追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

閑話 とある団長の心情(:萌黄夫)


閑話【とある団長の心情】


 私の名はクレール・カルヴィン。
 カルヴィン子爵家の当主であり、何処にでもいる様な王国騎士団の団長です。
 そんな私には愛する美しく陽気な妻と、私を尊敬してくれる格好良い息子が居ます。
 私自身の忙しさと、妻の忙しさ。そして息子の鍛錬を続けるストイックさもあって会う機会は少なく、会っても私の口下手さもあって会話は少ないですが、とても大切な家族です。

――そんな家族が、最近変わった。

 息子のシャトルーズは一皮むけたと言いますか、どこかぎこちない強さの力が抜け、目的のために成長している感じがします。息子の方はどうも好きな相手が出来たそうなので、その影響で変わってきているようなのです。

――うん、分かるぞ息子よ。恋と言うのは素晴らしいからな。

 恋というモノは時に毒にもなりますが、毒も適量ならば薬になります。息子にとって恋が良い薬となる事を祈りましょう。……ただ、良薬は口に苦し、という事にならなければ良いのですが。

――だけど、妻は……

 妻とは役職柄重要な会議などの時に会う事は有るのですが、その時の妻がやけに上機嫌なのです。元々笑顔が美しくも可愛いヴェールなのですが、私と出会った頃のようなは華やかさを含む様になっているのです。新しい魔法理論を見つけ私に語る時のような、少女のように美しい姿に。

――その理由が、クロ・ハートフィールド……

 そしてその妻が一段と美しく、激しくなった理由はクロ・ハートフィールドという男性にあると言います。
 なんでも、

『クレールのように素晴らしい肉体だったんだ!』

 との事です。
 私の身体が一番という事に変わりはないそうなのですが、それでも素晴らしい肉体であるそうで、是非私とも会って欲しいと言っていました。それほど有望な子であるらしいです。
 なんでもヴェールは彼に何回か個人的に会っているようですが……そんなヴェールを見て私は――

――妻が嬉しそうな姿が見れて良かった!

 と思いました。
 なんであれ、愛する妻が嬉しそうに好きな存在を見つけられるのは嬉しい事です。クロさんの事は妻が忙しく、その後私もヴェールにので詳細は聞けていませんが……どうやらシャトルーズもお世話になった事があるらしいです。
 そんな男性ならばいつか会ってお礼をしなければ、と思いつつ、我が身の忙しさ故に機会は無かったのですが……

「クレール・カルヴィン騎士団団長です。貴方達の案内をいたしますので、よろしくお願いします」

 なんとこの度、私はクロさんと会う事が出来たのです。
 いやはや、こんな機会に会えるとは、人生何が起こるか分かりませんね。
 クロさんは私より少し身長が低いくらいで、落ち着いている……纏まっているというような印象がある男性です。そして妻の言うように服の上からでも良い身体と分かります。うん、騎士団に欲しいな。

「お久しぶりです、クレールさん。一昨年の新年以来でしょうか」

 そんな彼が、何度か会った事のあるヴァイオレット様と結婚されていたというのは聞いていました。
 そして彼女は以前会った時は何処か辛そうに見えたのですが、今はすっかり変わって気品があり、とても良い表情をするようになっていました。そんな彼女を見るだけでも、クロさんの良い影響を受けたのだと分かり、クロさんの人柄が伺えるでしょう。
 ああ、そうです。私の仕事は彼らの謁見の護衛ですが、その前にこの想いを少し伝えるとしましょう。

「そうなります。ご安心を。私が付いている以上、貴方様方には安心して頂けると保証いたしましょう。……しかし、こうしてクロ様と会えるのは嬉しい限りです」
「私にですか?」

 あれ、なにやら警戒されているような気がします。
 一体何故……いえ、警戒も当然ですね。謁見という大事な事の前に、私が話しかけたんですから。緊張するのも当然でしょう。
 ここは微笑んで安心させるとしましょうか。

「妻からクロ様の事は話を聞いていたので、クロ様とは一度話して見たかったんです」

 よし、良い感じに笑えた気がします。
 眼も笑うと失礼なので、口元だけ微笑ませる。よく妻に表情の変化が乏しいとは言われますが、これなら大丈夫でしょう。

「私とは夫婦というよりは互いの組織の長として会う事の方が多いのですが……その際にクロ様の話を聞くのですよ。――それはもう、楽しそうな表情で」

 そんな楽しそうな表情の妻を見れて、私も嬉しいと想いを伝えないと――あれ、クロさんの表情が引きつっていますね。何故でしょう。
 私の表情が伝わらなかったのでしょうか。不安にさせるなんて騎士の名折れ。ここは安心させるようにもっと伝わる笑いかたをすると良いのでしょうか? 

