追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
気が付かぬ所に迫る影(:紺)
View.シアン
「ところで、フェンリルのお肉って美味しいんかな?」
「筋張っているそうですが、長時間煮込むと柔らかくなって美味しいと聞きますよ」
「へぇ、そうなんだ。スイ君物知りだね」
「ハッハー! 物知りな事は良い事だ。どうだ、俺達も肌と肌をもっと深く知り合わないか! 三人でも良いぞ!」
「どっから出て来たのカー君」
見回りがてら、雑談をしながらスイ君と歩いていると、唐突にカー君が現れた。
相変わらずの神出鬼没であり。相変わらずの色情魔ぶりである。というかナチュラルに入って来ないでほしい。
「おはようございます、カーキーさん。シスター・シアンを誘うと神父様に怒られますよ」
「確かに神父様の前だと、あの神父様でも本気で怒りそうだな! だったらヴァイスだけでも良いんだぜ!」
「お断りします。クリア教の教義上、そして個人的な感情でも私は将来の伴侶以外に身体を許したくは無いので」
「それは立派な心掛けだぜ!」
シキに来た最初の頃は、自身の外見にコンプレックスを持っていたため一歩引いていたスイ君だが、カー君がこういった性格だと分かった後は特に気にする事無く対応出来るようになった。そしてカー君はそれを理解した上で、「対応出来るという事は心が開いている証拠だから可能性はある!」と誘うようになった。相変わらず強いというか、少し見習いたいというか。
「だが、身体を許す以外でも楽しむ方法はある。という訳で、ヴァイス。これをあげよう」
「なんですか、この本?」
「色々と夜に盛り上がる本だ。勉強にもなるぜハッハー!」
「よ、夜に盛り上がる勉強?」
「おいコラ大切な後輩になにを渡そうとしてんの」
「シアンが必要ならシアンにあげるぜ?」
「いらない」
それ以前クロに新婚祝いにあげようとしたけど突き返された奴じゃん。そういった知識が大切なのは分かるけど、後輩を惑わすんじゃない。
そして私も必要…………、ない。私達には必要ない、うん。……ないよね? 神父様をその気にさせるために知識として……いや、絶対にない!
「必要ないなら仕様が無い。いつか必要になったら俺を呼んでくれ! いつでもやるぜ!」
「はいはい。それじゃ、カー君は今夜誰かの相手を探してきなさい」
「ん? いや、今夜の相手というか、この後の相手は既にいるんだぜ」
「え、そうなの」
カー君は清潔感あるし、顔も整っている方だ。性格も失敗しても沈まずに明るく、話術もあって相手を楽しませるので相手には困らないだろうけど……こう言って失礼だけど、ちょっと意外だ。
「ああ、シキに来たばかりの美しく、可愛らしい女性だ! 性格も積極的なんだぜ!」
「へぇ、良い子見つけたんだ。楽しんで来れば良いんじゃない?」
「ありがとうだぜ! 今は楽しむ前の準備をしているらしいが――おっと、そろそろ時間だぜ。それじゃ俺はいって来るぜハッハー!」
「いってらー」
「いってらっしゃいませ」
「それじゃいってくるんだぜハッハー!」
「…………。……ところで、カーキーさんはお相手が居るなら、何故私やシアンお姉ちゃんを誘ったんでしょうね」
「多分挨拶だったんでしょ」
そして受けたら皆で楽しもうとか言うタイプだ。いつかは刺されそうな気もするが、カーくんなら大丈夫だろう。
しかし、カー君の相手か……口ぶりから察するに旅行客か冒険者だろう。相手は後腐れの無い相手を選んでいるだろうけど、そっちの方面で問題が起きなければ良いけどね。
「ま、カー君があの調子ならシキも平和な証拠かもね」
「カーキーさんは世界が滅びる寸前でも、あの調子だと思いますが」
……うん、そうだね。否定する材料が一つもない。
「それじゃ、私達は見回りの続きを――」
「よう、シアンにヴァイス。丁度良い所に居た」
私達は見回りを再開しようとすると、アイ君に声をかけられた。そして声の振り返ると……
「あ、アイボリーさん、なにか御用で――うわぁあああああ!? ち、血だらけ!?」
そこには服が血で染まったアイ君が居た。
突然の殺害現場帰りの人物と出会ったかのような状況にスイ君は怯えて私の後ろに隠れようとしたのだが、寸前の所で思い留まり、私を庇おうと一歩前に出ようとしていた。その様子がとても可愛い。出ようとしたけど出れていない所が特に。
