追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

妹からの余計でも無いお世話


「それじゃあな、カナリア。時間に遅れたり、乗る馬車間違えるなよー」
「分かってるって。クロ達も頑張ってねー。……次会う時は伯爵かな?」
「そんな安々と爵位が上がるモノか」
「あ、知ってる。それメアリーちゃんが言ってた“ふらぐ”ってやつだ」
「違うわ」

 なんて会話をしつつカナリアと別れ、空間歪曲石の力を使って首都まで一気に移動した。
 この石が使える場所が隣街にあるお陰で首都に簡単に行ける事に改めて感謝しつつ、今日泊る宿屋へと俺達は向かうために、石を使用した後の確認作業を行った後、石のある建物を出る。

「相変わらず夜でも凄い活気ですね」
「そうだな。私は夜の首都はあまり来なかったから、この光景はやはり新鮮――っと」
「おっと、大丈夫ですか? すいません、移動で疲れていますよね。早く宿屋で休みましょう」
「すまない……いや、ありがとう」

 ヴァイオレットさんと共に、シキだと静まり始める時間帯でも明るくて人々が行きかう事に感想を抱きつつ。馬車の移動で疲れたのか、足が少々ふらついたヴァイオレットさんに気を使いつつ宿屋に向かう。
 国王直々の呼び出しではあるのだが、登城して王城の一室に泊まる……のではなく、泊まる場所はあくまでも一般営業の宿屋だ。公式であったら話は別かもしれないが、公式では無いからな、一応。

「王国で一番の宿屋ホテルですか……少し楽しみです。入った事も無いので」
「私は数回あるが、良い所と素直に感想を抱く場所だ。歴史だけに矜持を持ってるような偽者ではなく、本物と言える」
「おお、それは楽しみです」
「羨ましいですね、私はしがない女性騎士寮ですよ。しかもその前に夫に報告……ふぅ。あ、失礼しました。私は明日また時間に伺いますので、最高宿で、最高の一夜をどうぞ」

 とはいえ泊まるのはヴァイオレットさんや、やけに色っぽい息を吐いたカイハクさんが言ったように、首都でも最高級の場所だ。
 泊まるには格式のある家の紹介が必要で、一晩で【レインボー】の宿屋の数週間分に及ぶ。そのホテルを抑えてはあると聞いている。流石にVIPではないようだが。
 ……しかし、こういった待遇を受けると、国王達に明日どういった事をされるかが分からなくなるな。好意的だからこういった良い場所に泊まれるのか、本当はぞんざいなのだが殿下達が気を利かせてくれたのか……判断が付かん。
 ……死刑囚が死刑執行前には好きなモノを食べれると言うが、そういった狙いがあったりするのだろうか。

――気にしても仕様が無い。

 上げて落とすのか、単純に王族としての品位を保つために招待したのかは分からない。だが、折角の最高級の宿屋なんだ。満喫してやるぜ!

「――こちら、クロ様、ヴァイオレット様の夫婦御専用のお部屋になります」

 そして宿屋に行って案内されたのは、夫婦専用部屋であった。
 とても広い部屋にベッドが一つ。防音魔法搭載で、どんなに大声を出しても外に声は漏れず、照明も九十段階で明るさを調整してムーディにしてくれるとか。
 香りを発する魔法もあり、消臭から気分が高揚する香りまで様々あるぞ! との事だ。やかましいわ。

――い、いや、夫婦の部屋に案内される事はなにもおかしくないな。

 俺とヴァイオレットさんは一応新婚ではあるし、気を利かせてこの部屋に泊まらせてくれているのだろうし、部屋の情報説明もなんだかそれっぽく思えるのは俺がそれっぽく思ってしまうからであり、ただの宿屋設備の素晴らしさときめ細やかな一流コンシェルジュの説明に過ぎないはずだ。

「(……落ち着け……ただの説明だ……バーント達に不審がられるな……)」

 なんだかこの宿屋を利用した事のあるヴァイオレットさんも、誰にも聞こえない声で呟いている気がするが気のせいだ。決して俺のように考えている訳では無かろう。

「お連れ様は各一部屋ずつ、下の階にお部屋をご用意しています。どちらを使われても問題ありませんので。それとこちら、当宿をご予約されたフォーサイス家からの預かり物です」
「フォーサイス? というと、エクルか。私達の部屋は彼が取ったのだろうか」
「はい、そのように伺っております」
「ふむ……? まぁ良いか。それで、預かり物とは?」

 ヴァイオレットさん(気を取り直していた)がコンシェルジュの発言に疑問に思いつつも、その預かり物について尋ねる。

「はい、こちらの手紙を、クロ様に」
「え、俺にですか?」

 コンシェルジュが取り出した預かり物……手紙は、俺宛てのようであった。
 ……なんだろう、エクルが俺に手紙とは。それにこの宿屋をとったのもエクルとなると……

――まさか内密に俺達に伝えたい事が……?

 可能性としては大いにある。
 明日の一件についてなにか掴んだが、接触する機会が見つけられないのでこうして宿屋に預け、俺達だけに伝えるという方法をとったのかもしれない。

「では私はこれで失礼いたします。なにかありましたらご連絡ください」
「はい、ありがとうございます」

 コンシェルジュの方はそのまま去り、俺達は部屋に残る。
 先程まで「早めに去って夫婦水入らずにしよう」的な思想を働かせていただろうバーントさんとアンバーさんも、突然現れた手紙という存在に、何処か緊張した面持ちでその場に佇む。

「……ヴァイオレットさん、一緒に確認しましょう」
「ああ。エクルがこの部屋を取った事も理由があり、その理由が手紙にあるのかもな」

 俺とヴァイオレットさんは身を寄せ、手紙を確認しようとする。俺達が読み終わったら、内容次第ではバーントさんとアンバーさんにも見せようと思いつつ、手紙を開く。

「これは……もしかして?」
「ええ、日本語ですね……?」

 そして開いて見えた文字は王国語ではなく日本語。
 これだと俺達前世持ちくらいしか読めないから、余程大事な――ん?

「む、この筆跡は……クリームヒルトではないか?」
「そう、ですね……」

 しかし筆跡はクリームヒルト。エクルの筆跡を知っている訳ではないが、この筆跡はクリームヒルトだとは……分か、る……

【親愛なる我が兄さんへ。
 そのホテルは首都でも最高級のホテルであり、その部屋は数多くの夫婦を家族に仕立て上げた色んな界隈で有名な部屋です。
 ところで黒兄さんは知っているでしょうか。
 戦争行く前とか、災害が起きた年の次の年は子供の出生率が上がるって話。
 国王陛下と女王陛下に会いに行くとはまさに、戦いといえます。
 という訳で、黒兄さんより偉い家の家名を貰っちゃった妹からの、細やかなプレゼントです。
 存分に堪能してね!

 追伸.黒兄さんが若干再発していた封じられた魔眼だけど、元のゲームは黒兄さんの死後二年後にリメイクされたよ。あの時の黒兄さんの事も含めて語ろうね!】

 破り捨ててやろうか親愛なる妹よ。あとリメイクマジかよ。

「クロ殿、なんと書いてあるんだ?」
「……この宿はクリームヒルトが取ったそうだ、という内容です」
「そうなのか? だがそれだけでわざわざ日本NIHON語で書く必要は……」
「それだけです、ええ、それだけなんです! 俺達は戦いの前じゃなくても、もう大丈夫なんです!」
「クロ殿、どうした!?」

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