追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

少女のような(:菫)


View.ヴァイオレット


「――我が身体に流れる気高き王族たる血を持って――」

 近接戦闘を行いながら紡がれる、とある詠唱。
 その詠唱の意味を知っている者達――特に殿下達には妙な緊張感が走っていた。

「――顕現されるこの一撃を手向けとして受け取れ」」

 他の魔法には無い文言の詠唱は、王族のみが使える王族魔法だ。
 そしてこの詠唱はクロ殿やクリームヒルトにも聞いた、王族魔法の中でも最も難易度が高いと呼ばれる、

「【珠玉のシリウ――】」

 そう、【珠玉の星シリウス】と呼ばれる王族魔法の中でも最上級魔法――

「――ズッ!?」

 なのだが、その魔法は発動される事無く、バーガンティー殿下の苦悶の表情と共に不発に終わった。
 苦悶は先程のクリームヒルトに腹部に殴られた痛みからくる表情とは違い、もっと精神的……身体の内側の一部から、全身に駆け巡った様な苦しみ方であった。

「ティー君!?」

 先程まで笑いながら戦闘を行っていたクリームヒルトは、攻撃の手を止めてバーガンティー殿下に駆け寄った。表情からは心から不安そうな、理解不能でまずは相手を理解しようとするような様々な感情が入り混じっている。

「大丈夫、ティー君!? なんで急に【珠玉の星シリウス】なんて一番難しい魔法ヤツを……!?」
「こ、来ないでください! まだ戦いは終わっていませんよ!」

 駆け寄るクリームヒルトを拒絶し、バーガンティー殿下は剣を構えようとする。恐らく構える事で戦闘続行が可能だと示したいのだろうが、先程と比べると明らかに構えが成っていない。

「さぁ、戦いを再開しましょう!」

 しかしそれでも戦闘を続けようとするのは格好良い所を見せたいという見栄ゆえか。あるいはここで終わってしまえば、クリームヒルトと付き合えなくなるという国王陛下ちちおやの言葉があったため、意地でも続けようとしているのかもしれない。

「ええい、やかましい、そんな状態で続けて貰っても困るんだよ! 大人しくせんかい!」
「え、ちょっと!?」

 ……しかし相手のクリームヒルトは「そんなこと知った事では無い!」と言わんばかりに近付くのを止めず、バーガンティー殿下を傷付けないように注意を払いながら構えを抑えつつ、顔をジッと見る体勢へと移行した。

「ああ、もう、やっぱり魔法反動で脳震盪に近い状態が起きている。こんな状態で続けた所でまともに戦えるはずがないよ」
「そ、そんな事は有りません。私はまだ――」
「ええい、黙らっしゃい! つべこべ言わずに安静にする! 今すぐお座り――は駄目だから、力に逆らわずにゆっくり座る!」
「は、はい!」

 クリームヒルトは手早くかつゆっくり、というような表現が似合う動きでバーガンティー殿下を大人しく座らせた。……もし婚姻をすれば、主導権を握られそうだな、バーガンティー殿下。

「はいゆっくりー……うん、大丈夫そうだね。心配かけさせないでよね。いくら楽しくても、ティー君が倒れられたら私だって寂しい……ううん、困るんだからさ」
「……すみません」

 ……あと、なんと言うべきか、クリームヒルトは随分とバーガンティー殿下に対する態度が柔らかくなっている。
 強く先導はするけれど、相手の身体を労わるのは、自身の感情に従っているが故、という感じである。……自分でもよく分からないが、そう思えた。

「まったく、いくら調子が良い場所だからって、最上級の王族魔法なんて無茶をしようとするからだよ。なに、ハイになっちゃって行ける気がしたの?」
「う……すみません」
「しかも近接戦闘中になんて、走りながら針の穴に糸を通す様なものでしょ。それで失敗してちゃダメだよ。もっと身体を労わらないと」

 ……その辺りはクリームヒルトは自分にも返って来るような言葉だとは思うのだが。自分の身を顧みず攻撃とかするからな、クリームヒルトも。

「……あの、ヴァイオレットさん。何故そこで俺をジッとジト目で見るんです」
「さて、何故だろうな?」

 ……兄妹故なのか、クロ殿も似たような部分があるのは直して欲しい所である。……である。

「まぁ、新しい事をやるのは私は好きだけどね。そこは素直に良いと思うけど……」
「……すみません」
「……さっきからただ謝るばかりだね」
「すみ――ごめんなさい」
「謝り方を変えれば良いってもんじゃないよ。……よく分からないけど、なんでやろうとしたの」

