追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
逆恨み(:菫)
View.ヴァイオレット
私とよく似た彼女は、悪役であった。
その作品では様々な悪、敵がいる中で、他の登場人物は救いや味方になる事が多い中、味方になる事も救われる事も無い、物語に緊張感と問題をもたらす悪役令嬢。それがあの世界の私の役割であるそうである。
当然あの世界の“ヴァイオレット”と私は違う存在である。クロ殿と出会った私は、誰にもこの場を譲れない“意志”を持って立っている。
「荒唐無稽。私の知人の話を聞いた時、初めに浮かんだ感想はそんなものだ。だが、無視出来ない事柄を多く言ってのけた。認めざるを得ない未来も予言した。……アイツの能力上、なにを知っていても驚きはせん。しかしそれだけでは説明出来ない事が多くあった」
しかしあの世界の“設定”が私達の居る世界において、共通している部分があるのも事実である。
ヴァーミリオン殿下の出生や、アッシュの契約、シャトルーズの技、シルバの特殊魔力の制御法。他にも多くの共通している事実はある。
「その中で、アイツも知らぬ情報があった。それがこの扉だ。アイツ曰く“敢えて俺には話さなかったのだろう”との事だ。……アイツ曰く、国を揺るがす出来事でもあるそうだ」
他にも王国秘史や、起こる可能性が高い災害といったモノも多く共通していた。
災害に関してはメアリーが率先して封じていたため、被害は抑えられている。だがメアリーが“抑えられている”という事は、同時に“災害という未知すらも、あの世界の出来事をなぞっている”という事にもなる。
それほどまでに酷似しているのだ。
「さて、お前達。この扉の中身を言ってくれるだろうか。――お前達は“答え”を知っているのだろう?」
だからこそ、国王陛下は私達に対して質問をして来たのだろう。
あの世界とも関わりが深く、あの世界を知っている私達に対して。
……他の者には聞かれぬように、人払いをしてまで、聞いて来ている。
それは国王陛下の言う知人とやらのような、好奇心ではなく、国を背負う王として聞いているのだ。荒唐無稽と思った事を、ただ独りの王として向き合いながら聞かねばならぬ脅威だと判断した故に。
「……分かりません」
そして国王陛下の質問に対し、初めに口を開いたのはメアリー。
「分からないのですよ、国王陛下。誤魔化しでもなんでもなく、分からないというのが答えなんです」
毅然と立ち向かいながら「分からない」と答える姿は、話を逸らそうと日和っている訳でも無く、真摯に対応しようと決めたが故の回答であった。
……しかし、何処か怒っているように見えるのは気のせいか。
「いえ、正確には曖昧であるんですよ、中に居る存在は」
「詳しく話して貰おうか」
国王陛下の言葉に、メアリーは「はい」と答えるとゆっくりと扉に近付いて行く。
その行為にヴァーミリオン殿下は付いていこうとするが、大丈夫と言うような微笑みと共に手で制されたので、動きを止めた。
「最初に現れるのはドラゴンでもあり、モンスターの軍隊でもあり、概念的な存在ともいえる。そして最初の扉の封印が解かれた後、さらにある扉からはある程度の形と名を持った存在が現れはしますがね」
「その名は?」
「クリア神」
その名を呼んだ時、国王陛下は聞き捨てならぬと言うように僅かに眉をひそめた。
「清廉であり透明である事を体現した、クリア教で崇められている女神です」
「……女神が、この中に居ると?」
「本人が言葉が残っている内はそう名乗りますよ。それにお話でもあるじゃないですか。“ランドルフ家は、女神の加護ぞあり”といった感じに」
「……クリア神が扉の中にいるからこそ、この空間では加護が強く、王族の私達に影響を及ぼす。そう言いたいのか」
「可能性としては高いのでは?」
国王陛下が眉をひそめるのも無理は無い。
クリア神は我が王国では国教だ。その国教で崇め奉られており女神が封印されており、国の脅威となりうる可能性があるのだ。とてもではないが黙っていられないだろう。
「やはり信じられるものでは無いな。女神がこの中に居るなど。それに、本当に居るのなら“分からない”などとは答えないだろう」
