追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活
照れで熱くなったようなので涼しくしました(:菫)
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「そろそろ始まりますかね」
「そのようだ。そういえばロボとエメラルドはいつ首都に来たのだろうな」
「確かに気になりますね」
「ああ、それ? さっき聞いたけど、キミ達がシキに出た後、入れ替わりで使いの人が来たらしくて、その人に連れられて馬車で来たんだって。ロボくんは飛んで来たらしいけど」
「ほう?」
先程までクリームヒルト達が戦闘を行うにあたって、問題無いかを診ていたエクルが私の問いに答えた。
聞くと詳細は首都に来てから聞いたのだが、狙ったとしか思えないタイミングで交渉に来たそうである。……国王陛下は何処まで見越していたのだろうか。
「では、まずルーシュとブロンド……もとい、ロボ嬢との戦いからだ」
そして件の国王陛下は、巻き込まれない範囲で観客を務めている私達とは違い、審判役のように殿下達とクリームヒルト達の間に立っている。
威風堂々とする様は名を呼んだ両名だけでなく、他の者達にも緊張感を走らせる。
「…………」
「…………」
そしてその中でも一際緊張感が走っているのが呼ばれたルーシュ殿下とロボ。先程までは両名共に“殿下側が、負けたら付き合うのは諦める”という事に動揺を隠せずにいたが、今は戦う前の独特の緊張感が漂っている。
ルーシュ殿下は武器である、十字架のような双剣を構え。
ロボの方は最近私達には見せるようになった顔を全て覆い、戦闘モードになっている。
……この両名が戦う事になるとは。それにロボに至っては先程気になる事を国王陛下は言っていた。
「ところで……クロさんとヴァイオレットさんは……ロボさんが……貴族だって……知っていたの……?」
フューシャ殿下が緊張感に耐えかねたのか、私達に聞いて来る。
国王陛下が先程言ったロボの名は“ブロンド・フォン・アンガーミュラー”。
ブロンドはロボの本名。アンガーミュラーという家名には聞き覚えが無いが、“フォン”は帝国における貴族が付ける飾り家名である。
帝国貴族でも付けない一族もあるのだが、付いている場合は貴族、といった家名だ。
そしてそのフォンを持つ家名をロボは持っていたという話ではあるが……
「いえ、知りませんでした。ロボとは数年の付き合いですが、家名というか年齢もこの間知ったばかりですし……」
「あんまり……仲良く無かったり……?」
「そのような事は無いと思うのですが……一緒に空飛んだり、ビームとかではしゃいでいましたし」
え、なんだそれ。空を飛んだりビームではしゃぐクロ殿とか見てみたい。絶対に可愛いではないか。
「でも……出生は……気にならなかったの……?」
「知らなくても仲良くはなれますからね。ですが最初しばらくは監視を付けましたよ。よく分からなかったですし。けれど……」
「けれど……?」
「最終的に“ちゃんと理解出来たらその時の自分は自分であるのだろうか”という思考に至ったんで、監視を止めました」
気持ちは分からないでも無いが、その時のクロ殿をみてみたいな。ある意味ではシキでの対応を決めた瞬間かもしれない。
「それで良いの……?」
「本人もよく分からないまま空を飛んでビーム放って、亜空間収容術とか使っていますからね。それに……名前を気にいってもらった、というのもありますし」
「名前……?」
「ロボ、という名前ですよ。俺がつい言ってしまった言葉なんです」
ロボ、というのはクロ殿の前世での言葉で、“ヒトや動物を模し、一定の作業を行う機械”であるそうだ。他にも色々と意味を持ったり、正確には違うそうではあるが。
機械というのは私達の世界での失われし古代技術であり、クロ殿の前世ではありふれたモノ。さらにはクロ殿前世では空想上かつ未来展望のような物語で、今のロボのような“ロボット”が書かれる事もあったようだ。
その系統の物語に興味のあったクロ殿は、“そう”としか表現できない存在の登場に「ロボ!?」と叫んだとか。
「で、その名前を気にいって名乗るんです。それが可愛らしいと思いましたし、なにより力を使って善行をなそうとしていましたからね。それだけで十分ですよ」
「そう……なの……」
クロ殿の言葉に、フューシャ殿下は何処か嬉しそうにしているように見えた。なんというべきか、「友がこの人を慕っている理由を改めて理解した」と表情が物語っているように見えた。
……それと、クロ殿は「相手が良い子だったから自分も相応の対応をしただけ」と思っているようだが、実際は少し違ったりする。
以前ロボに聞いたのだが、「私を受け入れて貰ったから、優しさに手を出す事が出来た」と言っていた。……つまりは互いに“相手が良い子だったから、こっちも仲良くした”と思っているのだ。その事が少し面白い。
「……ところでクロ殿。私にもなにか名前を付けてみる気はないか?」
「何故です」
「ヴァイオレットさん……羨ましいの……?」
「はい。とても」
夫からなにか特別に呼んで貰える名を付けられる。シアンが私をイオちゃんと呼ぶように、渾名とかつけて貰いたい。
「俺の呼ぶ“妻”とか“嫁”は貴女にだけ送る事が出来る、特別で愛しさを込めた名前なんですが、それでは駄目ですか?」
「うぐ。……悪くは無いが、そういった事では無く……」
「それと俺は“ヴァイオレット”という名が綺麗で好きなので、俺は何度でもその貴女の名を呼びたいのです。……駄目ですか?」
………………。
そういう風に聞かれると、駄目とは言えなくなるじゃないか。
くっ、これもクロ殿の策略か……!
