追放された悪役令嬢と転生男爵のスローで不思議な結婚生活

ヒーター

甘さを伴う結果(:菫)


View.ヴァイオレット


「コホン。失礼、取り乱しました」
「い、いえ、こちらこそ勘違いして申し訳ありません。……同じ時期に通っていた先輩だったんですね」
「その話は置いておきましょう。……ともかく、話を戻しますが、私の身体を使った誘惑は失敗に終わりましたが、私はこうして話した事で今回の接触は成功したとも言えます」
「何故です?」

 外見年齢に関して取り乱したカイハクだったが、咳をして一旦落ち着きを取り戻した後、澄まし顔で言ってくる。
 それと話しを戻す前の内容は……ああ、そうか、夫である副団長準備不足でカイハクを送り込んだ事と方法に同情した所、「それに……」となにかカイハクが言おうとした所であったか。

「夫は利用出来るのなら貴方達を味方に、との事ですが、反目し合うのならば必要ないとも考えています。これは私も同様です」
「そうでしょうね」
「ですがこうして貴方達に最初に接する事が出来、貴方達の置かれた状況を説明しました。これで私の考える最低限の諜報部としての活動は終えたと言えます」
「……下手な動きをしないだろう、という忠告が出来たという事ですか」
「ええ。そういった牽制が出来ただけでも良しと言えるでしょう。……それではどうしますか?」
「どうしますか、とは」
「私の今後の処遇です」

 澄ました顔でそのように言うカイハク。
 ……シアンが反応していない以上は牽制も目的達成も嘘ではないのだろうが、それが全てとも限らないのだろう。重要な事を隠しているのかもしれないが……自身の処遇について私達に尋ねて来て話題を終わらせる方向にもっていこうとしている辺り、これ以上の追及を今するのは難しいだろうか。

「間者が潜入先で正体バレをしたんです。女に飢えた男共に放り込んで弄ぶくらいの事をされてもおかしくはないでしょう」
「やりませんよ。いくらスパイと言えど、騎士団副団長、伯爵家の妻をそんなことしたらどれだけ問題があると思っているんですか」
「やらないんですか……」

 何故少し残念そうなのだろう。

「では、これを利用してクラム伯爵家の没落を利用しますか? 夫が私程度で利用される男とは思えませんが、人質ではなく二重間者ならば私も利用価値はありますよ」

 つまりそれは副団長は、妻であるカイハクがどうなろうと良いと思っているという事だろうか。
 ある意味では派閥のトップと言える非情さかもしれないが、この場合は器の小さな男故にとしか思えない。

「必要有りません。生憎と私は必要ならば持っておきたいですが、躍起になる程権力は求めていないので」
「……それでは、どうされるので?」
「そうですね……シアン」
「はいはーい」

 クロ殿に名前を呼ばれ、返事をするシアン。
 具体的な内容を言わずとも、なにをするかは分かったようである。

「それじゃ悪いけど、しばらく教会に居て貰うよ。その目を悪用されても困るし、他にも聞きたい事は有るからね。でも余程の事がなければ魔法で強制とかはしないから」
「……クロ子爵はそれでよいのでしょうか」
「私は問題無いですよ。どちらかと言えば私の方がお願いする立場と言えるんですがね」

 クロ殿はつい先程まで見せていた、カイハクに対する嫌悪ぞうおの感情は何処かに行ったように、困ったように笑顔を作る。可愛い。
 お願いする立場にあると言う辺りを正直に言う必要はないのだが、クロ殿なりにこの場における彼女への礼儀なのだろうか。

「ヴァイオレット様。貴女もそれでよろしいのですか。私は仮にも貴女の夫を誘惑し、誑かそうと……」
「未遂であり、一番の被害を受けたクロ殿がそのように決めた。ならば異論はない」
「やはり、」
「言っておくが、依存してただ従っているだけではないぞ。私も考えた結果、決定に文句は無いと言うだけだ」
「……そうですか」

 それにカイハクへの対応は、私達よりもシアンや神父様に任せたほうが良いと言うのもある。この手の話を聞いたりする類は彼女らの方が遥かに優れているからな。

「……よいのですか。後悔しても遅いかもしれません。私がシキから解放された後で、貴女に対して誘惑が効かなかった腹いせに、あらゆる噂を広める可能性だってあるのに」
「そう言って下さる事自体がこの対応の決め手だと思って下さい。それに、シアンや神父様は俺より厳しいですから。一筋縄ではいきませんよ」
「……その甘さが命取りになるかもしれませんよ。なにかを得るにも、維持するのにも、厳しさも犠牲も必要なのに」
「結構です。厳しい所では厳しくしているつもりです。……それに犠牲が必要とか平気で言う輩は、犠牲を出す行動をする犠牲にならない自分を正当化しているだけと俺は思うので」

 何処か――というよりは誰かを思いながら、一人称が素に戻りつつ語るクロ殿。……私にはシアンのように相手を見抜く観察眼は無いのでハッキリとは言えないが、なんとなく前世の母親が関係している気がした。
 しかしあくまでも自分は思う、と自分の考えが絶対ではないという辺りはクロ殿らしいというか。そういう所も好きである。

「……そうですか。ではそんな甘いクロ子爵に一つ情報をお教えいたしましょう」
「なんでしょう?」

 そんなクロ殿を見てなにかを思ったのか、今までよりも少々落ち着いたトーンでカイハクは私達に情報を告げようとする。……恐らくだがこれは話すつもりが無かった事柄である気がする。

「クロ・ハートフィールド、およびその妻ヴァイオレット。両名は数日以内に――」

 カイハクはまるで業務連絡をするかのように、淡々と告げる。

「――レッド国王及び、コーラル王妃の名の下、王城へと招集され謁見を強制されます。……ご注意くださいね」

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