルトの全力。
あらゆる方面に秀でた才能を持ちながらも、周囲に溶け込む事を望む事により抑え込んでいたクリームヒルトが、才能を遺憾なく発揮した代物であると、その神々しい布を見て俺は直感的にそのように理解した。
「……………………」
ただ、代物自体がどんなに優れていても、間に合わなければ――使わなければ意味を成さない。
最速、最短、最適行動で始まりの行動をしても、終着に繋がなければ叶わぬ夢となってしまう。
『――――!』
ならば俺達がフォローをすれば良い。
俺達はこの場に居てなにも出来ずに傍観者で居る程、無能でも役立たずでも無い。
かといって自分を過信してでしゃばるつもりも無い。
この場に居る全員が二人とはワンテンポ遅れても、言葉を交わさずに出来る事を行動に移した。
「ああ、来て」
例えば俺とヴァイオレットさんは、扉から漏れ出たナニカを受け入れようとするオール嬢をクリームヒルトと一緒に抑えるように動き。
「私ばかりに注視して良いのかな」
例えばヴァーミリオン殿下とエクルは、扉から溢れたナニカが形を作って兵隊のようにメアリーさんを邪魔しようとするのを阻もうと動いた。
――見える。
クリームヒルトの速度と放たれた布ではナニカがオール嬢を覆うのは一コンマ数秒間に合わず。/布でその後を抑え込む事は可能であり。/クリームヒルトは既に祓う事よりも抑える行動に移行している。/ならば布自体にはナニカに対する解決策がある。/俺が対応出来るのには妨害が無くて四秒。/ヴァイオレットさんは魔法も含め遅れて二秒。/クリームヒルトは俺と同じように見てかつ考えている。/同時に直感を活用している。/
――最悪を想定し、最善に行動しろ。
ヴァイオレットさんを守りつつ。/ヴァイオレットさんに守られつつ。/クリームヒルトを助けつつ。/クリームヒルトに助けられつつ。/オール嬢を抑えつつ。/オール嬢を救いつつ。/出来ると慢心して。/出来るんだと活を入れて。/見えた事柄を考え。/全て忘れる。
――やらせない。
俺や俺の大切な相手を害する相手を救う気はない。
けれど、目の前で狂った相手を救えずに、出来る事を出来ずに機会を逃すのは俺達にとって傷となる。
悪人だから目の前で死んでも良いし、気にならない。そんな事を言えるほど俺達は強くも弱くも鈍くも無い。……極端に言えば、カーマインとて目の前で自害でもされたら心に傷を負う。
そんな傷を負わないためにも、負わせないためにも。
――俺達のために。
俺の我が儘のために、今出来る事をする。
「うん、良かった。ちゃんと見えているようで」
だから、一つの選択肢を見落としていたのだろう。
ナニカが憑りつく先が、オール嬢では無いという事を。
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