追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

溜息からの見たい表情(:菫)


View.ヴァイオレット


「それでは、後はよろしくお願いする、神父様、シアン。それと神父様。貴方なら大丈夫だとは思うが、誘惑されてシアンを悲しませないでくれ」
「はは、そうならないように注意するよ」
「まぁ誘惑されたらされたで、ああ、そういった感情があるんだって驚くけどね」
「流石にそれは否定したいんだが」
「冗談ですよ。……イオちゃん、クロの方も見てやってね」
「分かっている」

 私はシアンや神父様といくつかの確認をし、別れの挨拶をしてから教会を出ようとする。
 そして出る間際に、ヴァイスと話しているカイハクをチラリと見た。

――まぁ、神父様になにかあったら悲しむというよりは、カイハクの身が危ないだろうがな。

 神父様の性格だと誘惑されてその誘いに乗る事はまず無いので、誘惑という事実が知られた瞬間、カイハクはシアンに追いかけ回される事になるだろう。そして恐らくカイハクは教会関係者を恐怖するようになる。
 そう思いつつ、私は教会の扉を開いて外に出た。

「……はぁ」

 そして外に出ると、私は先に出ていたクロ殿が溜息を吐いているのを見た。
 普段は精神的な疲れから来る溜息を、私達の前で見せないようにしているクロ殿であるため、こうして見るのは珍しい事と言える。

――やはり、今後の事を考えて憂鬱になっているのだろうか。

 『国王陛下と王妃の名の下王城へと招集される』
 その話を聞いた後、クロ殿は表面上は動揺は見せなかった。カイハクとの話も今日の所は一旦打ち切り、教会の預かりになる事や今後の対応などを決めて教会に連れて行き、神父様達に説明する際にも特に問題は無かった。
 だが今の空を見上げるクロ殿は、私が外に出てきた事に気付かない上に、今までにない哀愁の漂う姿である。

「お疲れ様、クロ殿」
「あ、ヴァイオレットさん。お疲れ様です。すみません先に出てしまって」
「気にする事は無い」

 そんな今のクロ殿には、寄り添いたくなる感情が芽生えて来る。生憎と私にはカイハクのような儚さや後ろを歩く貞淑さはないだろうが、寄り添って支える事くらいは出来るだろう。

「しかし、国王陛下と王妃直々の呼び出しですか……」

 カイハクの情報はあくまでも“そういった話を聞いた”という、空手形のような代物だ。
 仮に国王陛下及び王妃の状況、第二王子の首都での動向、騎士団の動き、軍部の伝聞。それらの状況を事細かく説明し、私達の今までを含めると信憑性が高くても所詮はただの言葉だ。何処かのヴァーミリオン殿下を愛して奇行に走った男の言霊魔法でもあるまいし、全てを信じるのは愚か者のする事である。

「カイハクの情報程度だから、完全に信じるのも良くは無いが……状況を踏まえるとあるモノとして覚悟したほうが良いだろうな」
「ですよね……短い日常だったなぁ……」

 しかし全くないと判断するのも愚か者のする事だろう。
 そもそも懸念事項としては元よりあった事だ。それが今回のカイハクの件から少々可能性が高まっただけで、対応策は充分に取るべきである事も確かである。

「ヴァイオレットさん、もし実際に呼び出されたとしたら貴女は――」
「言っておくが、私だけでもここに残るように言うのなら、クリームヒルトに習ったクラウチングスタートと共に助走をつけて殴るぞ」
「殴る!?」

 実際は殴らないだろうが、それほどの事をせざるを得ない事をクロ殿を言おうとはしている。
 仮に呼び出されたとしても、私の場合は出席を拒む事はまだ可能だ。状況からして国王陛下達もクロ殿の方を重要視しているであろうし、私が“懐妊中のため安静にさせている”とでも言えば私の謁見への出席は免れるだろう。
 それでも心証が悪くなるのは避けられないだろうが、無理ではない。そしてクロ殿は私を守るためならその程度の非難は喜んで受けるだろう。……彼はそういった性格だ。

「例えクロ殿に迷惑がかかろうと、私の精神の弱さから結果的に居ないほうが良いかもと思われても私は付いていく。良いな?」
「自信満々に言っていますけど、割と情けない事言っていませんか」
「当然だ。仮にお父様や兄様達が現れでもしたら、私は今までの経験からなにも出来なくなる可能性だってある!」
「なんでそんな自信満々なんですか!?」

 それは勿論今まで私の精神の脆さから大いなる迷惑をかけて来たからだ。この一年は今までの十五年よりも濃くて幸せな時間ではあるが、生憎と私は私個人で強くなったと思った事は無い。

「私はクロ殿に一方的に守られたいんじゃない。互いに守り、並んで前に進みたいと前から言っているだろう。だから私は善意の押し売りでクロ殿の傍に居るぞ」

 だから私は傍に居ると強くなれるクロ殿と一緒に居たい。これは私のそんな我が儘である。

「……そうですね。ちょっと今までよりも大きな相手なので弱気になっていました」
「そういう事もあるだろう。むしろこの国の最高権力者を前に気にせずにいたら、それはそちらの方が信用出来ん輩だ」
「うーん、でもシキの連中は割と平然としてそうなのが多い気がしますが」