それはともかく、アイ君はどうしたのだろう。自分が怪我をした、という訳でも無いし、普段は清潔なアイ君が血だらけのまま歩くなんて珍しい。
「悪いが薬を貰えないだろうか。今グリーン氏も愚薬師も居なくて困っていたんだ」
「なにが必要なの?」
「術後処理に使う――」
アイ君に言われ、私はいざという時に使えるように持ち歩いていた鞄の中から薬を出す。
ええと、今言われた種類と量なら……うん、手持ちの奴で充分だ。丁度良かった。
「はい、これ」
「スマン、恩に着る。お代は後で寄付しておく」
「それは良いけど、私達に手伝える事は無い?」
「既に心配は要らん状態だから気持ちだけ受け取っておく。お前らも大怪我をしたら俺の所に来い。俺が観察し堪能した後、治してやるからな!」
「観察するのは良いけど、堪能はしないで」
と、言いつつアイ君には去っていった。
とはいえ、実際に大怪我をしたら、アイ君に頼るとは思うけどね。堪能はしないでほしいが。
「というより、お前ら“も”大怪我をしたらって……」
「多分事故かなにかで冒険者とかが大怪我をしたんでしょ。でもあの調子って事は、多分見事に治したね。腕が千切れたとかくらいならくっ付けると思うし」
「……凄いですねー」
怪我に興奮する性格だけど、腕は本当に良いからね、アイ君。
「だけど、色情魔なカー君に、怪我愛好家のアイ君。……普段通りって感じがして、良いね」
「……普段通りですねー」
スイ君は何故か遠い目をしているが、シキが危険かもしれないという時にああやっていつも通りの面子を見ると少し安心する。
神父様が近くに居ないのは寂しいし、クロ一家が居ないのはちょっと物足りないし、リアちゃんやローちゃんが何故か見当たらないのは少し気になるが、こういった普段通りを見るとこういった光景を守らなくちゃとは思う。
……クロもこんな風なんだろうな。
「……ところで、別に誰かの前でも、普段通りシアンお姉ちゃんと呼んでも良いよ?」
「……なんの事でしょうね」
私がニヤニヤとしながら言うと、スイ君は恥ずかしそうに目を逸らした。本当にこういう所も可愛いね、スイ君。シューちゃんが可愛がるのもよく分かる。
「さて、今の所シキを脅かす存在は見当たらないけど、引き続き気を引き締めて行こう!」
「は、はい!」
そしてこの可愛さを曇らせないためにも、頑張らないとね!
今の所は特に問題は無いけど、問題を起こさないようにしないとね!
◆
「■■様、この向かわせる女性ですが……」
「多くの男を惑わし、情報を盗み取った女だな。褒め言葉として稀代の悪女と称され、付いた渾名が【輪を乱すモノ】だ」
「……彼女を向かわせるのですね」
「そうだな。……どうした、カーマイン。なにか問題が?」
「いえ、即時効果のあるモンスターが失敗した時のために、モンスターで少なからず混乱した隙を付き、関係性を壊す方向性は良いと思いますよ。ええ、百戦錬磨のこの女性自体が惑わされる可能性がある事は無いでしょうし」
「……? なにか反応が気になるが……」
「いいえ、気のせいです。こちらの医者の責任問題を追及させる案も素晴らしいと思いますよ。スカーレット姉様の件も含め、医者と薬師を抑えればシキは混乱するでしょうからね。ええ、抑える事が出来たら本当に良い結果となるでしょう」
「……カーマイン」
「どうされました?」
「……失敗すると思っていないか?」
「ははは、気のせいです」
備考1:【輪を乱すモノ】
多くの男をその美貌と身体を使って惑わし、情報を盗んでいた間者。国のためというよりは、己が快楽のために動いていた。
彼女の技術をもってすれば、多くの男は骨抜きにされる。混乱させ、関係性を壊す方向にその技術を向ければ、小さな集落はたちまち崩壊するだろう。
……のだが、この後に彼女はとある男性によって骨抜きにされ、浄化されて今までの行為を反省し、心機一転し清廉潔白に頑張る様になったとか。
備考2:大怪我を負った者
身分がそれなりに高く、親が権力を盾に色々する貴族。
しかし今回命令した自分より権力のある首謀者(カーマインと話している相手)に命令され、追い詰められた。そして大怪我を敢えて負い、治せない部分を責任追及して混乱させる役割を実行した。
……のだが、見事に後遺症なく治される。この後彼は手際の良さに感動し、心機一転して真面目に医者を志したとか。
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