追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

どうしても欲しいモノ


 真正面からかつ即答での断りの言葉に、先程まで静観していた数少ない周囲はざわつき……はしないモノの、俺の返答に対し正気を疑うかのような反応を示していた。
 国王の言は基本絶対的。それが公式にではないにせよ、謁見の間で行われている中での言葉だ。
 その言葉に逆らう者なんて余程の馬鹿か、忠義ゆえのあらゆるものを捨てる覚悟をした忠義の者くらいだろう。

「……ほう、断る、と」
「はい」

 ただ俺の場合は前者であり、譲れないモノがあるが故の言葉だ。
 しかし同時に、受け入れないにしても別のやり方があると言えるような発言と行動でもある。

「ここで拒否するという事は、陞爵は無くなるという事だ。一代で準男爵から侯爵、あるいは辺境伯になるという歴史に残る立身出世の機会を無碍にすると?」
「はい」
「陞爵による貢献の肥大化を気にしているのなら、強制力を無くす事も視野に入れよう。優秀な部下を付ける事を約束しても良い。それほどの事をお前はしたのだからな」

 ……確かに事だけを言えば、俺は帝国との戦争の火種とも言える行動をしたカーマインを抑えたのかもしれない。けれどそれも俺が居なければそもそも起きなかった事では無いか、という気持ちもある。
 俺が居なければ、カーマインはあのような馬鹿な真似をしなかったのではないか。抑えるもなにも、俺がそもそも居なければカーマインの馬鹿な行動は起こらなかった事では無いのか、という事。……まぁ、俺関係無しにタンやテラコッタの件もあるからどうとも言えないが。
 だが、レッド国王はそれら理解した上で俺に陞爵をさせようとしている。……恐らくは俺の監視も含めて“良い思い”をさせようとしているんだろう。俺自身の能力が無くとも、爵位に相応しい国への貢献しごとが行なわれるような環境を整えさせている辺りが実に“それ”らしい。

「私は私が正しいと思った事をしただけの事。それで身に余る爵位を手に入れるなど身を滅ぼす要因になりかねません」
「……ふむ。普段であれば、私の判断はお前の身の破滅をもたらす判断であるのかと問い質したい所だが」

 ……良かった、問い質されなくて。

「では女が望みか。クロ子爵の選ぶ、好きな家柄との令嬢を娶らせる事は私の権限により可能だが」
「私の妻として迎え入れたい相手は既に迎えており、望みは叶っているのです」
「ほう。言っておくが、ヴァイオレット嬢の汚名が雪がれるとはいえ、バレンタイン公爵家との繋がりが回復するとは限らんぞ」
「そのような繋がりは必要有りません。……私は彼女が爵位よりも、褒賞よりも、世の女性よりも。なによりも彼女が欲しく、共に居たいのです」
「……ふむ」

 俺の発言に興味深そうに……とは少々違う様子でレッド国王は俺を観察する。その違うなにかは俺には分からない。

「ヴァイオレット嬢」
「はい、なんでしょうか国王陛下」

 そして俺を見た後、ヴァイオレットさんの方を見て名前を呼ぶ。
 俺への質問を止めたというよりは、俺の真意を確認するためにもヴァイオレットさんに問いただす必要があると判断したように思える。

「お前は良いのか。我が息子との婚約を破棄され、男爵家に嫁いだ。これはやり直せる良い機会だ。聞けばまだ子も為しておらないとも聞く。今ならヴァーミリオンとの婚約を戻す事も可能だ。ウィスタリア公爵も私の言葉とヴァーミリオンとの婚約関係が修復したとなれば文句も言わないだろう」

 ……? なんだろう、今の言葉には違和感があるな。
 今更やり直すとかヴァーミリオン殿下との繋がりを回復するとかではなく……もっと違う違和感が……?

「私も夫と同様に、今の生活が続く事を望みます」
「ほう、その理由を聞かせてもらおうか」

 そうだ、何故レッド国王はなんでそんな事を――

「はい。私は夫を愛しています」

 ……ん?

「愛している、か。会って一年にも満たない相手を愛すほど、互いに理解しているのか?」
「期間が短い事は承知しております。ですが相互理解はこれから深まっていくと私は確信しています。この世でクロ・ハートフィールドという男性を愛している女は、私であると胸を張って言えるのですから」

 え、ええと……ヴァイオレットさん? 嬉しいのですが、その、ここは国王や王妃、殿下達の前であって……!

「ほう、息子と婚約破棄された事による自棄、依存などではなく自ら選んだ道であり、生涯を通し愛し合う事が出来る相手だというのだな」
「はい。ですが依存という言葉は当てはまるかもしれません。私はこのヒトを愛しているという依存。……私も彼がなによりも欲しいのです」

 ……うん、俺の方が先にそう言っていたな。俺も貴女が欲しいです、愛していますよ……!

「それは公爵家令嬢という立場、私の息子との婚約という栄誉よりも価値のあるモノだと?」
「はい。彼を無くしてまで欲しいモノなどありません」
「……ふむ」

 レッド国王はヴァイオレットさんの発言を聞き、少しだけ俺達を交互に見やると納得したような発言を呟いて王座に再び着いた。

「(……成程な。アイツや我が子達の行動はそういった事か。実際に見ると中々に……)」

 聞こえないような小さな声で、だが確実になにかをレッド国王は呟いた。……その呟いた一瞬だけ、今までの王とは違った表情が見えた気がした。

「すまなかったなクロ子爵。そしてヴァイオレット。どうやら私の判断はお前達にとって見当外れな褒賞であったようだ」
「いえ、そのような事は……」

 そして呟きなど無かったかのようにレッド国王は再び話を始める。
 再び王としての威厳は保っているのだが、何処となくフランクで話しやすい空気になった気がする。

「そのような事だ。まさかあのヴァイオレット嬢がこのように気持ちを吐露するとは……ヒトは変わるモノだ。いやはや、まさに愛とは、」
「お父様。話の腰を折ろうとしないでください」
「なんだ、ローズ。もう少し話しても――」
「お父様」
「……仕方ない。娘の言葉だ。私の愛談義については今はやめておくとしよう」

 ……ローズ殿下がなんか怖かった。別に怒鳴りもしていないのに、なんであんなにレッド国王と並ぶような空気を出せるのだろう。

「さて、クロ子爵」
「はい」

 ローズ殿下の相変わらずな厳格さはともかくとし、今はレッド国王の判断が重要だ。
 俺達が引き裂かれる事を望んでいないのは伝わったようではあるが、伝わったからと言って望みが叶うとは限らない。
 俺達の最終目標は今と変わらずシキで暮らす事であるが、引き離されたくなかったらとなにか別の事を押し付けられる――つまりこの望みこそ利用される可能性だってあるんだ。そこの判断を見誤ってはならない。

「一つ、頼みがある」

 やはり俺達に頼み事を――頼み事?

「レッド?」
「……?」
「お父様……?」

 俺が抱いた違和感に、俺だけでなくコーラル王妃だけでなく……この場に居る重臣達や殿下達も疑問顔になって――いや、ローズ殿下だけは動揺していないな。ルーシュ殿下とスカーレット殿下はレッド国王に注視している。

「…………」

 そしてクレールさんも動揺していない……? なんなのだろう、これは。

「この後お前達は騎士団に行く用事があると聞く」
「は、はい。そうですが……」

 その通りではあるのだが、何故知っている上に、今その話題を……?

「それに私も着いて行く。――お前の実力を見せてくれ」
「…………はい?」

 俺はレッド国王のその発言に、つい間の抜けた返事をしてしまうのであった。

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