追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

理不尽だからと言って(:灰)


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「よし、それじゃ、周囲も少し静かになったし、脱出を再開するとしようか」

 状況を簡単に説明し、淹れたて珈琲を一気飲みしたゴルド様は、カップを机に置くと立ち上がってそう言って来る。
 ……一応洗っておこうか。いや、そんな余裕は無いので放っておこう。……本当に申し訳ないです、この部屋の主の方。

「ああ、それとそっちのエルフ男」
「え、私ですか?」
「この場にエルフの男は君しかいないだろう。すまないがカナリアを運んでくれ」
「は、はぁ、私がですか?」
「そうとも。いつまでも女に運ばせるもんじゃないぞ。そこはさり気無く気を使ってやらねば」
「……了解しました」

 バーント様が「元男だと聞いているし、先程まで片腕で担いでいたよな……?」といった表情をしている気がしたが、ともかくバーント様はカナリア様を担いでいくようだ。
 出来れば私も手伝いたいのだが、カナリア様は私より背が高いうえ、私は腕力は担いで走って動ける程に筋力は無い。ここはバーント様が担ぐのを補助する形に徹したほうが良いだろう。

「ゴルド様、少々よろしいでしょうか」
「ん、どうした。つまらない事なら後にしてくれ」

 しかしその前にゴルド様に聞いておきたい事がある。
 皆様がカナリア様を担ごうとしたり、外の様子を伺っている中、私はゴルド様にこっそりと尋ねた。しかしここでつまらない事、という辺りはゴルド様らしい。

「ゴルド様が私め達を助けてくださったのは感謝いたします。しかし疑問が有りまして」
「疑問?」
「はい。ゴルド様は善良な御方だとは思うのですが、快楽的にヒャッハーするゴルド様が素直に私め達を助け出した、という点がです」
「グレイ、君は偶に毒舌だな」

 毒舌……確か父上も偶に言っていた気がする。だが生憎と私はエメラルド様のように毒は食べないのだが……何故そう言うのだろう。

「快楽主義者なのは否定はしないが……ま、依頼されたからだ」
「依頼ですか?」
「そう、依頼だ。依頼されて、気が乗ったから、こうしてやっているに過ぎない。……全く、面倒な奴に面倒な事を頼まれたモノだ」
「メアリー様がその時気分で依頼を受け、王族依頼だろうと真っ当に解決する手段を取らないというゴルド様が依頼を……」
「あの馬鹿弟子、今度会ったら覚えておけよ」

 ううむ、だとしたらメアリー様も「偶にはまともに錬金魔法使いとして仕事もするんですがね」と仰っていたし、派手にせずに目標の私達だけを救って下さったのはそれが理由だろうか。
 ……なんとなく、その依頼をした方がゴルド様にとって大切な御方だから受けた、と思えるのは気のせいだろうか。

「よし、質問に答えた所で行くぞ」
「はい。…………」
「どうした、なにか不満そうだな」

 質問は終わったので、私達も攫われる続きの準備をしたほうが良いかと思っていると、ゴルド様が私の様子を見て尋ねて来た。

「申し訳ございません。追いかけている方々の首謀者を思うと少々思う所がありまして……大丈夫です、今は攫われる事に集中します」

 ……どうやら内心が溢れてしまったようだ。いけない、つい先日も内心が抑えきれず、アプリコット様達に迷惑をかけて妹大戦を起こしたばかりだというのに。もう少し抑えられるようにしなくては。

「何故だ」
「はい?」

 しかし、切り替えようとしているとゴルド様が何故か私に尋ねて来た。
 何故……というと、何故不満なのか、という理由を尋ねているのだろうか。

「何故……というと、やはりカナリア様を傷付けられたから不満です。しかもその理由が、父上達への八つ当たり……逆恨みとなるとなおさらです」

 今回の一件は、真偽はまだ分からないが、ゴルド様の話を纏めると理不尽で逆恨みな事だ。
 そしてその逆恨みで大切なカナリア様が傷付けられたのだ。不満であるのは仕様が無いと思う。

「……別に八つ当たり程度は世の中に溢れているだろう。今更目くじらを立てて、一々反応している方が面倒ではないか」

 ……なにを言っているのだろうか、ゴルド様は。

「いいえ。父上……クロ様は間違った事はしていないのに、今まさに不条理を受けようとしている。それに対して不満が出ないはずが有りません。私めにとって大切な御方が傷付かれようとしているのですから」
「だから不満だと?」
「はい。……あの時、誰かを守ろうとしたクロ様の行動は正しいと思います。それを否定する事が許せないのです。……悪意で善意を塗りつぶそうとするのが、許せないのです」