 バーガンティー殿下の様子に疑問を持ち、先程の行動を問いただすクリームヒルト。今のバーガンティー殿下は意地を張っているように見えたのだろう。

「それは……言えません」

 しかし答える気はないようだ。
 それは正に譲れない想いがあるようで、固い意志が見える。

「答えなさい」
「はい、答えます」

 しかし有無を言わさないクリームヒルトの言葉に、バーガンティー殿下はあっさりと話す事に決めたようだ。
 ……バーガンティー殿下……将来尻に敷かれやしないだろうか……

「……以前、見たいと仰っていたので」
「……それって私の故郷での話?」
「はい。とても綺麗で、また見たい、と。であれば見せて差し上げたいと思いまして……」
「……見せて、どうするつもりだったの?」
「えっ?」
「えっ?」

 互いに予想外の反応をされた、というような表情を取る。
 そして暫くの間の後、クリームヒルトが先に口を開いた。

「ええと、私にそれを見せて、どうするつもりだったの?」
「それは勿論、綺麗な魔法を間近で見せてさしあげる事が、貴女への最高のプレゼントだと思いましたので!」
「……ようするに、私に喜んで貰いたかっただけ、という事? そのために今この場で出来もしなかった最高難易度の魔法を?」
「はい!」
「……良い笑顔の所悪いんだけどさ」
「はい?」
「その綺麗な魔法が発動されたら間近で見れるだろうけど、喰らうの私なんだよ?」
「…………。はっ!?」
「あはは、“はっ!?”じゃないよ」

 クリームヒルトの言葉に青ざめるバーガンティー殿下。
 経緯はよく分からないが、【珠玉の星シリウス】と呼ばれる魔法をクリームヒルトは綺麗だと思い、見たいと言った事をバーガンティー殿下に言っていたようだ。
 そして恐らくバーガンティー殿下は今なら調子の良い今なら出来ると思い、見せられたら喜んで貰えると思い発動しようとした。……恐らく、戦闘で気分が高揚していたのだろう。

「ももももも、申し訳ございません! 私とした事が、なんという事を……!?」
「……あはは、気にしなくて良いよ。私のためを思ってやってくれた事なんでしょー?」
「でで、ですが! ええと、私は――」
「あはは、綺麗なモノを見せて喜んで欲しかったって言うけど、“ご褒美”の方が欲しかったんじゃないのー? それが欲しくてやろうとしたんじゃないのー? わー、ティー君がスケベだー」
「!? 違いますよ!」
「じゃあ欲しくないの?」
「欲しいです! ……あ、いや、そういう事じゃ無く!」
「――あはは、じゃあどういう事ー?」

 ……なんだろう。クリームヒルトが笑っている。
 普段のような笑顔でも、クロ殿に見せる笑顔でもなく。もっと別の笑顔。
 今までの笑顔が偽物だったという訳ではないが、今のクリームヒルトの笑顔は……

「あはは!」

 ――とても眩しい、少女のような笑顔であった。

「……っ」
「クロ殿? どうし――クロ殿……!?」
「うぅ、ぇうっ、うう……!」

 クロ殿が涙をこらえきれない程に感動している……! しかも以前のシキでの一件とは違った感動をしているように見える。

「ビャク……良かったなぁ……本当に良かったなぁ……!」
「く、クロ殿。ハンカチ、ハンカチで拭うんだ。ほらこれを使うと良い」
「ありがとうございます……」

 しかし、それも仕様がない事なのかもしれない。クリームヒルトは前世から他者とのズレを感じ、苦しんでいた。例えクリームヒルト自身も無自覚、気付いていなかったとはいえ、傷付いていたのは事実。
 だがこうして、誰かのために――好きであるかもしれない相手が出来、笑いあっているというのは、クロ殿にとってはつい感動を抑えきれない程の出来事なのだろう。
 しかし……

「ご褒美……ああ、あれか。妹も大胆になったものだ」
「……スケベと呼ばれて……大胆と言えば……!」
「……付き合う前の出来事であれば身綺麗でなくても良いですが、付き合った後に婚前交渉は……」
「へぇ、あの子結構大胆。初心そうに見えて最近の若い子は進んでいるなぁ……」
「カイハク君。君に若い子、と言われると私の立つ瀬がなくなるからやめて欲しい」
「あ、申し訳ございません団長」
「……だが、ご褒美か。……妻にも今度貰おうかな」
「え?」
「え?」

 ……なんだかクリームヒルト達が誤解されている気がする。





備考:それぞれの「ご褒美」の認識
エクル  :A(知っている)
フューシャ:Bあたり
ローズ  :C
カイハク :C
クレール :美味しいご飯

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