「クロさん……そう言わずに……少し考えてみたらどう……? 好きな相手に……“考えて”……つけて貰う……と言うのは……嬉しいモノだよ……?」
「む。確かにそうかもしれませんね。うーん……」
あ、付けて貰えるのだろうか。
策略関係無しに付けて貰えるのなら、やはりそれはそれでやはり嬉しい。
「そうです。ヴァイオレットと言うのは日本語で――」
「おーい、キミ達。そろそろ始まるから会話はその程度にね」
「あ、すみませんエクル卿」
……後で覚えているんだぞ、エクル。
とはいえ、戦い前に話している私達の方が悪いのだがな。ローズ殿下やクレールさんに見咎められる前に言ったのは、エクルなりの気遣いであろう。
それにあのままだと嬉しさと照れで身体が熱くなり、集中出来なくなるから丁度良かったのかもしれない。……既に先程のクロ殿の言葉で身体は少し熱いのだがな。
「ごめんなさい……クロさん……私のせいで……怒られて……」
「フューシャ殿下のせいではありませんよ。私が悪いんです」
「ううん……でも――」
と、フューシャ殿下が謝罪をしようとしてクロ殿に一歩近づいた所で――
「――わっ!?」
「おっと、大丈夫ですか?」
フューシャ殿下は足が躓いたのか転びかけ、クロ殿がそれを支えた。
変な所を触らない様に気を使いつつ、流れる様な仕草は、クロ殿が先程まで戦っていた大半の騎士とは違い、本物の騎士のようである。格好良い。
それはともかく、互いに怪我は無いかと私も近付いて――
――あれ、そういえば。
ふと、頭に過った事がある。
この場所は王族の力を調子よくさせる場所。つまりは特性を強化させる場所だ。
……グレイやクリームヒルトは信じていないし、私やクロ殿も本気で特性だとは思っていない。だが、もしもフューシャ殿下のとある特性が強まっていたとしたら……どうなるのだろうか。
「ごめんなさい……支えて貰って……」
「いえ、大丈夫ですよ」
……いや、要らぬ心配であったか。
互いに怪我もしていないし、以前のような私達の胸にクロ殿が飛び込む……という事はなさそうだ。
良かった、良かった――
(プチッ)
プチ? なんだろう、今この場に居る全員から妙な音が聞こえた気がした。
……なんというか、詳しい状況は視認出来ていないのだが、全員が神父様やシアンのようになったというような妙な感覚が……うん、肩が重い。締め付けは無くなったが、重い。
他の皆々も自身の服をまさぐってなにかを確認している。どうやら観客の私達は同じ状況のようである。
「……私の……魔力の調子が良いと……こうなるの……!?」
『ぐ、偶然ですよ!』
「大丈夫ですよ、フューシャ。こういうのは堂々として居れば恥ずかしく無いですし、気付かれないモノですよ。貴女とヴァイオレットは激しく動くと分かるでしょうが……」
「ローズ殿下、それはなにか違うと思います」
顔を羞恥で染めるフューシャ殿下は、今すぐにでも何処かへ走り去りたそうな表情であった。
……殿下達の重要な戦いの前になにをやっているのだろうか、私達は。
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