追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

間男?


『いってらっしゃいませ。御主人様、御令室様』

 恭しく頭を下げつつ、声を揃えて俺達を見送るバーントさんとアンバーさん。
 今回の謁見では直接国王達とは相対する事無くここで一旦お別れだ。
 俺達は頭を下げたまま、何処か俺達を心配する雰囲気が漂う二人を見つつ、この心配が晴れる様な報告が出来るようになけらないと駄目だなと思いながらも部屋を後にした。

「ここから先はこの方と代わらせて頂きます」

 ある程度歩いた所で、部屋に迎えにも来て先導していた女性が止まり、待機していたとある男性を紹介する。
 男性は騎士団専用の服……の中でも、装飾がついて何処か格式を感じる服を身に纏い、腰には刀を携えている。
 黄緑色の髪に、黒い目。三十代前半の外見で、切れ目でやや仏頂面。その男性と俺は会った事は無いのだが、何処か見覚えのある特徴を持つ男性である。

「クレール・カルヴィン騎士団団長です。貴方達の案内をいたしますので、よろしくお願いします」

 鼠径部&太腿フェチさん! ……じゃない、シャトルーズの父親にして、ヴェールさんの夫の現騎士団団長ことクレールさんだ。余計な情報が先行してしまった。

「お久しぶりです、クレールさん。一昨年の新年以来でしょうか」
「ええ、そうなりますヴァイオレット様。成人して以降は初めてになりますが……立派にご成長し、気品のある女性になられました。そして昨年は我が愚息が学園でご迷惑をかけたようで、申し訳ございません」
「いえ、私の振る舞いに問題があったのです。謝罪すべきは私の方ですよ」

 そ――クレールさんと面識のあるヴァイオレットさんは、上品な立ち振る舞いでクレールさんに挨拶をする。

――まさしく騎士、という感じだ。

 身長は俺より少し高い程度。しかし身長以上に大きさを感じられる。
 シャトルーズも騎士然とした立ち居振る舞いではあったが、クレールさんを見ると拙さを感じてしまう。
 いや、これはシャトルーズが拙いというよりは、クレールさんの在り方そのものが“古き良き騎士”というイメージそのものだ。所作に無駄は無く、一本の鋼鉄の芯でも通っているかのよう正中線と重心にブレが無い。
 自身を外に見せるのではなく、身体に内包しているとでもいうのだろうか。派手さは無くとも、クレールさんという男の存在を否が応でも感じ取ってしまう。そんな在り方だ。

――それに、強い。

 同時にクレールさんの強さを感じ取れる。俺が一瞬でも不審な動きをすれば即座に封じる動きを出来るだろうという確信を俺は感じ取れてしまう。……成程、シャトルーズが憧れるのも頷ける。

――というか、クレールさんにとって俺って間男のようなもんなんじゃ……

 それはともかくとして、クレールさんにとっての俺の在り方が気になる。
 別にヴェールさんと関係を持ったわけでも無いが、ヴェールさんは俺の肉体に何故か興奮している。その興奮は本来クレールさんだけに向けられていたものだ。それが俺にも向けられ、夢中になっているとすると、事実はどうあれ俺はクレールさんにとって妻を誑かす男になるのではなかろうか。なにせヴェールさん曰く俺は「もし生で見たら興奮を抑えきれない!」らしいからな。
 ……自分で考えておいてなんだが、ヴェールさんって改めて考えるとよく分からん女性だな。俺にとってはアレだが、一応は旦那さんの事大好きらしいからな……

「クロ様、どうかしましたか?」
「え、あ、いや、なんでもないです。クレール卿がここから国王陛下への謁見まで供をしてくれるのでしょうか」
「そうなります。ご安心を。私が付いている以上、貴方様方には安心して頂けると保証いたしましょう」

 クレールさん発言には腕前に対し、大いに自信があるというのもあるだろう。
 しかし守る対象は別だ。あくまで表向きは俺達を護衛するような立ち位置であろうが、護衛というよりは警戒しているんだろう。いざとなったら俺達を捕縛できるように。
 俺もヴァイオレットさんも過去にやらかした経験がある身であるから、当然と言えば当然であろうが。

