追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

曖昧模糊(:菫)


View.ヴァイオレット


 ロボを見て理解不能といった表情になり、そのまま拘束されて目の力を一時的に封じられた女性。腕の拘束だけは残したまま、今は大人しく座っている。
 傍らにはシアンが控えており、女性が逃げないようにしている。なお、レモンは簡易拘束だけ施すと仕事に戻っていった。オーキッドとウツブシは影に消えた。だが認識をズラす黒魔術は残っているらしい。

「さて、では改めてお話ししましょうか。騎士団諜報部の御方?」
「…………」
「言っておきますが、隠そうとしても無駄ですし、貴女の処遇はこちらにあると思って下さい。ああ、自傷は考えないでくださいね。ウチの優秀な医者が治しますし、ご覧の通り優秀なシスターもいるので」

 冷静さを取り戻した私の隣に座るクロ殿は、対面越しの椅子に座る女性に対し問いかける。
 こちらが相手を知っているという事は隠そうともせず、主導権はこちらにあるという事を示していた。実際は彼女を法的に拘束、逮捕するのは、証拠や騎士団との関係上ひどく難しいのだろう。
 しかし、誰もこちらを気に留めていないという周囲の状況や、一時的にせよ目の力を封じたという事実が“なにをされるか分からない”という空気を作りだしている。少しは話を出来るかもしれない。……期待は出来ないが。

「まずは本名を教えてくださいますか? 先程仰ったヌレガラス、という名前も偽名なのでしょう?」
「……カイハク。お察しの通り騎士団諜報部所属」

 しかし意外にも女性……カイハクは名前と所属を明らかにした。……騎士団にあまり忠節が無いのだろうか。あるいは先程の酒場に来た領民達の影響か。

「私が話すのは良いけれど、話しても良いモノなの?」
「それはここで話す事によって騎士団と敵となる覚悟はあるのか、という問いでよろしいでしょうか」
「ええ。でもそう返すという事は……」
「はい、いくらでも“方法”はあるという事です」

 クロ殿はにこやかにカイハクに対して接する。
 ちなみにクロ殿は方法と言ったり、なにか当てがあるように言うが、別になにかする訳でも無い。話さなかったら話さなかったで、領地から出ていくように言うだけである。
 なにせカイハクは明確になにかした訳でもない(今の所未遂である)ので、不当に拘束していると言えるのはこちらだからだ。

「……別に良いですよ。話しても問題無い事です」

 しかしクロ殿のいかにも“裏を知っている”という演技が功を制したのか、別の理由があるのか。はたまた、クロ殿と私が昨日話し合ったカイハクの目的の予想があっていたのか、カイハクは観念するように話そうとする。

「ああ、それと、」
「嘘を吐く気はないですよ。そちらのシスター……うん、シスターが居る以上は、変に嘘を吐く気は有りません」
「……そうですか」

 凛とした、清廉と言える所作を取り戻したカイハクは、隣に座るシアンを見ながら嘘を吐く気はないと目で私達に語る。
 ……不思議なほどに説得力があるのは、彼女が長年諜報部に身を置き、女としての武器を磨き上げていたからこそのモノだろうか。……私もクロ殿と長年寄り添えばこのような貞淑さと儚さを持てるのだろうか。
 あとシスターの所に迷いがあったのは何故だろうか。

「私の今回の任務は、クロ・ハートフィールド子爵。貴方と、その妻である彼女にあります」
「俺と……ヴァイオレットさん?」

 と、メアリーの言っていた未亡人感はともかく、こちらが本題である。
 クロ殿は自身が目的の対象である事は予測していたが、私の名前が出てきた事を意外に思っているようであった。

「とはいえ、本命は貴方です、クロ子爵。私達は貴方を味方に引き込みたく思い、来ました」
「騎士団の?」
「はい。正確には、騎士団保守派にですが」
「ああ、貴女の夫である副団長の……」
「そこまでご存知なんですね。ええ、夫陣営の味方に貴方を引き込みたかったんです」

 淡々と述べる女性。
 これが本音かどうかはシアンを見る限りでは本音のようであり、私も嘘ではないと判断する。……どうやら真実を話し、情に訴えかける作戦に変更したようだ。よくある手ではある。

「そこで私、カイハクがクロ子爵を陣営に引き込むために誘惑しに来たんです」
「……何故そこで誘惑を?」
「はい、クロ子爵はシキという地で精神が摩耗しているという噂があります。変人に囲まれ、心が休まる所が無い中。落ち着いた清涼感のある女をあてがえばイケると思ったんです。私、貞淑な雰囲気は有るので」
「自分で言うんですか。……それは貴女の夫の命ですか?」
「いえ、味方にするようには言われましたが、方法は指定されていません。正直夜這いをかけられるつもりで昨日も鍵を開けていたんですが……来ませんでしたね」
「行きませんよ」
「ですが変態アブノーマル変質者カリオストロですし、今日は話しかけてきたのでやはり私を性の対象に見ていると思い、イケると……」
「その渾名は誤解です! あと今日も話しかけたのは目的を探るためですから!」