 ……そうだな。まさか自分で言った言葉がすぐに返って来るとは思わなかった。

「すみません、ヴァイオレットさん。これからも迷惑をかけそうです」
「気にするな。私だって迷惑をかけている。それでも迷惑をかけたと思ったのなら、その迷惑が解決した時に私に対して“ありがとう”と言ってくれ。それで充分だ」
「……そうですね。俺も逆の立場なら同じ考えかもしれません」
「それは良かった。さて、いつまでもここに居る訳にも行かん。残りは屋敷に帰ってからするとして、今日の夕食の事でも考えるとするか」
「良いですね。昨日は負けでしたから、今日は昨日の負けが帳消しになるくらいより美味しいモノを作りますよー」
「おや、昨日は私の負けだと思っていたのだがな」

 私達はそのように談笑しながら、屋敷への帰路につく。
 私の横に並びながら一緒に歩く私の旦那様は、溜息など忘れた表情で、子供のように笑いながら歩いていく。

――良かった。

 そんな笑顔を見ながら、私も小さく笑みが浮かんだのであった。



「……ところでクロ殿。カイハクの目の事だが」

 さて、子供のように笑うクロ殿は大変可愛く、ずっと見ていたくなるほど見惚れるのだが、それはそれとしてクロ殿に聞かねばならぬ事がある。

「あ、なにか分かったんですか? 俺は聞く前に出たので聞けませんでしたが……」
「うむ、なんでも生まれ持っての力であり、フォーン会長同様扱いに苦しんだようだ。会長ほど強力でないようだが」
「強制発動はない、というのは聞きましたが。それでその力とは?」
「……見た相手の劣情を煽るものだそうだ」
「……はい?」

 シアン曰く、正しくは「相手の理性を軽減し、本能を強くする」モノであるらしい。ただそれをカイハクは過去の経験……過去に目の力が発動した時が男性に対してであった故に、“女性の自分を見る男としての本能”を煽り、それが“劣情を煽るモノ”と勘違いしていたようだ。
 そして勘違いしたまま力を制御し、使う事によって相手を自分に対し性的興奮を得させる――自身に感情を向けさせるモノとして使っていたようだ。……ある意味ではハニートラップに最適な力である。

「という事だが、クロ殿。心当たりは? 確か昨日はフォーン会長と同じ感覚があった、というのは聞いたが」
「そうですね……鎖骨に視線誘導をさせる際などに妙な感覚は在りましたが、成程、そういった目でしたか……つまり、」
「つまり昨日のクロ殿は、劣情をカイハクに抱かれた状態であったという事だろうか」
「……はい?」

 いや、分かってはいる。カイハクは気付かれない範囲で目の力を使ったのだろうし、クロ殿が目について勘付いたという事は目の力は上手く嵌っていないのだろう。
 だとしてもなんというか、こう……上手く言葉には言い表せられないのだが、敢えて言うならば。

「カイハクに抱かれた感情を持ったまま、クロ殿が昨日私と料理対決や歌披露や入浴などを行っていたかと思うと……クラウチングスタートをしたくなる」
「ムカつくと言いたいんですね」

 なるほど、私はそう言いたいのか。つまりそうなると私は……

「……って、そうじゃなくってそんな事無いですよ!? 俺はヴァイオレットさん以外に――」
「ところでクロ殿、今日の私の服装はどう思う?」
「へ? あ、はい。いつもと違った雰囲気が出ていてとても素敵です。以前見た白のワンピースも大変よろしいですが、これは違った魅力に溢れていて――」
「実はこの服の下はなにも着ていない私はシアンスタイルなんだ」
「ゴホッ!?」

 私の発言にクロ殿は立ち止まって咽せた。

「いや、シアンスタイルというのは語弊が――っていうか、なにやってんですか!? 言っておきますがその色だと白とは違った透け方をするだけで、質によっては割と見えるんですよ!?」
「知っている。だがクロ殿はいつもと違った服で来てくれと言ったからな。違った服装で来た」
「そういう意味ではありませんよ!? は、早く帰りましょう。そんな姿は誰にも見せたくないです!」
「冗談だ、クロ殿。ちゃんと下は着ているから安心してくれ」
「え? ……なんだ冗談ですか。質の悪い冗談はやめてください……」
「いや、この下になにも着てないと言えば、クロ殿は私に興奮するかと思ってな。……しただろうか?」
「違った意味で興奮……焦りはしましたがね」
「む、そうか……ではクロ殿?」
「なんでしょう。もう心臓に悪い事は――」

 私はやや疲れた表情に戻ってしまったクロ殿に対し、少し背を伸ばして近付いた。
 そうしたのは、背を伸ばさないと届かないからである。

「――さて、クロ殿。帰ろうか」
「……え、ええ帰りましょうか」

 私が離れると、私の急な行動に動揺しつつクロ殿は頷く。
 
「時にクロ殿、私の目的は達成出来ただろうか?」

 そして私が尋ねると、顔を赤らめてただ肯定するのであった。

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