「しかし、こうしてクロ様と会えるのは嬉しい限りです」
「私にですか?」

 クレールさんは騎士としての挨拶をし、守る誓いを立てると俺に向かって話しかけて来る。てっきり余計なやり取りをせずに案内すると思ったのだが、意外と会話が好きなのだろうか(なお、ここまで案内した女性は既に礼をして去っている)。
 しかし表情がシャトルーズ以上に変化に乏しいので判断が付きにくい。もう少し分かりやすければ良いんだが……

「妻からクロ様の事は話を聞いていたので、クロ様とは一度話して見たかったんです」

 あれ、なんだろう。表情の変化が有り、小さく口元が微笑んだのだが若干背筋が怖くなった。

「話、ですか」
「ええ。私の妻は王国内で魔道研究の総括をする大魔導士アークウィザードでして」
「知っています。何度かお会いしていますから」
「私とは夫婦というよりは互いの組織の長として会う事の方が多いのですが……その際にクロ様の話を聞くのですよ。――それはもう、楽しそうな表情で」

 お願いその昔のクリームヒルトを彷彿とさせる表情止めて。今にも真顔で「あはは」と言いだしそうで怖い。

「は、はは。ヴェールさんには色々と揶揄われますから。俺の反応が面白いんでしょうね」
「あはは、妻にも困ったものです。年若い男を揶揄うなど」

 本当にあはは言いやがったこの人。しかも目が一切瞬きせずに俺を見て来るから怖い怖い!

「と、失礼。今は私情を優先させている場合ではありませんでした。騎士としてあるまじき行動を失礼いたしました」
「い、いえ。大丈夫ですよ」

 この場合の私情が“妻や息子と話す相手に対し、父として挨拶を”というモノである事を期待しよう。

「クロ様とはこの後騎士団に来るという事を副団長ギンシュの方から聞いています、その際にまたお話いたしましょう」
「……ええ、そうですね」

 この場合の“クロ様とは”という部分はあくまでも俺がメインであるからそう表現しているというだけで、その時にはヴァイオレットさんは居ないものだと判断している、という事でない事を祈ろう。

「では、こちらへ。失礼ながら先導させて頂きます」
「はい。ヴァイオレットさん、行きましょう」
「うむ。……クレール氏は言葉は少ないが愛妻家だ。どうやら嫉妬しているようだが、私達の仲の良さを見せつけて、真摯に答えれば大丈夫だ」
「……そうですね」

 先導するクレールさんに聞こえないよう、こっそりと俺に告げて来るヴァイオレットさん。その言葉自体はとても可愛らしいが、根本的な解決では無いと思うのです。ヴェールさんと仲のいい俺に嫉妬しているのならヴァイオレットさんの方法でもなんとかなる可能性はあるが、ある意味別件だからね。ヴァイオレットさんは気付いていないけど。

――なんだか、いきなり問題が増えた気がする。

 目の前の国王に対しての問題もそうだが、いきなり私情を優先してくる騎士団長。このさらに後の事も含めて少し気が重くなる。折角ヴァイオレットさんに勇気づけられたというのに……いっそ今からシアンをゴルドさんに連れて来て貰って、クレールさんを誘惑してもらおうかな……あいつ普段から太腿と場合によっては鼠径部も晒すし……いや神父様が嫉妬するか……

「こちらです」

 妙な事を考えながらも、無駄のない動きで歩くクレールさんに着いて行きとある大きな空間へと案内された。
 その空間は部屋ではあるのだが、入るための扉は見渡す限りでは存在せず。
 高い天井が有り、彫刻絢爛な柱が何本か立ち。
 複数のシャンデリアと、目立たないが意匠が光るステンドグラスが存在する。
 そして中央を歩いて行くと、一メートル程度の高さを上る階段と、その上った先に先程俺達が座っていた椅子よりも遥かに豪華な椅子が二つある。
 まさに絵にかいたような謁見の間。俺は場違いとしか思えない。
 この場はクレールさんのような騎士か、ヴァイオレットさんのような美しき貴族が似合う場所だろう。
 あるいは――

「――来たか」

 あるいは。生まれついての帝王と呼ばれる存在が、この場には相応しいだろう。

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