「あはは、妻にも困ったものです。年若い男を揶揄うなど」

 よし、良い感じに笑えましたよ私!
 それにいくら素晴らしいとは言え、妻の行動は失礼かもしれないので謝りつつも、冗談を交える事が出来ました。こういう“妻が子供っぽく揶揄う”という会話は、貴族の社交場でよく話される内容ですからね。笑いかたもあって良い会話だったでしょう。
 ……あれ、クロさんが更に引きつった様な……あ、そうですね。

「と、失礼。今は私情を優先させている場合ではありませんでした。騎士としてあるまじき行動を失礼いたしました」
「い、いえ。大丈夫ですよ」
「クロ様とはこの後騎士団に来るという事を副団長ギンシュの方から聞いています、その際にまたお話いたしましょう」
「……ええ、そうですね」

 謁見の前に長々と話していられませんね。会話は後でも出来ますから、その時にするとしましょうか。







 クロさんの謁見が終わり、騎士団の主に副団長であるギンシュの派閥に居る騎士の子達が四名の若い子に敗れ。
 このままでは騎士団として駄目だと思い、それに息子が見ている前で不甲斐ない結果を見せたくないと思い(少し息子の前で良い姿も見せたいと思いました)、レッド国王陛下の許可を得て私も戦いに参戦しましたが……

――ふぅ、最近の若い子は凄い。

 最近の子は強いですね。最初はどうにかして私が頑張って「勝ち抜いて四名の相手をしてやる!」くらいの気概だったのですが、クリームヒルトという子と互角に戦って終わってしまいました。……衰えたのですかね。いえ、これはクリームヒルトちゃんが凄かったのでしょう。
 体格的には私の方が優位でも、彼女の戦闘技術は並外れていました。それこそ今までに対戦した相手の中で一番技量があったのではないかと思うほどに。

――本気出してしまったな。

 切り札は使いませんでしたが、本気を出さなければこちらがやられるレベルでした。
 三軌道の太刀をほぼ同時に放つ次元技。
 足裁きと錯覚を利用した私が分身したように見える技。
 ノーモーションで相手の死角から攻撃を放つ事で“気が付いたら斬られていた”を実現する無の剣。
 他にも多数技を使いましたが、全てを使って彼女との実力は伯仲。私もつい楽しくなり、一度だけ彼女のように「あはは」と笑ってしまいました。
 不思議と私に馴染むんですよね、彼女の笑い方。
 ともかく彼女が息子と同級生なら、良いライバルになるだろうと思いはしたのですが……

「そういえばクロ様。今日こうしてクロ様とお会いできたのもなにかのご縁。是非お話しをしたい事がありまして」

 クリームヒルトちゃんの事は後で騎士団に誘ってみるとして、今はクロさんに改めて妻と息子の事について感謝しないと。

「な、なんでしょうか?」
「改めてになりますが。妻と息子がお世話になっているようで、感謝の言葉を言いたく思いまして」
「いえ、私もお世話になっていますし、ご迷惑をかけてばかりで……」

 む、なにやらクロさんは緊張している様子です。やはりレッド国王陛下の無茶ぶりは堪えているのですね。
 ここは笑って空気を明るくしないと。

「あはは、謙遜をなさらないでください」

 よし、良い感じに笑えましたよ私。やはりクリームヒルトちゃんの笑いは私に合うようようです。

「ところでシキでの例の一件ですが……一件の前に、妻はクロ様に会いに行っているようですね」

 それに同時に妻の件についても切り出せました。
 私はこの件について探りを入れないと駄目なんです。なにせ妻が美しく楽しそうになったとはいえ、迷惑をかけていたら夫として謝罪をしないと駄目ですから……

「なにがあったのか伺いたく思い――」
「シ、シキで少々厄介な施設があって、過去のモンスターの痕跡がある事が判明しましてね」

 と、私が言いきる前にクロさんは説明をしてくれました。
 口下手な私を見て聞かれる前に答えるなんて……クロさんはなんて良い人なのだろう。これは私も仲良くなりたいですねぇ。