 ……騎士団の保守派の状況を説明し、クロ殿の優しさを利用して協力させる作戦かと思ったが、違うようだ。それともこのカイハクとやらはなにか別の作戦があるのだろうか。
 しかしこんな内容を叫んでいるのにも関わらず、儚さを感じるのは不思議なモノで――ああ、そうだ。

「ところで、その目はなんだ?」

 ふと、思い出した事を私は尋ねる。
 シアンも封じた、会長に準ずる力を持つ目。それを彼女は何故持っているのだろう。

「……これに関して生まれつきのものです。説明は目的を話した後に言いますので、ご容赦を」
「……そうか。シアン、それで良いか?」
「別に私は良いよ。悪用するなら問題だけど……まぁ無理に話を聞く気はないし」

 シアンがそういうのならば私は追及する気はない。
 クロ殿を誘惑? しようとしていたのは許せないが、未遂で済んでいる。それに生まれつき、と言う所に何処か会長と同じニュアンスを感じたので、この辺りはシアンに任せるべき問題だろう。

「…………」
「カイハクさん? 話を続けて貰ってよろしいでしょうか」
「あ、はい。それで私が誘惑しようとしてまでクロ子爵、貴方を引き込もうとした目的ですが……」
「はい、そこが疑問でして。俺を……俺やヴァイオレットさんを引き込んでもメリットは無いと思うんですが」

 クロ殿は疑問顔でカイハクに質問する。
 これは昨日クロ殿と予想したカイハクの目的の中でも一番の疑問であり、この疑問が目的を見極めるのに難航した部分でもある。なお、難航したが、考えても仕様が無いと料理対決を開始したが。

「いいえ、今の貴方達は王国内でも、重要な位置に居ると言って良いでしょう」
「……勘違いではなく?」
「ええ、勘違いでは無いのですよ。なにせ今の貴方は権力に関わりすぎているんです。貴方もそれは理解しているのでは? だからこそ私にこうやって問いかけているのですから」
「…………」

 ……しかし難航はしたが、全く予想できなかった訳でも無い。今までの事を鑑みれば、自然と予想できる事でもある。

「第二王子以外との、現国王陛下の殿下こども達との好意的な繋がり。さらには彼らの仲を取り持っていると言っても良いです」
「……それは誤解です。彼らが仲が良いのは、彼らの……」
「貴方がそう思っても、周囲は“各殿下がクロ子爵の治めるシキに訪れてから変わった”という点をどう見るかが問題なんです」
「…………」

 ルーシュ殿下はシキに住むロボに恋い焦がれ、手紙のやり取りをし、挙句には個人的に会いにも来ており、服屋をロボのために丸ごと買い取った。
 スカーレット殿下はそれこそ数年前から個人的にシキに何度も訪れているし、最近だとエメラルドという存在がスカーレット殿下を変えた。
 ヴァーミリオン殿下は私の元婚約者である。今は婚約破棄をしたが、自らシキに訪れて私の謝罪を受け入れ、軍部や騎士、学園の者達の前でわがたまり無く接している。
 バーガンティー殿下はシキに来てクリームヒルトに一目惚れをした。その変わりようは首都では知れ渡っているだろうし、それはシキでの出会いだった。
 フューシャ殿下は引きこもりがちで、学園に通うのも心配しする声があったが、今は私達の息子とも友人になり、学園に通うようになっている。
 そしてローズ殿下も、カーマイン殿下の件でクロ殿のために動いていると言っても良いだろうし、弟達が変わった事に喜ばしく思ってクロ殿に感謝していた。
 ……真偽や関わりはともかく、どれもシキに来てから変わった事になり、それはクロ殿が関わっていると思われても不思議では無いだろう。全てがクロ殿と関与していなくても、なにかを思うのは確かだ。

「他にも現在の学園生での有名どころとは親しくしていると聞きますし、大魔導士アークウィザードであるヴェール氏とも交流があると聞きます」
「…………」
「それにまだ表立ってはいませんが、第二王子の件は私の夫や騎士団長、軍部上層部には知られています。それと同時に貴方の悪評も静まりかけている」
「……元の噂の元が動けないから、ですか」
「はい。つまり、悪評も無くなりつつある。例え過去に第二王子の件があったとしても、それは表立っては居ませんし、それを払拭する“モノ”が、今の貴方にはある」
「そんな曖昧な“モノ”で、ですか」
「こんな曖昧な“モノ”で、です」

 カイハクは一旦間を置き、小さく息を吐く。

「貴方を引き込もうとするのには、充分すぎるでしょう?」

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