「ええ。……形を変えて、言葉も理解できない怪物になり果てた後は、謎の存在となります。そしてソレが女神を名乗る存在の元ではあるそうなのですが……なにかは不明なのですよ」
以前聞いた話だがそれは“想像の余地を持たせるために答えを出さない存在”だそうだ。
全てを明かすのではなく、謎である事で話の種として盛り上げる様な存在。であるからメアリーは分からないと答えたのだろう。
相手によって姿を変えるとも、国にとって混乱を招く存在に変貌するとでも、過去の王族が残した罪とも言える。
それがこの扉の先に眠る存在だそうだ。
「中に居るのはそんな存在です。対応については難しいモノが多いですが……策はあります。その件についてはお話しますが……」
「どうした、メアリー嬢」
「……その前にお聞きしたい事があります。私は貴方の質問に答えました。であれば次は私の質問に答えてください」
「……良いだろう」
メアリーは扉の前で止まり、国王陛下を睨みつけるように振り返る。
「何故、ヴァーミリオン君を実験に使ったのですか」
その言葉にはメアリーにしては珍しいほどの攻撃的な意志が有り、敵意すら混じっていた。
その光景に私達は息を飲む。国王陛下に対する不敬……ではなく、メアリーがそのように怒る理由が分からなかったからだ。
「実験? なんの事だ。私には質問の意図が読めない」
「……先程の戦いの際。私とヴァーミリオン君の戦いは最後に回されました」
「それがどうした。メアリー嬢が錬金魔法を使ったが故の処置だろう」
「私がそうしなくても、最後に回すつもりだったのでしょう? 最も王族の血が濃いヴァーミリオン君とスカーレット殿下の反応を見るために。――王族魔法を最も使えるヴァーミリオン君が、受けた加護を発散させないまま、影響を受け続けるとどうなるかを確認するために」
受けた加護、つまりは魔力が調子が良いという事。
メアリーが聞いているのは……つまり調子が良いというのが魔力の装填を意味するのなら、溜め続けたヴァーミリオン殿下はどうなるのか、という事なのだろう。
……もしや、だからヴァーミリオン殿下はやけに昂っていたのだろうか。だとしてもその予想ならば国王陛下もなるのではなかろうか。メアリーの質問はやや的外れのような――
「悪いが、私にそういった意図はない。だが、そう誤解させてしまったのならば謝罪はしようメアリー・スーよ」
……その言葉を聞いて、私はふと確信をしてしまった。
国王陛下は本当にこの場で――
「いやはや、メアリーという子は思ったより観察眼に優れているようだ」
そして、彼女は現れた。
この場に残るようにと言われた私達ではない第三者の声。
パチパチパチ、と。わざとらしい拍手と、とってつけたような賛辞の言葉を贈る女性の声。
「ちなみに実験の理由だが、息子達の二回のこの場の決闘に立ち会った際に、加護の影響の差を感じたんだよ。理由は分からなかったようだかね」
「…………」
「そして知人であるゴルド氏の言葉を聞き、扉の中の存在を滅すべき存在の可能性があると判断した。そこで――物語の主人公とも言える息子ならば、どういった反応を示すかに興味が湧いたんだよ」
彼女は知っている。
私もバレンタイン家に居た頃に何度か挨拶を交わした女性。彼女は……
「そうですよね、お義父様?」
「……オールか」
帝国貴族の、オールという名を持つ――カーマインの妻。
以前見た時よりも短くなった金色の髪を揺らしながら、にこやかに笑い、私達の前に現れたのである。
「何故貴女が此処に」
「いやですね、お義父様。私はお義父様の協力をしてあげているだけじゃないですか」
「協力だと?」
「ええ、協力です」
オールはにこやかに笑いながら、私を見て――隣に居るクロ殿を見る。
「そこの男の強さを証明するために、あのようなことをしたのでしょう? ですが……アレだけでは足りません。もっと特殊な強さも見せないと」
「オール、貴女はなにを」
「決まっています。私がされたように――」
オールは両手を広げ、なにかを歓待するように見上げる体勢をとる。
「――ソレの大切なモノを奪ってやる」
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