 だからこそ私は今、苛立っている。
 こんな薄暗い感情を抱くなど良くは無いと分かっているのだが、どうしてもそれが抑えられない。

「幼い正義感だ」

 そしてゴルド様は私の発言を、そう評した。
 つまらなそうに、興味が失せたかのように。

「世の中は正しい事が間違っている時が、間違っている事が正しい事がある。それに対応していくのが大人だ」

 貧民街スラムに住んでいた頃、貧民街から外れた場所に行った時に向けられた一般人とやらの視線や、前の御主人様が私を見捨てた時に見て来た目と同じモノ。
 それをゴルド様は私に向けている。

「世の中は不条理、不平等、不公平。それを理解した上で、過程を知らねば見えて来るモノも見えてこない。短絡的に正しい正しくないを語るべきではないぞ」

 子供にはそれが分からないだろう。
 ゴルド様は言外にそう語っていた。

「そうですか。ですが私めは相手が正しく無いと言います」

 しかしゴルド様に言われたからとて、私の意見を覆すつもりはない。
 事実私は子供であるし、分からないことだらけだ。
 今回の件も裏ではなにかあるのかもしれない。正しい順序を辿っても、間が悪い事が起こり、私にとって納得いかない情報として入って来ているかもしれない。

「世の中に不条理が溢れているとしても、今を不条理それをする事が肯定される訳ではありません。例え相手にも立場や理由があろうと、行為を肯定してはならないと思います」

 不条理で感情に任せた負の行動が“人間らしい”と評されるかもしれない。弱さも人間故の心なのだと。

――けれど、今されている事を許せと言われるのは、納得いきません。

 私の苛立ちはそれだけの我が儘だ。
 この答えが子供だと評される行動ならば、私は子供で良いと思うし、それのなにが悪いのだと開き直った方が楽である。
 ……かつてクロ様やアプリコット様の生き方に憧れた様に。将来後悔したとしても、今はこれが正しいと思えるという事をやりたい。

「……うん、良い目と答えだ」

 そして私の答えに、先程までとは違った表情でゴルド様は私を見ていた。
 これは……私に興味を持っている。

「はは、世間を知らない幼稚な答えだ。大勢を見ない愚かな返答だ。だが――だが、うん、良いぞ良いぞ。変に擦れて諦め、つまらないヤツよりは何百倍もマシだ!」

 笑いが抑えきれない、といった言葉にバーント様とアンバー様が慌てて振り返る。
 静かにしなければならないのに、急に大声を出し始めたのだ。当然と言えば当然だろう。

「ははは、そうだよ、世の不条理が溢れていたとしても、それをされたままと言うのは納得いかない。ああ、そうだ、そうだとも! だからこそ、大人しくしているというには性に合わないな! そもそも私はそうやって生きて来た! まったく、幼馴染に頼まれたからと性に合わん事をやっていたな! なんて私らしくも無い! これではどこぞのバカ王と同じではないか!」
「ゴ、ゴルド様。そのような大声を出しては周囲に気付かれ……!」
「だったら!」

 アンバー様の止めに対し、ゴルド様は無視して大声を張る。
 それに気付いただろう方々が近付いて来る足音が聞こえてくる。

「だったら――私らしく、子供らしく。派手に行こうじゃないか!」

 ……何故かは分からないが、ゴルド様はテンションが高いようだ。
 そして同時に……

「アプリコット様、アプリコット様」
「なんだ、グレイ」
「なんとなくなのですが、私め達はこの後ゴルド様に対し、“味方で良かった”というような展開が起こる気がするのです」
「奇遇であるな、我も同意見だ」

 途中から気付けば近くにいたアプリコット様に尋ねたが、やはりアプリコット様もそう思ったようだ。
 ……しかし、何故だろうか。先程まで静かに進もうと思っていたのに――はっ!?

「もしや珈琲によってテンションが高くなったのでしょうか……!?」
「いや、それとは違うと思うぞ。……だが、グレイのお陰である事は確かであろうな」
「? どういう意味ですか?」
「さて、な」

 アプリコット様は私の問いに対し、何故か微笑んで私の頭を撫でるのであった。
 ……嬉しいが、何故今撫でたのだろう。

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