「ほう。それはそれは……確かにその話を聞いてはいます。大変なようですね」

 なので労いの言葉をかけます。するとクロさんは少し安心した表情に……あ、そうです。これを伝えておかなくては。

「妻にクロ様の話を聞いているのですが……」
「はい?」
「妻はクロ様のお身体に興味があるようで」

 なので、迷惑かけていないかという事を聞き、鍛えられた身体が好きな妻に明るい表情を与えてくれた事を感謝しないと……

「は、はは。私の身体なんてまだまだ……先程の戦闘で見せられた、鍛えられたクレールさんと比べればまだまだですよ!」
「え?」

 あれ、迷惑をかけていないか探りを入れる前に、何故かクロさんに私の身体を褒められました。
 慌てているようですが……あ、謙遜しているんですね。ここで否定するというのも失礼でしょうし、私は私なりの理由で鍛えていると返事をしたほうが良いでしょう。

「ええ、立場上鍛えなければなりませんからね。例えば……大切な存在を奪おうとする相手を始末する時のために」
「そ、そうですか。……相手を、始末する」
「ええ、始末するために」

 例えば私の守護対象である王族を、そして愛する家族達をあらゆる脅威から守るために鍛えねばなりません。
 そして立場上私は冷酷に接しなければならない時があります。時に相手の命を奪ったり、拘束したり……ただ守れば良いという訳ではなく、相手の今後を始末しょりしなければならない時もあるのです。

「クロ様もお気を付けくださいね。大切相手が奪われるというのは悲しい事です」

 私に言われるまでもないでしょうが、彼より長く生きてる者としてアドバイスくらいは出来るでしょう。
 クロさんにとっては……うん、そうですね。

「は、はい、それはもう充分に分かって――」
「――そして、クロ様が居なくなれば、ヴァイオレット様も悲しむでしょうね。小さい頃を知っている身として、私はそれを望みたくは無いですが……」

 ヴァイオレット様は変わり、クロさんを大切にしているのが見られます。
 幼い時を知っている私としては、今の彼女の姿は大変喜ばしい事です。そんな彼女が悲しむ姿は私も望む所ではありません。
 レッド国王陛下の無茶な要求は大変でしょうが、彼には頑張ってもらいたいものですね――

「大丈夫です! 俺はヴァイオレットさんの――妻のためならば悲しませるような事をしませんし、居なくなるような事はしません」

 あれ、急にクロさんがヴァイオレット様に対する誓いを言い出しました。
 一体急に何故――いえ、これはクロさんがヴァイオレット様を愛しているという意思表示。会ったばかりの私にこのような事を言うなんて、なんて熱い方なのでしょうか!
 妻や息子が変わったのは、クロさんのこの熱さがあったからこそなんですね!

「当然浮気もしません。私は妻一筋なので」
「ほほう……魅力的な女性の誘惑には負けない、と?」
「はい。世界一の魅力的な妻に常に誘惑されていますから、負けはしませんよ」

 クロさんとは良いお酒が飲めそうです。私もヴェールを世界一魅力的な妻と思っていますからね。そこの所を今度語り合ってみたいものです。
 それにしても……

「あはは、羨ましいですな。ヴァイオレット様も良き夫に恵まれたようですね」

 その当事者のヴァイオレット様の前で堂々と言うとは。クロさんも素晴らしい愛の持ち主のようですね。
 ヴァイオレット様も嬉しそうに顔を赤らめて照れてます。可愛らしく、本当に良い出会いがあったのですね……

――私もヴェールに愛を叫んだほうが良いだろうか。

 よし、次にヴェールに会った時はクロさんのようにこの想いを伝えるとしましょう。

――今後ともクロさんとは仲良くしよう。

 私はそう誓いつつ、クロさんと今後とも仲良くしようと思ったのでした。





備考
クレール・カルヴィン
黄緑ヴェールクレール髪黄黒目
クロより少し高いくらいの身長
内心と表情が合わない三十七歳男性愛妻家現騎士団長で女性の鼠径部・太腿が好き
内心では笑顔のつもりでも、目が笑っていないので大抵の相手に怖がられる
一応周囲や息子には騎士然とした男性と思われている様子
妻は内心が理解出来るらしいので、可愛い夫だと思われている様子
強さは「貴方は何処かバトルの世界から来たのですか?」と思われるような強者

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